上 下
4 / 31

4 婚約者に会ってみた結果

しおりを挟む
それからまた数日。
久々に登校した学園で前期の試験を終え、その結果が学年一位だったドロテアはヴァルキンからまたある提案をされた。

学習する速度を進めて、然るべき時期がきたら卒業、その資格を得ないかと提案されたのだ。

「学習の速度を三倍に速めれば、一年程で単位が取得できる」
「……一年」

学園には飛び級などの制度は無い。
しかし一年間で三年分の単位を取得し、その二年後に卒業資格が貰える制度はある。
要は三年間は学生として過ごさなければいけないが、利点もある。余った二年間の自由時間に魔法科から騎士科への編入などができるのだ。追加の費用はかからない。三年の間に編入を繰り返し、魔法実技科、魔法研究科、騎士科の単位を全て取得した麒麟児もいる。

もしかして父親はそういった提案がしたいのだろうかとドロテアは考えたが、ヴァルキンは予想外の言葉を言った。

「実はね、ドロテアに婚約の打診がきたんだ。現在三年生のブラッドリー・クワイス……クワイス侯爵家の嫡男だ」
「え……クワイス?」
「……その、ごめんドロテア。もう了承しちゃったんだ」

最初から圧が凄くて……そう項垂れるヴァルキンの様子からして、向こうはかなり乗り気ということだ。

ヴァルキンから手渡された打診書。すでに開封されたそこにはクワイス侯爵家の紋章──二羽の美しい鳥が蝋で封印されていた。本物だ。間違いではない。ドロテアは息を呑んだ。

「恐らく学年一位のドロテアに目をつけたんだと思う。早期に単位を取得するのも、実はクワイス家からの提案でね……はぁ~」

それよりも今ドロテアの頭の中には様々な思考が飛び交っていた。

ブラッドリー・クワイス……卒業間近にネイサンに捨てられたドロテアが強制的に嫁ぐ相手だ。顔合わせから険悪な雰囲気で、ドロテアは嫁いでからもブラッドリーに冷遇される。なのに夜は気絶するまで犯される。
ドロテアの末路的外伝として数頁しか書かれていなかったが、まるでドロテアが悪いことしてざまあされている悪役のような終わり方だった。本編では御都合彼女で、悲劇のモブなのに。

「……クワイス様は、どんな方なのですか?」

小説ではブラッドリーに関する見た目の描写が書かれていなかった。ただ蛇のような男だとしか。

「確か何度も編入してるね。魔法実技と研究科と……今年で騎士科の単位も取得して、後は卒業するだけって所かな。過去にそれをやった麒麟児の再来だと噂されているよ」

現在のブラッドリーは騎士科……そして本来なら原作のドロテアは今の時期はネイサンの訓練を見学して、差し入れも渡して、ネイサンの機嫌がよければ裏庭でアオカンの日々を送っている。

もしかしてブラッドリーは原作に書かれていないだけで、嫁がせる前からドロテアの事を知っていた?  そして見初めた?  いや、それならわざわざ処女でもないドロテアに婚約を打診するのはおかしい。婚約前に純潔かどうかは調べるだろうし。

……でも夜毎気絶するまで犯すほどの執着。性欲うんぬんはお金で解決する侯爵家だ、わざわざ険悪な仲の妻を召すのも合点しない。

だとすると……ブラッドリーは騎士科を訪れていたドロテアを見初めるも、ネイサンとの関係を知って、その関係が切れたのを見計らってドロテアと婚姻するも、いつまでもネイサンを想うドロテアに嫌気がさして酷い扱いをしていた?

と、そこまで考えてドロテアは一度思考を白紙にした。

原作は消して、今の現状で考えるべきだ。
入学式とその翌日しか学園におらず、騎士科には一歩も足も踏み入れていない自分がブラッドリーに見初められるわけがない。試験日だって三年生は休日で、一年生のみが出席していたのだから。

なら本当に成績だけで選んだのかも?
そして侯爵家からの打診なら、アトス家からきた場違いな打診を塗り潰すことができる。

小説でもリチャードは爵位目当てに何度もドロテアにネイサンを送り込んでくる。そのことから、この先ネイサンがティアラと結ばれなかったら、何度も婚約を打診してくる可能性が見えた。やはり自宅学習にしただけではダメか。防波堤は必要だ、そうドロテアは思った。

「……ドロテア?  パパ勝手なことしてごめんね。どうしても嫌なら家族で国外に逃げようか?」
「お父様は当家を第一に考えられると思っていたのですが、ダークヒーローの片鱗もお持ちなのですね。素敵ですわ」
「ダーク・ロー?  パパの知らない人?」

ドロテアは歯をみせてころころと笑う。
そして結論を出した。

「直接会ってみなければ解りませんわ」
「……会うの?」
「ふふ。お父様、そんな驚いた顔なさらないで。どうしても嫌だと感じたら対策を練ります」

ドロテアの考える対策とはこうだ。
ブラッドリーが何の思惑もなくただ女を痛めつけたい側の人間なら、ネイサンと対峙させればいい、と。
ネイサンはそういった人間にどこまでも対応する性格だ。決して諦めない。そして最後には相手を疲弊させて戦意喪失させる。

それでもダメなら小説の中でネイサンがしたようにティアラに泣きついて見せればいい。彼女はかの王太子麒麟児の隠し子だ。ドーンズ伯爵家の養女であることは、本人も知らない。ティアラが危険に晒されれば、かの御方が影の権力者として暗躍してくる。小説の展開でもそれで解決していた。



しかし翌週、婚約者として挨拶に訪れたブラッドリーを見たドロテアは、頭の芯が甘く痺れるような歓喜を味わっていた。

「ブラッドリー・クワイスだ。……入学試験で学園に来ていた君を見初め、その時から狙っていた」

灰色にくすんだ緑色の髪はきつく巻いたパーマのようで、天然の強い癖毛が肩まで伸びていた。前髪もセットしたようにくるくるで、ブラッドリーは鬱陶しそうに掻きあげた。そして見えた濃い紫色の瞳。目頭より目尻が高く吊り上がった鷹のように鋭い眼だった。奥二重で、伏せ眼になると現れる瞼の線がなんとも妖艶だった。薄い唇は狐のように常に笑ってみえる、真っ赤な唇だった。青白い肌が唇の血色のよさを引き立てていて、そこに視線が奪われる。
体格は一見細身だが、胸元のシャツの盛り上がり具合と、上着の腕部分が幾分きつそうに見える。その他はサイズが合っているが、恐らく脱いだら逆三角形だとドロテアは生唾を飲み込みそうになりながら予想した。それになんだか物凄く強そう、口喧嘩したら絶対負けそう、逆らう気も起きなさそう──総合的にみて絶対ドSしかありえないとドロテアは勝手に判断した。

「君を見た瞬間にある光景が頭に浮かんだ」
「……光景、とは?」
「自室のベットで君を抱き潰している光景だよ」

声は高くもなく低くもない、むしろ声の抑揚が一切感じられない声色だった。そのせいか言われた言葉が正しく頭の中に入ってこなかった……が、危機感はわいた。目の前にいる魅力的な男に粗末な扱いをされたら本気で心が傷ついてしまうと。いくら好みでも愛してくれないなら危ない橋は渡りたくない、それがドロテアの本音だった。

「もしかして婚姻後は夜毎気絶するまで私を犯そうとか企んでいますか?」
「……っ、な!  なんてこと言うんだ君は!」

違ったらしい。
そしてブラッドリーから抑揚がある声を引き出せた。ドロテアはそれだけではしたなくもお腹の奥が疼いた。

「や、優しくしてくれますか?」
「や……え?」
「処女なのに気絶するほど乱暴に抱かれたら貴方を殺して私も死にます。本気です」
「……まず、私が君を乱暴に抱く理由はなに?」
「わかりません。でもさっき言っ、」
「それは妄想だ。そして私の妄想の中の君は、それはもう悦んで快楽に身を沈めている」
「…………」
「妄想だ。男の妄想なんて御都合主義だ。あとはじめに言っておくが経験はない」

ドロテアの予想の半分は当たっていた。時期は読めなかったが、見初められていた。

ブラッドリーは恐ろしい程に魅力的な男だった。ドロテアの前世の人格がドストライクだと中で暴れまくっていた。そして蛇のような男、というより雰囲気が爬虫類系男子なだけだとドロテアは思った。

「いっこうに君を学園で見掛けないからどうしようかと思ったよ。この1ヶ月は研究科の元担任に用も無いのに挨拶しに行ったり……そこでも見つけられなかったけど、一年生の試験結果を見たら君の名前があるんだもの。自宅学習で一位なら君はこの先学園に通う必要性を感じていないと察して……いよいよまずいと慌てて婚約を打診した」
「そうなのですね。お父様に圧をかけた理由はそれですか?」
「え?  圧……はかけてないよ。本当に打診しただけ。そしたらすぐに了承の返事がきたから驚いて」
「……」

ではお父様はダークヒーローではなく、世界の為に家族を犠牲に出来る人だったのですね。なんてドロテアは思いながらも、その判断を下した父親のお陰でブラッドリーと会えたのだから貴族としてはソツのない父親に感謝した。

「……では私は、婚約者として何をしたらよいのでしょうか?  ブラッドリー様のように全ての科を制覇する実力はございませんよ?」
「その事なんだけど……」

ブラッドリーの提案はとても単純なものだった。少し早めに卒業に必要な単位を取得して、余った自由時間に自分とデートしないか、そして交流を深め、可能ならば君の卒業と同時に婚姻したいという、本当にまともな提案だった。

それを快く受け入れたドロテアは更に勉強に力を入れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢なのに王子の慰み者になってしまい、断罪が行われません

青の雀
恋愛
公爵令嬢エリーゼは、王立学園の3年生、あるとき不注意からか階段から転落してしまい、前世やりこんでいた乙女ゲームの中に転生してしまったことに気づく でも、実際はヒロインから突き落とされてしまったのだ。その現場をたまたま見ていた婚約者の王子から溺愛されるようになり、ついにはカラダの関係にまで発展してしまう この乙女ゲームは、悪役令嬢はバッドエンドの道しかなく、最後は必ずギロチンで絶命するのだが、王子様の慰み者になってから、どんどんストーリーが変わっていくのは、いいことなはずなのに、エリーゼは、いつか処刑される運命だと諦めて……、その表情が王子の心を煽り、王子はますますエリーゼに執着して、溺愛していく そしてなぜかヒロインも姿を消していく ほとんどエッチシーンばかりになるかも?

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...