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17 こんな筈じゃなかったと奮えた結果①

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なんでこんな目に……。

ジューン家をあとにしたネイサンはコリンから受けた体の節々に走る痛み、それが馬車の揺れで増幅され、その苛立ちに目の前にいる父親に声を荒げた。

「父さん、新しい剣を買って!  あの女絶対にぶっ殺してやる!」
「騎士に昇格したんだ。その内クワイス騎士団から剣が支給されるだろう」
「それまでどうやって過ごせっていうんだよ!  あ、そうだドロテアに弁償させたらいいか」
「馬鹿者!  なにが弁償だ!  後で不利な噂が立てられないようお前の持参金を和解金としてジューン家に送る。もう黙ってろ」
「はあッ!?  どういう事だよ!  何で俺の金が!」

アトス伯爵はだんまりで、屋敷に着くまで口を開くことはなかった。

屋敷に戻ると、父親から事情を聞いた兄のイーサンがネイサンに詰め寄った。

「……愚か者が。また候補が現れればいいが、自ら婿入り先を無くすとは」
「はあ?  俺は騎士に昇格したんだぜ?  なんでわざわざ婿入りなんてしなきゃならないんだよ」
「……お前は阿呆なのか?  騎士とて継ぐ爵位もなく出世の見込みはない。せめてジューン家を後ろ盾に門出を迎えていれば、まだ可能性はあったのに……」
「はあ!?  俺は実力が認められて騎士になったんだ!  爵位とか、関係あるかよっ」

ため息をついたイーサンはそれ以上は何も言ってこなかった。

後日。
クワイス騎士団の一員になったネイサンは訓練に明け暮れていた。しかし周りにいる騎士達はまだ16歳のネイサンより遥かに体格がよく、体力もあった。走り込みは途中からついていけない。その後は筋肉トレーニングがあり、既に騎士として出来上がっている周りの強靭な肉体を見て、ネイサンは気後れしていた。学園の騎士科では、自分が一番体力もあり、強かったのにと。

「今日はこれまでとする。宿舎に戻って寝ろ。ネイサン・アトス。お前は残って訓練に励め」
「は、はい」

教官が解散を告げる。
ぞろぞろと踵を返す騎士達の横では、毎日のように居残りを命じられたネイサンが木刀を手に鍛練を重ねていた。

よろよろと宿舎に戻ると、他の騎士達は既に食事を済ませていて、ネイサンには余り物しか残っていなかった。それでも量だけはある。だがネイサンは食事の内容が気にいらなかった。肉もパンも固く、野菜屑だらけのスープは冷めている。
平民の騎士からすると肉と野菜が無料で毎日食べれるこの対偶は破格のものという認識なのだが、貴族のネイサンには残飯に見えていたのだ。

ある日の昼。
小休憩に入りネイサンが井戸水で顔を洗っていると果実水を飲んでいる若い騎士が通りすぎた。その香りに思わずネイサンの喉が鳴る。食堂では甘い物が出ない。貴族としていつでも砂糖を使ったお菓子を食べていたネイサンはそろそろ糖分が足りなくなっていた。

訓練場に戻ると二人の女性が果実水を数人に配っていた。騎士への差し入れか、そう思ったネイサンはしばらく様子を見たのち、その女性に近付き、自分にもよこせと言った。
女性は狼狽えて、隣の女性に目配せをした。そして一杯の果実水を渡してきた。そのあと二人してそそくさと踵を返した。
ネイサンは一気に飲んで、これは果実水ではなくジュースの濃さだと気をよくした。そしてまだ足りないとその二人の女性に詰め寄り、身なりのいい方の女性の肩を掴んだ、その瞬間、背後からぐいっと首根っこを掴まれた。

「おい新人。私の妻に何をしている?」
「え?」
「シュタイナー様、よいのです」
「よくない」
「施しか何かと勘違いされたようでしたので。きちんと説明しなかったわたくしのせいですわ」
「なら私が説明してやろう……来い」

ネイサンは首根っこを掴まれたまま訓練場からは見えない隅に連れていかれ、そのまま壁に投げつけられた。

「……ぐ、っ」
「いいか。妻は夫である私と、自分の弟達に祝いで果実水を配っていたんだ。施しだとしても他の騎士はお前のように詰め寄ったりはしない。恥を知れ」

たかが一杯の果実水でなんでこんな目に。ネイサンは反論しようにも背中に受けた衝撃でしばらく呼吸するだけで精一杯だった。その間に騎士は去っていった。

この事を教官に報告するも、逆にネイサンは叱責されただけだった。何故ならば果実水を配っていた女性の弟達は王都からクワイス領地にある侯爵邸内の護衛として移動が決まった出世組だったからだ。
その姉に詰め寄るなど馬鹿なのかと怒鳴られた。そしてネイサンを投げ飛ばした騎士は上位騎士──継ぐ爵位がある貴族だった。新人騎士で訓練に遅れが出ているため周りと交流していなかったネイサンはクワイス騎士団の情勢がまだ把握できていなかったのだ。



「あ、あの……騎士様」

それから数日、ネイサンがいつもの残飯に顔をしかめていると食堂の女の子が紅茶をネイサンに差し出した。
砂糖も入っていて気をよくしたネイサンが会話をすると、少女は食堂長の孫で、ここで働いているのも将来の為にお金を貯めたいからだと話してくれた。

「あの、いつも不味そうに食べてますよね?  注文してくれれば温かいご飯やお菓子もお出しすることが可能なんですが……」
「え!?  それを早く言えよ!」

この時、ネイサンは女の子の言葉を間違って捉えた。注文してくれれば──文字通り注文だ、料金も発生する。騎士団には貴族がいる。それを考慮して出すことになった特別メニューなのだが、ネイサンは食いたい物があれば言えばいいだけなんだと判断した。

翌日からネイサンは温かい食事を摂った。朝はマフィンで、昼は卵を使ったサンドイッチを頼み、夜は焼きたてのパンや根菜類が入ったシチューを作らせた。食堂の女の子はいつもニコニコと甲斐甲斐しくネイサンの世話を焼き、またそれに気をよくしたネイサンは訓練中に甘い物を差し入れするよう催促もした。

それがしばらく続いた頃、ネイサンの体に異変が現れた。


「ネイサン・アトス。お前は居残りだ」
「……はい」
「後は解散。宿舎に戻って寝ろ」

皆が去った誰もいない訓練場で、ネイサンは木刀を片手に首を鳴らした。
日中の訓練で遅れをとることは無くなってきたが、日が沈んでくると体が疲れるようになった。倦怠感のような体の怠さ。あと眠気も。腹が空いて木刀を持つ手が震える時もある。

打ち込み用の人型の魔導具に向き合う。
ネイサンにとっては不快な音が鳴るだけの耳障りな魔導具だ。何度打っても慣れない。

居残りは木刀が折れるまで。だがその日ネイサンはわざと木刀を壁にぶつけて折り、早めに宿舎に戻った。甘い物が食べたい。ただそれだけを考えながら。


居残りを命じられる夕方には腹も空いて体に力が入らなかったのでわざと木刀を折って宿舎に戻る、そんなことを何度も繰り返していたら見覚えのある騎士がネイサンに声をかけてきた。

「おう新人。早かったな」

あの日ネイサンをぶん投げた上位騎士のシュタイナーだ。体格がよく上背がある。
ネイサンは食事の手を止め、腰をあげて敬礼をした。

「少し体が大きくなってきたな……ってお前。なんだその晩飯?」

シュタイナーはネイサンの夕食に目を向けた。マフィンや根菜類が入ったシチュー。あと果実水も。周りにいる騎士達はいつものがっつりメニューだ。

「その量で足りんのか?  肉は?」
「俺はいつもこれですが?」
「……ふぅん」

シュタイナーは特別メニューの自慢だと思ったようだ。
会話はそれで終わり、ネイサンはまた席に座ってマフィンをかじった。
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