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勇者の幼馴染は領主の息子に嫁ぎました。そして幸せになりました。

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「久しぶりだね、サラ」
「ええ、5年ぶりかしら?」

久々に会った幼馴染のロイドは穏やかな顔で笑っていました。

ロイドは私の幼馴染です。
5年前、ロイドは勇者として魔王討伐の任に就きました。背中に勇者の証である光の紋が現れたからです。光の紋は魔獣の力を弱らせる効力があります。そのため、魔獣を吸収して糧を得る魔王の力を弱らせることが出来ます。およそ三百年ぶりに現れた魔王は、ロイドと国の騎士団で討伐することが出来ました。

その頃には、私はもう領主様の息子であるアルフレッド様に嫁いでいました。アルフレッド様も私の幼馴染です。子供の頃から私の実家が運営する大農園の視察によく訪れていました。

アルフレッド様は出会った頃から私と結婚したいと仰って下さっていました。領主様も私の両親も微笑ましげに笑っていましたが、私はロイドの事が好きだったのでアルフレッド様が領主様の視察についてくる度、彼を避けていました。贈り物も受け取りませんでした。

しかし15歳になると、そろそろ婚約者を決めなさいと両親から言われました。そしてアルフレッド様から婚約の打診がきていたことも。

「だめだサラ!  サラは僕と結婚するんだ!  次期領主の妻になんかならないで!  ずっと僕と一緒にいてよ!」

ロイドは私に婚約の話が舞い込んできたのを知って、僕と家を出ようと、私を連れ拐おうとしました。

そこで私は前世を思い出しました。
ギリギリセーフといったところでしょうか。
あのまま連れ拐われていたら、遠い地でロイドの妻となって子を生み、その後ロイドに光の紋が現れ、勇者となり、魔王を倒し、凱旋式を終えたロイドは妻子を捨てて王女と結ばれるのですから。
いやはや、寸前で前世で読んだ小説『勇者ロイドと王女ダイアナの子作り事情』のお話を思い出してほんとセーフでした。


「王女殿下と婚約の話が上がっているそうね」
「ああ、ダイアナ姫か。彼女は魔王討伐の旅路で度々僕の前に現れてきた商人だったんだ。まさかその正体がお姫様だったなんてね」
「凄い御方よね。お国の為に女騎士を連れて危険な地にもポーションを運んでいたそうじゃない」
「……サラも枯渇した地に食糧を運んでくれただろう?  国民は咽び泣いて感謝していたよ」
「やだ殆どがアルフレッド様のお力よ。私は両親に頼んで食糧を融通してもらっただけ」
「……でも、過酷な旅路でも故郷の野菜や果物が食べれて、とても嬉しかった。食事の度にサラの事を思い出したよ」
「次期領主の妻だもの。少なからず勇者のお役に立ててよかったわ」

その事でロイドの気を引くつもりはありませんでした。食糧を届ける時もでかでかと次期領主の妻の名で署名しましたし、ロイドには私が結婚したことを知っていて欲しかったのです。

「…………僕ね、国王に褒美をもらったんだ。どんな願いも叶えてくれるって」
「当然よ。国を救った勇者だもの」
「サラは……勇者となった今の僕なら、この手を取ってくれる?」
「いいえ。取らないわ」
「……やっぱりそうか」

だって褒美はダイアナ姫との結婚の筈です。
ロイドは歩きながら不貞腐れたように空を見上げました。

「子供の時は僕を好いてくれていた?」
「ええ友達として好きだったわ」
「……友達、か。領主の息子より?」
「アルフレッド様には意識してあまり話し掛けれなかったわ。上手に話せないし、お顔を見せるのも恥ずかしくて」
「……なんだ。領主の息子を避けてたんじゃなくて意識してたのか」

避けてました。
でもそれは異性として意識していたからだと、うまく軌道修正してアルフレッド様を口説きおとしました。アルフレッド様は秒で落ちました。悪い女です。

「サラは僕の初恋だった……あーあ。サラを連れ拐おうとして、馬鹿みたいだったな。僕と結婚するものだと、ほんと勘違いしてた」
「初恋は流行り病みたいなものだから。叶わないからこそ、美しく見えるのよ。本当の恋が始まるのは、これからよ」
「なにそれ……サラに好かれてると勘違いはしてたけど、僕の初恋は本物だよ」
「ありがとう」
「本当に、好きだったんだ」
「うん。ありがとう。私のお腹にはアルフレッド様の御子がいるの。本当に私を想っていてくれるなら、私への打診を取り消してくれる?」

ロイドは目を見開き、そして頷きました。

「……うん。わかった。ごめん。知らなかったんだ。きっぱり諦めるよ」

よかった。
勇者ロイドに嫁げという王命がきた時は焦りましたが、なんとか元の生活に戻れそうです。

「サラ」

振り向くとアルフレッド様がいました。先に勇者であるロイドに頭を垂らしてから、私の元にきて肩を抱きました。

「妻の幼馴染があの勇者殿とは、わたくし共も鼻高々です。噂によると第二王女殿下と縁談の話が進んでいるとか?  妻は身重のため出席は難しいのですが、ご成婚の際はこの地の味に慣れ親しんだ勇者殿に毎月農産物を贈りましょう」
「……それは有り難いね。サラも、幸せそうでよかった」

優しく微笑んだロイドは去っていきました。
これでロイドの事は終わりました。
あとは当家の邸宅に居座っているダイアナ姫のことをなんとかしなくては……。



「だから!  わたくしはこの地の野菜と果物が気に入ったの!  サラ夫人、貴女が送っていた食糧は本当に素晴らしいものだったわ!  乾パンと干し肉で便秘だったわたくしに快便を取り戻させたのよ!」
「あ、はい」
「それでね、もしよければなんだけどわたくしを第二夫人にしない?」
「王女が何言ってるんですか」
「え、第二王女が第二夫人になるだけよ」
「元平民が正室で元王女が側室だなんてありえません」
「別にいいじゃない。わたくしは女王様みたいな顔してるけど、サラ夫人はお姫様みたいな顔してるから、どっちが王女だったかなんて見分けられないわよ」
「僭越ながら私は誰かと夫を分け合う器の大きい女ではないのです」
「そんなぁ……だって好きなだけこの地の農産物を食べたいんですもの~。王都では南国の果物と香辛料が流行っていてね、わたくしアレ大嫌いなの。トーガラシとか、ドリアンとか。匂いも味もダメ」
「……でしたら王女殿下が成婚した際はこの地の農産物を毎月贈りますよ。輸送に耐えれない果物もあるので、その際は実の成った木を贈ります。ぜひ庭に移植して下さい」
「それほんと!?  ならちょうど勇者との縁談が上がってるから、彼と結婚しようかしら!」
「英断です」

ロイドが成婚した際も毎月農産物を贈る予定ですから、きっと結婚したらダイアナ姫はロイドを手放さないでしょう。

アルフレッド様はダイアナ姫のことが苦手なので現在書斎に逃げています。恐らく長男のロビンフッドに絵本を読み聞かせていることでしょう。

私は自分の腹を撫でました。

ここに子はいません。

事態が悪化すれば私はロイドと、アルフレッド様はダイアナ姫と再婚させられていたでしょうから。嘘も方便てやつです。悪い女ですね。


それから数ヵ月後。
勇者ロイドとダイアナ姫の結婚が決まりました。ダイアナ姫が押しに押しまくってロイドを落としたそうです。新聞にそう書いてありました。

「……ふぅ。よかった」

アルフレッド様が新聞を片手に吐息をもらしました。この数ヵ月、私が提案した嘘を真実にしようとして、毎晩頑張っていましたからね。お陰で第二子懐妊中です。

「サラを取られない為にも、農産物は毎月じゃなく毎週贈ろう。殿下には頑張ってもらわないと」

そう言ったアルフレッド様が新聞の影に隠した何かをくしゃりと丸めました。きょとんと首を傾げると、アルフレッド様はなんでもないよとにっこりと微笑みました。

私は鼻血をふいてソファーに倒れこみました。

「サラ!?」

アルフレッド様は義母似の絶世の美丈夫です。
ここ最近は毎晩ヘソを合わせて朝まで過ごしていたので、美形への耐性が出来たと思っていたのですが、ロイドとダイアナ姫の事で気を張っていたからこそ大丈夫だったのかもしれません。彼等の祝辞を聞くや、気が抜けてしまいました。

「……とうといかがや、き」
「サラ!?  サラ!?」

アルフレッド様はこれでもかと美しい顔を近付けてきます。義父様からは「壮年に差し掛かる頃にはもっと破壊力が増すから今の内に見慣れておきなさい」と言われていたのを忘れていました。

「アルフレッド様……好き、です」
「う!」

アルフレッド様が鼻血をふきました。鼻血をふいても絶世の美丈夫です。まるで戦闘中の戦士のような高潔な輝きがあります。

「……本当に、サラが私を選んでくれてよかった。私があのような好青年勇者に勝てるのは顔しかないからな。母上には感謝しかない」

お互いソファーの上で抱き締めあって安堵の息を溢しました。



****


こちらには気付かずソファーでいちゃつく両親を見つめながら、4歳になるロビンフッドは床に落ちていた紙クズをなんとなく拾って部屋を出た。

「お庭であそんでほしかったのに。ああなると長いからなー」

ロビンフッドは来年生まれてくる弟か妹に期待した。
そして手にしていた紙のことを思いだし、広げてみるとそこには難しい言葉が書いてあった。


サラへ。
実は魔王を討伐する際に、最後に呪いをかけられてしまった。死にゆく魔王に言われたんだ。『国の帰って英雄となり、妻を娶るといい。これから生まれるお前の子は勇者の子孫として散々な人生を送る。この呪いはお前が死んでも解けることはない。自分のせいで不幸になっていく我が子を見つめながら生きていけ』と。こんな事を断末魔の悲鳴と共に言われて、正直、サラと再会するのを躊躇った。呪いが本当だったら、サラに迷惑をかけてしまうかもしれないから。でも、サラは結婚して第一子を生んだことを知っていたから、もし、ほんの少しでも僕に気持ちがあるのなら、子供を連れて僕についてきてくれないかと……あの時は本当にどうかしていた。国王にも褒美の話を出されて浮かれていたんだ。サラの幸せそうな顔を見て、現実を思い知ったよ。サラ、子供の時から今も君を心の底から愛している。ダイアナ姫は僕との結婚を条件に解呪ポーションを作ってくれた。呪いが本当かどうかはまだ解らないけれど、白い結婚になると思う。ダイアナ姫は僕より食べ物に夢中だから。いつかまたサラに会えたらと思う。その時は……またサラに想いを告げてしまうかもしれないことを許して欲しい。



「………………」

ロビンフッドは手紙の内容が理解できなかった。知らない言葉も沢山ある。だが、なんとなく、この手紙の送り主は自分の母親であるサラを狙っていると子供ながらに敏感に感じ取った。そして変な汗も出てきた。

「……すてなくちゃ」

取っておいてもきっと自分にいいことなんかない。そう思ったロビンフッドは手紙を細かく破いて窓から捨てた。そしてすぐさまいちゃつく両親の元に戻り、なにくわぬ顔で父親に飛び込みダイブをして「あそんでー」とせがんだのだった。



【終】
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