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13 こんな筈じゃなかったと後悔した結果

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学園に入学するまでは、自分の人生は順風満帆だった。

それが何故こんなことに。

今ティアラは目前でにたにたと下卑た笑いを溢す人物と目を合わせないよう、俯き気味に教科書を抱く腕に力をこめた。

「だからさあ、ネイサンに捨てられてもう後がないわけでしょ?  あいつ騎士に昇格して、退学しちゃったわけだし?」

移動教室で席を離れたティアラを狙って声をかけたのは下位貴族の子息。それも男爵家の四男。本来なら伯爵家であるティアラに馴れ馴れしく声をかけれる立場ではない。

「……私の今後については家が判断しますので」
「だぁーからぁ!  君はもうネイサンのお手付きなわけでしょ?  今更婚約の打診なんてあると思う?  周りがうかれてるこの時期に教室でもずっと一人だもんねー。デビュタントの誘いすらこないんでしょ?」
「…………」

新入生にとってこの夏は社交界デビューを控えた時期でもあった。同学年の貴族令嬢達が既にパートナーまで決めて準備に取り掛かっているのだが、ティアラにはその予定がない。

そして家を通さずこんな廊下で本人に直接誘いを持ち掛ける輩が寄ってくるほど、いま学園におけるティアラの評価は下がっていた。

「婿入りしてやるって言ってんだよ」
「…………」
「処女でもない貴族令嬢には破格の打診じゃない?  あ、俺はネイサンの後でも気にしないからさ。まあ考えといてよ。持参金はないけど性欲はネイサン並にあるからさあ」

そう言って男爵子息はティアラの肩を撫でて顔を近付けてから去っていった。この肩の接触だけでもかなりマナーの悪い行為なのだが、それを周りで傍観していた貴族令嬢達の目は冷え冷えとしたものだった。ティアラを庇う様子すらなかった。

ティアラは距離が近く物理的な接触が多いネイサンの行動のせいで尻軽、学園の恥、男好きだの事実無根の噂が立てられていた。
そしてネイサンは騎士に昇格するや、ティアラを捨てたという噂も流れ、それからティアラには爵位目当ての男子生徒達が寄ってきていた。

冗談じゃない。
全て嘘なのに。
ティアラは触れられた肩を強く擦った。気持ち悪い。不潔よ。汚い……でも、いま私は周りの令嬢からこれと似た感情を向けられているんだろうと悟り、泣きたくなった。

この後ティアラは寮に戻り、すぐに荷造りを始めた。もうすぐ夏休みに入る。色々あって成績は伸び悩んでいるが試験結果は悪くはない。ならもう屋敷に戻って息を潜めようと思った。このまま学園にいてもよいことはないと、ティアラは泣きながら学園をあとにした。



それから数週間。

逃げるように帰宅してきたティアラに対して、両親は優しかった。
母親が王宮で開かれる夜会の招待状を手にティアラを慰めたりもしたのだが、ティアラは頑なに今は社交界に出るべきではないと判断した。笑いものにされるのは勿論、肝心のパートナーがいないと。

「実はアトス子息が手紙を送ってきたんだけど、きっとデビュタントのお誘いね」
「嫌よ!  お母様、ネイサンとは何もないと言ったではないですか!」
「も、勿論よ。診断書でもそれが証明されたし。でもね、王宮には心から貴女を気にかける御方もいて、」
「いやああっっ!  あんな診察を受けること事態が恥なのに、……それに今更私を気にかける人なんている筈ないわ!  学園でだって男からいやらしい目で見られて、もうおしまいよ!  死んでしまいたい!」
「ティアラ……!」

一人にしてくれと部屋から母親を追い出したティアラはそれから数日、眠れない夜を過ごした。


ティアラは部屋で夜な夜な魔法紙スクロールを書き移していた。
魔法実技科では教科書に載った魔法陣と呪文を寸分の狂いなく正確に書き移してからその紙に自分の魔力を込める。作成に成功すれば魔法陣が光る。それがスクロールと呼ばれる、誰でも魔法が使えるようになる紙で、王都では主に火魔法や水魔法、風魔法のスクロールが高額で売られている。

今ティアラは余計な事を考えないようあらゆるスクロールを書き続けていた。字は乱れ、魔力を込めても作成に失敗する。そのうち魔力切れで意識を失う。そんなことを繰り返していた。

部屋にも籠りきりで、食事にも出てこない。そんなティアラを心配した父親が多少の慰めになればといくつかの新聞をティアラの部屋に運ばせた。

父親はティアラが学園に入学してからある後悔を告白されていた。ドロテアの事だ。自分の浅はかな行動で彼女に怪我を負わせてしまったこと。それから彼女は学園に来ていないこと。貼り出された試験結果で学習は続けていることに安堵したが、いっこうに学園でその姿を見掛けないことから試験日だけに登校しているのを悟り、それも自分のせいだとティアラは後悔していた。あの時ネイサンを止めていればと、ずっと悔やんでいた。そして喉元過ぎればなんとやらで、何も気にせず訓練に打ち込むネイサンに価値観と感覚の擦れを感じていた。


ティアラは新聞のある記事に目を止めた。

クワイス侯爵家の嫡男、その婚約者がドロテア・ジューンであるのを知り、ティアラはハッとしてベットから起き上がってその記事に目を通した。

なんとドロテア嬢は自宅の屋敷で自らパーティーを開き、社交界デビューしていた──ドロテアが開いたのは本当は落成式なのだが、次期侯爵夫人が初めて開いた宴として世間に認識されていた。

宴の開催の儀で見せた見事な魔力操作、豪華絢爛な白銀杉の東屋、今まで類を見ない豪快な酒の祝杯、そしてドロテア嬢自ら考案した数々の催──これは記者が招待客の貴族から証言をとったもので、その内容は洗練されていて、格式高くも出席した皆が楽しめる素晴らしい宴であったと書かれていた。

宴の中盤では滅多にお目にかかれない白鴛鴦の対が登場し、白銀杉の東屋に巣をかまえ、ジューン夫妻の第二子懐妊とクワイス令息とジューン令嬢の婚約を祝福する美しい鳴き声を上げたと、情報操作による御都合的なことも書かれていた。

「……すごい」

ティアラは羨ましい気持ちより、ドロテアに対する尊敬の気持ちが沸き上がった。そして安堵感も。

彼女は自宅に戻ってからも、こんなに努力していたんだ。そして招待されるのを待つより先に自らパーティーを開き、次期侯爵夫人として奮闘している。

ティアラは勇気を振り絞って、ドロテアに手紙を書いて送った。取り入りたいわけじゃなかった。ただあの時の謝罪として自愛する言葉と、そして記事を読んだこと、それに対する婚約を祝福する言葉だけを書いた。

返事は期待していなかった。
しかし一週間後、ドロテアから手紙の返事が届いた。

その内容は感謝の言葉と、そして対の白鴛鴦はティアラ嬢の美しい銀髪を連想させる白銀だったと、胸が擽ったくなる言葉が綺麗な字で書かれていた。

「…………」

胸の蟠りが薄れていく。
ティアラはベットから出てまずはベタついた髪を洗おうと侍女を呼んだ。


その日の夜。
ティアラは久し振りに両親と笑顔で夕食を共にした。
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