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19 こんな筈じゃなかったと奮えた結果③

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ネイサンは食堂の固いパンと冷めたスープをうんざりしながら摂っていた。肉もぱさぱさで固く、脂身が殆ど無かった。血の滴るような柔らかい牛のステーキが食べたくとも、アンの件を知った食堂の従業員達はネイサンに怯えた目を向け、特別メニューを頼まれてもいつもの食事以外は作らなかった。

「チッ。なんなんだよっ」

外に食べにいくことも考えたが、それ以上に今ネイサンには金が無かった。

給金の半分は弔慰金で消えた。
リチャードはネイサンの為に金を出さなかった。既に過去の問題行為で持参金を使い果たしたのだ。元々少ない額ではあったが、次男にそれ以上の金をかける気は無かった。そして騎士にあるまじき醜聞に、婚約に響くから少女を殺したことは一生黙ってろと釘を刺された。金を払ってる内は騎士団も口止めしてくれるからと。

確かにこの事をティアラが知ったら怒りそうだと思った。ドロテアが怪我した時だって、あれは事故だったのに自分のせいにしてきた。その後もしつこく謝罪にいけだのなんだのと、本当に五月蝿かった。

「あー、くそっ。金が欲しい」

そこでネイサンは父親ではなく母親を頼った。休日に家に戻って詰め寄れば母親は仕方ないとネイサンに金を融通した。

それからネイサンは夕方になると木刀を壁に叩き付けて折り、居残りを時短して街におりた。食堂のまずい飯はもう懲り懲りだと、比較的値段の高い店で食事を済ませた。
しばらくして金が無くなると、また母親を頼った。それを繰り返した。

そうして貯めた給金で、ネイサンは安い剣を買った。騎士団を経由したので、定額よりも更に安かった。それに帯剣しているとやはり違う。自信が出てくるとネイサンは上機嫌だった。

「おう新人。剣を買ったって聞いたぜ。あと教官が今日から居残りは無しだってよ」
「本当ですか!」
「ああ、あと来週には西の森で秋の狩猟大会が開かれる。その前に行われる獣の間引きに参加しろ」
「はいっ!」

ネイサンは剣を買っておいてよかったと喜んだ。

西の森には獣がいる。
間引き対象は猛獣の熊に、イヌ科やネコ科の肉食獣だ。
兎や狐などの動物は避けてそれらを間引き、貴族の子供でも比較的安全に狩猟が行えるよう整備するのだ。

ネイサンは狼に似たコヨーテ、中型のヤマネコを見つけては剣で間引いていった。

爽快だった。

やはり騎士はこうでなくてはと、高揚していた。
だが安い剣はすぐに使い物にならなくなった。
また金を貯めればいいか。飯も母親を頼ればまともな物が食べれるだろうと、ネイサンは軽視した。

そして自信がついたことで、またティアラに会いたいという気持ちがわいた。

ティアラは明るくて賢い。
それにこっちがドキドキするくらいの美人だ。入学の時から触りたくて仕方なかった。ある日のこと、裏庭に連れ込んで胸を触ろうとしたら激怒され、なんとか宥めた。どこかで発散しようとしたけど、相手がいなかった。その後はあっという間に騎士として採用され、嬉しさに欲望は一旦薄れた。

だがもう限界だ。
ティアラに触りたい。
騎士になったのだ。今の自分を見れば少しは見直してくれるかもしれない。それにティアラは後継ぎだ。当主となるには婿が必要だ。その時には絶対に自分を選んでくれる。学園でだってティアラは俺の女だと散々牽制した。
大丈夫だ。他の奴に取られることはない。ティアラに関心を向けていた同級生にも、退学前に俺がいないからってティアラに手を出すなよと、三人ぶっ飛ばしておいたし。


しかし何度ティアラに手紙を送っても、冬になっても返事がこなかった。そのことにネイサンは苛立ち、先触れもなくドーンズ家を訪れた。いま学園は冬季休暇中だ。なら家にいるだろうと思ったのだが、門兵が通してくれなかった。

「俺はティアラと同級生だったネイサン・アトスだ。これまで何度も手紙を送った。ティアラだって読んでる筈だ」
「アトス令息でございますか。しかしドーンズ伯爵は先触れが無い訪問は取り次ぐなと仰せです」
「手紙は送ったって言っただろ!?  話聞いてんのかよ!」
「我々は当主の意向に従っているだけでございますので」
「ぐっ……なんだよそれ!」

わざわざ遠い家まで会いに行ったのに結局ティアラには会えず、貴重な休みも台無しになった。
そして宿舎に戻るとリチャードから手紙が届いていた。その内容は更にネイサンを苛立たせるものだった。

手紙にはドロテアが結婚したこと。それも王宮で。式にはクワイス家と繋がりがある高位貴族に加えて王妃とその義弟である大公も出席していたこと。アトス家としてもそれは好機だったのに何故幼馴染のお前は式に招待されなかったのか、叱責の言葉が殆どだった。次こそは必ずドロテアに取り入れとも書かれていた。

「はあ!?  ふざけんなよ!  なにが王宮だ!  なにが王妃と大公も出席しただよ!  ドロテアじゃなく侯爵家の金の力だろうが!  なんでそんなおんぶに抱っこな女にこの俺が取り入らなきゃいけないんだよ!」

ネイサンの苛立ちは最高潮に達していたが、その後に冬に群れをなして繁殖するコヨーテ討伐の仕事がきて、その一員に加わったネイサンは剣をふるうことで苛立ちを散らしていった。

まあいいか。ティアラも単位を取るのに忙しいだろうし、生徒会の仕事もある。先に騎士に昇格した余裕のある自分がおおめにみてやらなきゃと、手紙を送り続けながらもその返事がこないことにネイサンは違和感すら感じていなかった。

実はティアラに送られてくる手紙の全てに、先にかの御方の暗部の手入れがはいっていた。

その内容に問題がなければドーンズ家に届けられるが、問題があれば手紙は抹消される。そして内容は知らせずに手紙が送られた事実だけがドーンズ夫妻に伝えられる。夫妻はこの事を黙認しているので、目を通す価値もない手紙だったのだと納得して終わりだ。

ドロテアがティアラに返信した手紙にも暗部の手入れがはいったが、かの御方が──対の白鴛鴦はティアラ嬢の美しい銀髪を連想させる白銀だった──その内容をいたくお気に召したのできちんとティアラの元へ届いた。だがネイサンの手紙は一度もティアラの元へ届くことはなかった。


給金は安物買いの銭失い
食事は母親に集る。
既に訓練に身は入らず食事の量だけが増えていった。たまに獣を討伐しているだけでそれなりに生活は出来ている。しかしそれも侯爵家のお抱え騎士という特権があったからだ。
年月が過ぎれば任期を終え、宿舎から追い出されることなど、ネイサンの頭には入っていなかった。
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