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8 もはや横暴としか思えなくなった結果①
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ドロテアが試験を受けて学園から帰宅すると、庭に東屋が建っていた。
屋根の四隅に柱をおろしている、その中の空間は数十人が座れそうなスペースがある。全て真っ白で洋風な造りだった。屋根の裏側は、ドロテアが前世の日本家屋でみた欄間のような彫刻が彫られていた。これは建物の崩壊を防ぐ為に軽量を目的とした重量の間引きで、本来は屋根を薄くして軽くするのだが、この東屋の屋根の裏側には芸術的な彫刻が彫られていた。
上だけ眺めていると教会のようだ、いや広さも小さめの教会くらいあるが……とドロテアが気を遠くしていると、後ろから母親のカミラが声をかけてきた。
「ドロテア、これで驚いてはだめよ。なんせこれが庭にあと五ツもあるのだから」
「……なんて?」
ドロテアは遠くなっていた意識を逆に戻した。
カミラによるとまずはお庭の正面アプローチ内に含まれるスペースにひとつ。現在二人が遠い目で見つめているものがそうだ。
裏庭にはこれより小さめのがひとつ。あとは敷地内にある三つの別邸、その周りにも東屋が建てられたそうだ。
全てブラッドリーからのサプライズだと知ったドロテアはまた遠い目をした。
「お庭で一緒に読書したり、お茶を飲んだり、ただ休憩するだけの大きな長椅子を置こうと思って……それをブラッドリー様に話したのがいけなかったんですかね?」
それも二人座れるスペースがあればよかった。ブラッドリー様の計らいでこうも規格外の規模で叶ってしまうとは……申し訳ない。
「ドロテアが外出してすぐクワイス家お抱えの職人が何十人も来たのよ。最近は材料を持ち込まなくていいように、ある程度組み立ててから現地で完成させるのねぇ。もうお母様びっくりよ」
「ええ、はい、びっくりされたでしょうね」
勿論ドロテアも母親同様に驚愕したが、ブラッドリーに対する感謝の気持ちの方が大きい。
木材は全て外国産の白銀杉という高価な木が使われている。白銀杉は奥深い雪山でしか育たず、樹齢と共に白くなり、色が白いほど価値が上がる。東屋に使われた柱はどれも樹齢六百年を越えた逸品である。
「白銀杉はその純白な見た目から、花嫁の家に贈る縁起物とも言われています。そして婚約者に対する贈り物にしてはいきすぎているので、こちらを結納品にしましょう」
「そうね。旦那様ともそう話し合ったところよ」
「あと、沢山の人達に感謝もこめて……落成式を開きましょうか」
落成式とは、建物の完成を祝う式典である。建築に関与した関係者も呼び感謝を伝える。貴婦人が開くパーティーとはまた違ったものである。
「落成式を……ドロテア。貴女本当に立派になって。でもお母様、堅苦しいのは苦手だから任せてもいい?」
「はい。その後は皆が楽しめる余興も出しますので。それならお母様もお友達を呼べるでしょう?」
「あらいいわねっ」
落成式は学園が夏休みに入ってから開くことにした。猛暑の時期により主に建築を担う職人達の仕事が減る時期でもあり、招待に応じやすいからだ。
ドロテアは次の週には式典の準備に取り掛かっていた。基本この世界の式典とは格式張ったものが多いがドロテアが開くのは式典というより祝いの式だ。招待した人をもてなす目的が強い。
ドロテアは前世の知識を使い、他家とは違った趣向を凝らすことにした。縁起物である達磨(に似たようなもの)、鏡開きで使われるような樽酒(日本酒は無いのでワイン樽で代用)、あと料理等は女主人であるカミラの意見も取り入れ着々と準備を進めていった。
「東屋の屋根に特別な蔦を這わせましょう。これは建物を保護する役目があり、贈られた東屋を生涯に渡って大事にするという意思表示にもなります。景観を損ねないよう、蔦は同じく白い鴛鴦蔦が良いかと」
「鴛鴦蔦は子宝に恵まれる縁起物の蔦よね……でも夏休み前までに完成するかしら?」
「お任せ下さい。時期がよいのであっという間に繁りますよ」
日中、東屋でドロテアが庭師と落成式までに蔦を這わす計画を立てていると、突如ネイサンが現れた。
「なんだこれ!? いつの間にこんなの建てたんだよ!」
その声にドロテアは東屋の中からちらっと視線を向けた。ネイサンの少し後ろからアトス伯爵も歩いてくる。なら門兵が彼等を通したのは仕方ないかと、ドロテアは重い腰をあげた。
「アトス伯爵。ごきげんよう。本日はどのような御用件でしょうか?」
女主人であるカミラはいま裏庭にある東屋にいる。奥まった裏庭は親しい人や家族専用のスペースだ。そこには気心が知れた貴婦人達を呼ぶため、先ほどカミラが業者と向かったところだ。
「やあドロテア。美しいドレスに美しいカーテシーだ。もう体調も万全なようだね」
ネイサンそっくりな伯爵にドロテアは淑女の笑みを向けながらどうやってお帰り頂こうかと考えた。
「はい。アトス伯爵も息災なようで──」
そこでネイサンがタッと助走をつけて東屋の歓談スペース、そこにある長椅子に土足で飛び乗ってきた。さっきまでドロテアが座っていたすぐ隣だ。
「アトス令息。無礼ですよ」
そう注意した際、ドロテアはネイサンが帯剣していることに気付いた。そして意図せず無意識に指先に魔力を集中させた。
「は? なんだその呼び方? つーか、お前! 元気になったんならさっさと学園に来いよ! いつまでサボってんだよ! 俺なんかもう騎士として採用されて、明日には家を出るんだぜ?」
……騎士に?
確かにネイサンは騎士の卵としては優秀で、その実力から新入生代表の挨拶をするほどだったが、時期が早すぎる。ネイサンが騎士になるのは卒業の後だ。
「先に騎士になった俺に嫉妬して半人前の癖にって絡んできた同級生がいてな、半人前はお前だろって三人ぶっ飛ばしてやったよ。凄いだろ?」
ドロテアが思考にとらわれていると、ネイサンは文字通り上から下にドロテアを見下ろしてきた。その顔は得意気だ。そして椅子から飛びおりて、四本ある支柱の太さに「おお」と声を上げた。
「はは、……その、今は倅も高揚していてね。学園の中では最年少で騎士に昇格したから」
「そうなのですね。おめでとうございます」
アトス伯爵は東屋を見上げて、少し顔色を悪くした。貿易商を営む彼は物の価値を瞬時に把握したのだ。傍らで柱と相撲をとるように張り手をするネイサンに「よせ」と慌てて耳打ちしている。
「それで本日はどのような御用件で?」
用件を聞くのはこれで二度目だ。
ネイサンが騎士に昇格したこと、今日は自慢気にその報告にきたのだが、ドロテアのニコニコと笑顔を崩さない態度にアトス伯爵はまた顔色を悪くした。そして先程聞いたアトス令息、その呼び方から何かを悟った。
「誰かいい人でもできたのかな?」
「ええまあ、はい」
「……そ、そうなのか」
ドロテアは曖昧に聞かれたので同じく曖昧に返した。アトス伯爵は普段は国外にいるので国内の情勢に疎い。それを補っているのがアトス夫人なのだが、ヴァルキンはドロテアの婚約をアトス家に伝えていなかった。貴族としてこれが何を意味するかアトス伯爵は後々になって気付くことになる。
「ヴァルキンから何か聞いていないかい? その、ネイサンを婿入りさせるとか、」
「一切聞いておりません。令息は騎士に昇格したようですし、これから打診が増えるかもしれませんね」
その言葉に確かに、とアトス伯爵は頷いた。ネイサンを同じ爵位のジューン家に婿入りさせることは既にアトス伯爵の中では決定事項だったのだが、学園の中だけとはいえネイサンは最年少で騎士に昇格したのだから、この先もっといい縁談はあると考えた。
それなら幼少期から交流させているドロテアは、その時がきたら邪魔な存在になるかもしれない。そうも考えた。
アトス伯爵はいまだ柱と格闘するネイサンの肩を引っ張り、そろそろ帰るぞと目配せをした。
「どうしたの父さん? つーかさあ、こんだけ丈夫な柱なら打ち込みの練習もできるな。チッ。なんだよ。もうちょっと早く建ててたら練習台にできたのにっ」
そこでネイサンは腰にある剣を引き抜いた。刃は潰されている模擬剣だが鉄なので木材を打てば傷が入る。
「や、やめなさいネイサン!」
「一回だけ一回だけ、」
ネイサンが柱に向かって剣を振り上げた動作で、アトス伯爵は避けるように肩を掴んでいた手を離してしまった。
そして剣が振り落とされる、その瞬間。
ドロテアが指先に集中させた魔力でネイサンの剣を弾き返した。
その時、まるで黒板を引っ掻くような不快な音が庭に響いた。
模擬剣は折れて、刃先が地面に落ちた。
屋根の四隅に柱をおろしている、その中の空間は数十人が座れそうなスペースがある。全て真っ白で洋風な造りだった。屋根の裏側は、ドロテアが前世の日本家屋でみた欄間のような彫刻が彫られていた。これは建物の崩壊を防ぐ為に軽量を目的とした重量の間引きで、本来は屋根を薄くして軽くするのだが、この東屋の屋根の裏側には芸術的な彫刻が彫られていた。
上だけ眺めていると教会のようだ、いや広さも小さめの教会くらいあるが……とドロテアが気を遠くしていると、後ろから母親のカミラが声をかけてきた。
「ドロテア、これで驚いてはだめよ。なんせこれが庭にあと五ツもあるのだから」
「……なんて?」
ドロテアは遠くなっていた意識を逆に戻した。
カミラによるとまずはお庭の正面アプローチ内に含まれるスペースにひとつ。現在二人が遠い目で見つめているものがそうだ。
裏庭にはこれより小さめのがひとつ。あとは敷地内にある三つの別邸、その周りにも東屋が建てられたそうだ。
全てブラッドリーからのサプライズだと知ったドロテアはまた遠い目をした。
「お庭で一緒に読書したり、お茶を飲んだり、ただ休憩するだけの大きな長椅子を置こうと思って……それをブラッドリー様に話したのがいけなかったんですかね?」
それも二人座れるスペースがあればよかった。ブラッドリー様の計らいでこうも規格外の規模で叶ってしまうとは……申し訳ない。
「ドロテアが外出してすぐクワイス家お抱えの職人が何十人も来たのよ。最近は材料を持ち込まなくていいように、ある程度組み立ててから現地で完成させるのねぇ。もうお母様びっくりよ」
「ええ、はい、びっくりされたでしょうね」
勿論ドロテアも母親同様に驚愕したが、ブラッドリーに対する感謝の気持ちの方が大きい。
木材は全て外国産の白銀杉という高価な木が使われている。白銀杉は奥深い雪山でしか育たず、樹齢と共に白くなり、色が白いほど価値が上がる。東屋に使われた柱はどれも樹齢六百年を越えた逸品である。
「白銀杉はその純白な見た目から、花嫁の家に贈る縁起物とも言われています。そして婚約者に対する贈り物にしてはいきすぎているので、こちらを結納品にしましょう」
「そうね。旦那様ともそう話し合ったところよ」
「あと、沢山の人達に感謝もこめて……落成式を開きましょうか」
落成式とは、建物の完成を祝う式典である。建築に関与した関係者も呼び感謝を伝える。貴婦人が開くパーティーとはまた違ったものである。
「落成式を……ドロテア。貴女本当に立派になって。でもお母様、堅苦しいのは苦手だから任せてもいい?」
「はい。その後は皆が楽しめる余興も出しますので。それならお母様もお友達を呼べるでしょう?」
「あらいいわねっ」
落成式は学園が夏休みに入ってから開くことにした。猛暑の時期により主に建築を担う職人達の仕事が減る時期でもあり、招待に応じやすいからだ。
ドロテアは次の週には式典の準備に取り掛かっていた。基本この世界の式典とは格式張ったものが多いがドロテアが開くのは式典というより祝いの式だ。招待した人をもてなす目的が強い。
ドロテアは前世の知識を使い、他家とは違った趣向を凝らすことにした。縁起物である達磨(に似たようなもの)、鏡開きで使われるような樽酒(日本酒は無いのでワイン樽で代用)、あと料理等は女主人であるカミラの意見も取り入れ着々と準備を進めていった。
「東屋の屋根に特別な蔦を這わせましょう。これは建物を保護する役目があり、贈られた東屋を生涯に渡って大事にするという意思表示にもなります。景観を損ねないよう、蔦は同じく白い鴛鴦蔦が良いかと」
「鴛鴦蔦は子宝に恵まれる縁起物の蔦よね……でも夏休み前までに完成するかしら?」
「お任せ下さい。時期がよいのであっという間に繁りますよ」
日中、東屋でドロテアが庭師と落成式までに蔦を這わす計画を立てていると、突如ネイサンが現れた。
「なんだこれ!? いつの間にこんなの建てたんだよ!」
その声にドロテアは東屋の中からちらっと視線を向けた。ネイサンの少し後ろからアトス伯爵も歩いてくる。なら門兵が彼等を通したのは仕方ないかと、ドロテアは重い腰をあげた。
「アトス伯爵。ごきげんよう。本日はどのような御用件でしょうか?」
女主人であるカミラはいま裏庭にある東屋にいる。奥まった裏庭は親しい人や家族専用のスペースだ。そこには気心が知れた貴婦人達を呼ぶため、先ほどカミラが業者と向かったところだ。
「やあドロテア。美しいドレスに美しいカーテシーだ。もう体調も万全なようだね」
ネイサンそっくりな伯爵にドロテアは淑女の笑みを向けながらどうやってお帰り頂こうかと考えた。
「はい。アトス伯爵も息災なようで──」
そこでネイサンがタッと助走をつけて東屋の歓談スペース、そこにある長椅子に土足で飛び乗ってきた。さっきまでドロテアが座っていたすぐ隣だ。
「アトス令息。無礼ですよ」
そう注意した際、ドロテアはネイサンが帯剣していることに気付いた。そして意図せず無意識に指先に魔力を集中させた。
「は? なんだその呼び方? つーか、お前! 元気になったんならさっさと学園に来いよ! いつまでサボってんだよ! 俺なんかもう騎士として採用されて、明日には家を出るんだぜ?」
……騎士に?
確かにネイサンは騎士の卵としては優秀で、その実力から新入生代表の挨拶をするほどだったが、時期が早すぎる。ネイサンが騎士になるのは卒業の後だ。
「先に騎士になった俺に嫉妬して半人前の癖にって絡んできた同級生がいてな、半人前はお前だろって三人ぶっ飛ばしてやったよ。凄いだろ?」
ドロテアが思考にとらわれていると、ネイサンは文字通り上から下にドロテアを見下ろしてきた。その顔は得意気だ。そして椅子から飛びおりて、四本ある支柱の太さに「おお」と声を上げた。
「はは、……その、今は倅も高揚していてね。学園の中では最年少で騎士に昇格したから」
「そうなのですね。おめでとうございます」
アトス伯爵は東屋を見上げて、少し顔色を悪くした。貿易商を営む彼は物の価値を瞬時に把握したのだ。傍らで柱と相撲をとるように張り手をするネイサンに「よせ」と慌てて耳打ちしている。
「それで本日はどのような御用件で?」
用件を聞くのはこれで二度目だ。
ネイサンが騎士に昇格したこと、今日は自慢気にその報告にきたのだが、ドロテアのニコニコと笑顔を崩さない態度にアトス伯爵はまた顔色を悪くした。そして先程聞いたアトス令息、その呼び方から何かを悟った。
「誰かいい人でもできたのかな?」
「ええまあ、はい」
「……そ、そうなのか」
ドロテアは曖昧に聞かれたので同じく曖昧に返した。アトス伯爵は普段は国外にいるので国内の情勢に疎い。それを補っているのがアトス夫人なのだが、ヴァルキンはドロテアの婚約をアトス家に伝えていなかった。貴族としてこれが何を意味するかアトス伯爵は後々になって気付くことになる。
「ヴァルキンから何か聞いていないかい? その、ネイサンを婿入りさせるとか、」
「一切聞いておりません。令息は騎士に昇格したようですし、これから打診が増えるかもしれませんね」
その言葉に確かに、とアトス伯爵は頷いた。ネイサンを同じ爵位のジューン家に婿入りさせることは既にアトス伯爵の中では決定事項だったのだが、学園の中だけとはいえネイサンは最年少で騎士に昇格したのだから、この先もっといい縁談はあると考えた。
それなら幼少期から交流させているドロテアは、その時がきたら邪魔な存在になるかもしれない。そうも考えた。
アトス伯爵はいまだ柱と格闘するネイサンの肩を引っ張り、そろそろ帰るぞと目配せをした。
「どうしたの父さん? つーかさあ、こんだけ丈夫な柱なら打ち込みの練習もできるな。チッ。なんだよ。もうちょっと早く建ててたら練習台にできたのにっ」
そこでネイサンは腰にある剣を引き抜いた。刃は潰されている模擬剣だが鉄なので木材を打てば傷が入る。
「や、やめなさいネイサン!」
「一回だけ一回だけ、」
ネイサンが柱に向かって剣を振り上げた動作で、アトス伯爵は避けるように肩を掴んでいた手を離してしまった。
そして剣が振り落とされる、その瞬間。
ドロテアが指先に集中させた魔力でネイサンの剣を弾き返した。
その時、まるで黒板を引っ掻くような不快な音が庭に響いた。
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