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18 こんな筈じゃなかったと奮えた結果②

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夏も終わる頃、父親のリチャードから手紙が届いた。

その内容はドロテアがブラッドリー・クワイスの婚約者になっというものだった。

ネイサンは驚いた。
ブラッドリー・クワイスとは、自分がいる騎士団の主となる者の名だ。

手紙には可能な限りまたドロテアと交流を深めて取り入れと書かれていた。

「チッ」

ネイサンは舌打ちを溢した。
そろそろティアラに会いたいと思って手紙を送った、その返事だと思ったのに父親からの用件のみの手紙だったからだ。
何故ドロテアが格上の侯爵家であるブラッドリーの婚約者になれたのか、それが不思議でたまらなかったが、今はドロテアに会っている場合じゃない。ティアラとは仲違いしたまま学園を離れたから先にそちらをどうにかしないといけないと思った。

ネイサンはまたティアラに手紙を書いた。次の休みに会おう、学園まで迎えにいくから。そう書いた手紙を手に騎士団の発送所に向かい、受付に渡す。
しかし踵を返すと、すぐに呼び止められた。

「ネイサン・アトス。発送代金がまだだ」
「は?  前回は給金から差し引いておくって……」
「お前の給金、ゼロになってんぞ」
「はあ!?」


受付が調べたところ、騎士団が預かっているネイサンの給金はその殆どが食事代として引かれていた。憤怒のネイサンに受付が特別メニューの事を話すと、そこでようやくネイサンは気付いた。

「くっそおお!  騙された!」

これではティアラに手紙を送ることも出来ない。
ネイサンは騎士団の食堂へ入ると、自分を見た途端笑顔で駆け寄ってきた女の子を感情のままに突き飛ばした。

女の子は悲鳴をあげて、地面に頭を殴打し、動かなくなった。

「おいお前のせいで手紙が送れなかったじゃねーか!  このコソ泥…………えっ?」
「っ、アン!  アン!?」

すぐさま体格のいい老人が駆け寄って、ぐったりとした女の子を抱き起こした。
その直後、ネイサンは背後から手首を掴まれ後ろ手に捻り上げられた。

「ぐっ!」
「……ネイサン・アトス。貴様なにをしている」

上位騎士のシュタイナーだった。

ネイサンはそのまま取調室に連れていかれ、壁に投げ付けられた。そしてガチャリと鍵が閉められた。

「うっ、ごほ……!」

口から血の味がする。
息を吸うと肺が痛い。
ネイサンは呼吸を落ち着かせる為にしばらくじっとしていた。

それから随分と時間が経って、帯剣したマーカス卿が入ってきた。教官だ。

「先に言っておく。お前は貴族だ。平民に暴力を奮った件は、全て金で解決する」
「は、……あの……?」
「しかし相手が悪い。お前が突き飛ばしたあの少女は食堂長の孫だ。彼は元騎士で、去年まで現役で護衛の仕事をしていた」
「……あの、俺は、アンと呼ばれていたあいつに騙されていたんです。いつでも好きな物を作るからと、金が必要だなんて一言も……」
「アンは先ほど死亡が確認された」
「…………え」
「なんの罪もない少女をお前は殺した」
「違っ、そんなつもりじゃ……!」

そこでドアが開いてシュタイナーが顔を見せた。

「カインは真剣による決闘を申し込むと言っています。侯爵様への報告はどうなさいますか?」
「貴族同士の揉め事ではない。こちらで処理する」
「は!」

マーカス卿がネイサンに向きなおし、また淡々と口を開いた。

「カインからお前に決闘の申し込みだ」
「カイン?」
「お前が殺した少女の祖父の名だ。彼がクワイス騎士団にいた期間は二十五年、今まで決闘で三人殺している。お前に勝てる見込みはない」
「ま、待って下さい……平民で、既に騎士でもないのに貴族の俺に決闘なんて申し込めるわけないでしょう?」
「ああ。実行すればかなり重い処分が下る」
「な、なら放っておいても……」
「放っておけばお前は暗殺されて終わりだ。そして貴族を殺したカインは縛首刑となる。騎士団の醜聞になるのは勿論、我々はカインがそのような末路を辿ることを望んでいない」
「…………」
「そこでカインに弔慰金を払って職場を去ってもらうことにした」

マーカス卿は懐から紙を取り出した。

そこには退任するまで毎月ネイサンの給金の半分がカインへ渡ることが書かれた、契約書だった。

「半分……こ、こんな馬鹿なこと!」
「嫌なら実家を頼れ。当主ならまとまった金を動かせるだろう」
「……は、はい。そうでした、そうします」
「……馬鹿なのか?」
「は?」
「給金を飯に注ぎ込んで、その結果手紙を送る金が無いと子供に八つ当たり、あげぐ今になって実家を思い出すとは……金が必要なら何故もっと早くそうしなかった?」
「……」

ネイサンは何も言えなかった。
その通りだと思ったからだ。
でも自分はあの少女を殺すつもりなんてなかった。説明を省いた事に、怒りがわいて、そしてあの時すぐにティアラに手紙が送れなかったことが苛立ちを助長させた。
いま思えば手紙なんて明日でもよかった。むしろ着払いにしてくれと言えばよかったのだ。
ネイサンは感情優先で何よりも自身の行動欲求を大切にしていた。だから今すぐ自分の思い通りにならないことがあると、手が出る。目の前にいる困っている人を助ける時も、気分に左右はされるが、すぐに手を差し出す性格でもあった。重い荷物を運んであげたり、破落戸に囲まれてる子供を助けたり、しかしそれは貴族として余裕があったからだ。今のネイサンには余裕が無い。




それから2週間後。
カインとアンは国境にいた。

「軽い脳震盪だけで済んでよかった。しかしまだ油断はするな。めまいがしたり、気分が悪くなったらすぐに言いなさい」
「大丈夫よ!  血は出てなかったし、あたし頑丈だから!」
「……すまないね。すぐにでもあの小僧を叩っ斬ってやりたかったが、孫娘を残して死ぬのかとマーカス卿に止められ、取り引きまで持ち掛けられて心が揺らいだ……」

もう年だな、破天荒のままではいられんとカインはため息をついた。

「乱暴な騎士様だったね。でもお手当ても稼げたし、これから毎月お金がもらえるなら乱暴でもいい金蔓だね」
「はは、お前は母親にそっくりだ。だがすぐに手を出すあのような騎士に出世の見込みはない。ワシはしばらくゆっくりして、そのあと冒険者にでもなるか」
「……あたし、頑張るから。いつかおじいちゃんがずっとゆっくりできる家を買えるよう、頑張るから」
「ははっ、そりゃ楽しみだなっ」

アンは隣国の医学校──退役した軍医やシスターで運営されている医療教会を兼ねた学び舎だ。そこに進学するため金が必要だった。騎士だった両親は流行り病で他界し、今はカインしか家族がいない。
アンはカインに手を引かれながら、あとどれくらいこうやって一緒に歩けるだろうかと考えた。自分は祖父を看取るまでに医師にならなければいけない。少しでも長く祖父と一緒にいる為に。そう思いながらアンは繋ぐ手に力を込めた。
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