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14 久々に登校しようとした結果

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残暑が続く夏。
ドロテアは東屋にかけられた梯子をのぼり、白鴛鴦の巣の横にある空になっていた桶に水を足した。

「お嬢様。滑って落ちないで下さいねっ」
「大丈夫よ。蔦があるから滑ることはないわ。それに白鴛鴦はいま私の研究対象だから」
「だからって毎日毎日こんなっ」

水を飲みながら雌の白鴛鴦がキュラララン♪と美しい鳴き声を上げた。庭に心地好い魔力の波動がひろがる。

ドロテアは氷柱つららのように伸びた透明な嘴に触れ、優しく撫でた。冷気のような涼しい魔力を感じる。

「ふふ。やはり産卵したら雌の魔力量は元通りになったわね」




学習をはやめたドロテアの成績は優秀だった。その出来はよく、次々と試験をパスしていった。

前世で効率のよい勉強のやり方を知っていたドロテアは、以前のように一位を取るのではなく、試験に受かる勉強をしていた。
好成績を取ることに重点を置かない。
要は合格最低点の把握である。
手を抜いたのも訳があった。

初秋には三年分の単位を取得して、残す課題はあとひとつだけだった。しかしその課題ももう終わった。勉強で手を抜いて余った時間で作成した卒業論文だ。それを提出すれば、然るべき時に卒業資格が貰える。

「ふぅ。なんとか一年以内に済みそう」

ドロテアは卒業までの余った時間で自分を磨こうと思っていた。博識なブラッドリーと交流する内に自分はあまりにも無知だと気弱になったのだ。もっと本も読んで、ウエストも搾って、上目遣いの練習もしとかないと。もうすぐ定期収入も入る。王都いちのマッサージが受けれると評判の美容サロンにも通いたい。と、思っていたのだが──。



「そろそろ巣立ちかと先日巣を確認しましたの。そしたら夜が明ける前に巣立ってしまったようで。後に残っていたのは孵化しなかった卵がふたつ……はぁ。一つは王家に献上することが決まりましたが、残る一つの用途はブラッドリー様と決めなさいとお父様に言われまして。その事で急にお呼び出ししてしまい申し訳ありませんでした」
「え?  あ、いや、擬似卵は好きにするといい。それよりも……君は本当に恐ろしいほど勤勉なのだな」
「?」

返答の意図が解らずドロテアは首を傾げる。

今ブラッドリーは馬車の中で、ドロテアの通学に付き添っている。その手には今から学園に提出する予定のドロテアの卒業論文がある。

タイトルは『妊娠時における魔力の増加、或いは魔力過多』


魔力の増加方法とは──魔力持ちの人間は血液や体液にも魔力が含まれていることから、身体を鍛えて筋肉量を増やすことでも魔力が上がる。故に女は男並に魔力量を増やせないが、例外がある。

「……まさか子宮に、とは」
「驚かれました?」
「……ああ」

女は腹に魔力を溜めることができるのだ。それも初潮がきた体でないといけない。正確には魔力量を増やすのではなく、元々の内在量を越えて魔力を溜めることができる、その保存場所が子宮という。
これは妊娠時と同じ現象で、魔力持ちの女は、魔力持ちの子を宿す。その場合、妊娠時は一人の体に二人分の魔力が宿る現象が起きる。ドロテアの論文はそれを応用して同じ現象を初潮がきた女性の体で起こすことが可能という、今まで類をみない論文だった。

鍛練による魔力の増加量は多くても二割増。しかしドロテアの論文による魔力の増加量は少なくとも二倍。初潮から閉経までの一時的な増加だとしても、年月が長い。要は女性は子供が生める内はこの恩恵に与れるのだ。平民でも魔力持ちはいる。貴族の女性や女騎士のみならず、今後は女性の地位が劇的に変わる、ブラッドリーはそう思った。

これは国家機密級の論文だと、そしてまさに魔法研究科に相応しい論文だとブラッドリーは舌を巻いた。

論文の作成に協力した女医の名前もある。
……アンナ・バリュ。
その名にブラッドリーの胸に疚しい気持ちが沸き上がるも、あれはドロテアの未来の夫として知っておくべきことだったと自身を納得させた。そしてこの論文の作成に関わった医師を、王家は放っておかない。早急に王命が下され、学園勤めから王宮勤めになる。大出世だ。

「ドロテア……これは学園になど提出してはいけない」
「え?」
「そして私は今から君を拐う。学園にはいかせない」
「え!?」


この後、ブラッドリーの鬼気迫る説得により、向かう先は学園から王宮へ急遽変更された。


そしてその一週間後。
国王の一存により特例でドロテアの卒業資格が出された。学園は生徒のみならずその親戚や多くの業者が出入りする場だ。現在は王族の生徒はおらず、王立騎士も駐在していない。およそ二年後、ドロテアが卒業日に登校して誘拐されては国の損失だと、特例で卒業させたのだ。貴族は在学中の結婚は認められていないが、既に全ての科で単位を取得しているブラッドリーにはその許可がおりた。国の重鎮であるクワイス家に、早くジューン家を取り込めという国王の催促でもあった。


秋も終わり雪が降る前に、ブラッドリーとドロテアの結婚式が王宮で行われた。

場所は水晶宮。
噂ではかの御方が掌中の珠を愛でる為に建てられた宮殿だと、とある一部の貴族だけに真しやかに囁かれている。

誰も住んでいないのにその宮殿はピカピカに磨かれていた。窓枠やドアノブに至る一つ一つが、細部まで精巧に装飾の凝った造りだった。

ドロテアは花嫁用の準備室でただその時を待っていた。

カミラは母胎がまだ不安定なため大事をとって欠席となったが、側にはコリンとライラ、早朝から慌ただしく動いてくれた王宮勤めの侍女達。そしてガクブルしているティアラがいる。

「ジュー……いえ、クワイス様。わたくしなんかが学友として出入りしてしまい、本当に申し訳ありません」
「そんなこちらこそ。急な呼び出しで驚かせてしまいましたね。王宮で殿下にお目通りした際、少しお話致しましたの。その時によかったら学園の生徒も一名招待したらどうかと提案されまして。でも私は殆ど登校していなかったので……そこであの時医務室まで付き添ってくれたお優しいティアラ様の顔が浮かんで……それで、つい」
「クワイス様……」

ドロテアはかの御方と謁見した際、学園を懐かしむかの御方にティアラの話をしたのだった。勿論ドロテアはティアラがかの御方の隠し子であることなど知らない振りをした。
非常に上機嫌になったかの御方は、水晶宮を使う許可をくれた。そこで学園で優しくしてくれたティアラも呼びたいと、ドロテアはお願いしたのだった。

「ドーンズ家は距離があるでしょう?  私達は新婚なのでこの後タウンハウスに帰るのですが、ティアラ様はこの水晶宮に泊まっていって下さいね?」
「ええっ!?  し、しかし」
「気にしないで。もうその準備もしてあるのよ。他にも数名、未婚の淑女が侍女と宿泊する予定だけれど、広いから顔を合わせることはまずないわ」
「……は、はい。ではお言葉に甘えて」

ドロテアはティアラに関しては原作の内容を改悪するような事態を引き起こす気はなかった。
ただ、あまりにもかの御方がティアラに関する話を切な気に、一言も取り零すまいと真剣に聞いていたので、少し手助けしたくなったのだった。


式が終わった後、この水晶宮に残ったティアラは偶然を装ったかの御方と鉢合わすことになる。それをきっかけに二人の交流がはじまるのは、まだ先のお話。
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