上 下
25 / 31

25 残った結果③

しおりを挟む
ドロテアとネイサンが対峙した同日同時、クワイス騎士団に天下りを希望した三名の王立騎士達は故意にその訓練場に来ていた。
実は彼等は王立騎士を退任したのではなく、かの御方に命じられてクワイス騎士団に天下りを希望していた。

彼等の狙いはドロテア・クワイス。

いま社交界におけるドロテアの評価はうなぎ登りで、誰もがドロテアに取り入りたくてやきもきしていた。しかし誰もが接触は叶っていなかった。
ドロテアに押し寄せる王侯貴族、その立ちはだかる壁として社交界の頂点と名高いクワイス侯爵夫人が塞き止めていたからだ。
主治医のバリュ王宮医も業務外のことはしないと誰に対しても頑なな態度だった。
勿論ドロテアはなにも知らない。侯爵夫人どころか夫のブラッドリーすらも可愛い嫁を欲望渦巻く社交界へ出すのは、あと二十年は先でいいと思っているくらいなのを。

あと二年もすればブラッドリーは妻と息子を連れて領地へ帰ってしまう。それがもっと速まる可能性もある。婚姻時から変わらずブラッドリーにお姫様抱っこをされているドロテアを遠目にして、王立騎士達はそう感じた。

三名の王立騎士の役目は如何なる手を使ってでもドロテアを王都に繋ぎ止めることだった。そしてかの御方が今は文官として側に侍らしている実子ティアラとドロテアとの接触をはかること。

学園で唯一ブラッドリーとドロテアの結婚式に招待され宮殿に宿泊までしたティアラは、生徒達からの評価が変わっていた。元々優秀で性格は素直だ。ネイサンとのよくない噂はあったものの、式の招待をきっかけにして周りは彼女の本当の姿に気付いた。夏休みを終えた後も好成績をおさめ、卒業するまで生徒会の仕事を真面目にこなした、聡明なティアラの姿に。ティアラは卒業と同時にかの御方の文官に採用された。当主となるまでの一時的な登用だが、やはり過去の噂のせいで周りから苦言が出てしまった。

今ドロテアは幸運と子宝を授かる白鴛鴦そのものとして世間に認識されていたので、かの御方が娘の名誉回復、その足掛かりとしてドロテアに目をつけたのもやむをえなかった。


「ドロテア!  久し振りだな!」
「…………」
「おい聞いてんのか!」

次期侯爵夫人に一介の騎士があまりにもな言動。
王立騎士達はたまたま目にしたその衝撃の場面に歩む足を止めた。もしかしたらドロテアに取り入る機会があるかもと傍観したのだ。ここで騎士が暴れたら取り押さえてやろうと。

「お、俺をお前の騎士にしてくれよ!」
「…………」
「なあ、俺あと数日で騎士じゃなくなるんだ。そしたら平民になっちまう。家はもう兄貴が爵位を継いだし、父さんもドロテアと会うまでは帰ってくるなって」

王立騎士達が目で探りをいれていると、ドロテアは貴族の奥方らしく知らぬ存ぜぬの一点張りで、すっとぼけた顔をしていた。逆に妻を抱いている夫は今にも斬りかかりそうな眼で騎士を見ていた。

これは妻がいるから今はしないだけで後で斬られるだろうな。王立騎士達はそう予感した。

「なあってば!」
「…………」
「お前の騎士になってやるって言ってんだよ!」

法的にも正式な夫人の騎士が目の前にいる状態で、一体こいつは何を言ってるんだと常に冷静な王立騎士の一人が内心苛立った。ネイサンはそういう事に関しては天才なのだ。

「あ、前に俺の剣を台無しにしただろ?  そ、それも許してやるからさあ!」
「…………」
「俺達は幼馴染だろ?  だから、そのさあ、助けると思って……」
「…………」
「なんとか言えよ、おい!」
「なんとか」
「はあ!?」
「だからなんとか」
「ふざけてんのか!」

王立騎士達は式を終えた後のブラッドリーとドロテアの姿を思い出した。しかし夫の時のように弄る気は無さそうだ。むしろ夫人の無関心を助長させていると感じた。
名指しで呼んでいるので本当に幼馴染なのだろうが、夫人にとってこの騎士は弄る価値もないのだろう。側にいる護衛も取り押さえる合図を待っている……が、夫人はすっとぼけた顔で何も言わない。その労力すら使いたくなさそうだ。

王立騎士達がこの訳の解らない事態を収束させようと一歩前に出ると、頭のおかしい騎士が剣を引き抜いた。そして刃先を夫妻に向けた。

「お前は幼馴染だったけど、助けてくれないならここで叩っ斬るぞ!」

これは幸い!と見せ場チャンスがきたと悟った王立騎士達は周りにいる護衛よりも我先にと動いた。 

だがドロテアがネイサンが踏み込むよりも速く、剣に触れずに弾き飛ばしたのが先だった。

「……な、なっ」
「ブラッドリー様に剣を向けないでッ!  誰か、早く彼を取り押さえてッ!」

王立騎士達はポカンとした。
夫人の手から魔力が飛び出した。
それも鋭い刃物のような魔力。
魔力操作は完璧で、的確に剣だけを狙って弾いた。
距離は5mはあった。いま目の前で見たものが信じられなかった。

「……今のは、刃のように鋭い魔力だった。この距離で剣を弾くとは……ナイフを投げるように魔力を飛ばしたのか。本当に君には驚かされてばかりだなぁ」

でも身重なんだ、君が勤勉なのは知っている、だからこそ無理はしないでおくれと、ブラッドリーは仔猫のようにフー!となっているドロテアを言い宥めた。

「だってブラッドリー様ぁ」
「よしよし。頬を膨らませても可愛いだけだぞ」

うっとりとした様子でドロテアに頬擦りしたブラッドリーは踵を返した。
そして固まっていた王立騎士達に気付いた。

「もう到着したのか……?」
「…………退任はまだですが、訓練場に来られていると知り、一度ご挨拶にと思いまして」
「先触れもなくすみません」
「いや……いい。今度リカルドと一緒に手合わせを願おうと思っていたところだ」
「それでしたらいつでも」
「何度でも」
「はは、楽しみだな。今日は新しく建てた宿舎を見ていってくれ。私達はこれで失礼する」
「「「は!」」」

王立騎士達は頭を垂らしたまま夫妻を見送った。そして憤怒のリカルドにボコボコにやられているネイサンを横目に、ため息をついた。その胸中はこの役立たずが!とか、次期侯爵夫人には取り入る隙もあったもんじゃないとか、様々な落胆を抱えていた。

「……しかし懐妊により領地に帰るのがまた数年延びた」
「ああ……これは好機チャンスだ」
「何年かかろうとも絶対に取り入ってあの凄技を手に入れてからかの御方の元に戻ろう」
「では作戦を練るか。まずは夫人をよいしょしてあの凄技を再び見せてもらい──」

王立騎士達の中では勝手に任務が増えたようだった。




「若奥様。あやつはやはりあの時息の根を止めておくべきでした」

待機させている馬車の中でコリンが顔をしかめた。あの時に早く叩っ斬っておけばと、今からでも断首しにいきそうな顔で。

「そうね。あの時は彼にも自分の人生があるから、そう思ったんだけど今はどうでもいいわ」

ドロテアの手にはネイサンの情報が書かれた書類があった。先ほどコリンがマーカス卿を経由して手に入れたものだ。

「居残りを命じられたら木刀を壁に叩き付けて折って、訓練をサボっていたんですって。おまけにクワイス騎士団の騎士なのに熊すら間引いたことがないですって?  こんな冒険者以下の無能に平民の何十倍も高い年収を払っていたの!?」

人間の整備が入る森の熊ほど臆病になり、更に凶暴になる。その間引きには剣に魔力を纏わせる必要がある。それができなければ牙や爪に魔力を纏う魔獣を討伐することもできない。

ドロテアはジューン領地では熊は平民がよく狩って食べているとヴァルキンから聞いていたので、ネイサンは冒険者以下から鍛えてる平民以下だと言い直した。

「一度騎士として採用したら任期が終わるまで雇わないといけないのよねぇ……それがどんなに無能だとしても」
「はい。契約上はそうです……しかしマーカス卿は冷酷無慈悲の鬼教官です。これまでもそのような騎士がいたら速やかに事故死で処分されておりました。恐らくまだ貴族のあやつには利用価値があったのでしょう」
「ふぅん。でもなんの功績も無い金食い虫には早く出ていってもらわないとね~」

私達と領民が毎日ご飯を食べる方が大事だからね~、とドロテアは腹の子を撫でた。

「……ブラッドリー様はまだかしら?」
「事務手続きを終えられたらすぐに戻ってきますよ」

ドロテアから書類を返されたコリンはそれを懐に仕舞った。

「なんだか申し訳ないわ。さっきはまるで夫を独り占めする駄々っ子な悪妻みたいに見えてなかった?」
「まさか……沢山の目撃者がいたので、今後は騎士からも狙われますね……はぁ」
「?」

そうこうしている内に、ブラッドリーが馬車に戻ってきた。
そっと抱き締められたドロテアはブラッドリーが汗をかいていることに気付いた。急かしてしまったのかと、申し訳なさと嬉しさが同時に込み上げてきた。

「ブラッドリー様ぁ。まだ仕事が残っているのでは?  送らなくてもよいのですよ」
「何を言う。君の顔を見たらもう二度と離れたくないと感じた。しばらくは家で仕事する。そうだな……今は領地にいる側近を呼び戻そう」

戻ってきたブラッドリーの気が僅かに高揚していることに、コリンは気付いていた。血の匂いはしない。だが解る。コリンには経験がある。命を刈り取る程の殺気を鎮めた後には必ず残る魔力の残滓。直ぐに掻き消すには難しい粘ついた闘気とでもいおうか。上手く隠してはいるが、ブラッドリーが今し方誰か斬ってきたと、悟ったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...