上 下
176 / 190

176 説得

しおりを挟む
「わたくしは、自分の意志で教会におりますの」

 せっかく見つけた魔導王国の王女の言葉。
 公聖教会の総本山、修道院隣接の畑で、王女であるジェーンから告げられた言葉に、ルリは唖然としていた。

「王女様? 戻りたくないとはどういう事ですか? 導師の憚りで、教会に連れてこられたのでしょ?」

「言葉通りですわ。経緯はどうあれ、ここが気に入ってますの。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

 ジェーンが自ら望んでここに留まっている事は間違いなかった。
 王女を見つけさえすれば、後は連れ出すだけと考えていたルリにとっては、思わぬ誤算だ。
 もし本気で外に出たくないというのであれば、説得する必要がある。


解呪かいじゅ解毒キュア!」

「ですから、洗脳されても毒に侵されてもいませんわ。それよりあなたは何者ですの?」

 わざと声に出して魔法を唱えるが、とくに変化はない。
 むしろ、冷静に対処される。

「Cランク冒険者、ルリです。王女様の救助に参りました」

「冒険者ねぇ。それ以前に、貴方も貴族でしょ? 雰囲気でわかるわ。誰の差し金? 反王政、あるいは導師に反対する勢力の貴族の方なのかしら?」

「どちらでもありません。私はリフィーナ・フォン・アメイズ、クローム王国アメイズ子爵家の娘です」

「ふ~ん。クローム王国の……。それにしても、リフィーナで、ルリで、ラーズリなのね。ややこしい方ね。
 まぁいいわ。それで、クローム王国の貴族がなぜ私を救助するのかしら?」

 ジェーンの疑問は当然である。
 冒険者が依頼を受けたと言えばそれまでではあるが、他国の貴族が、わざわざ危険を冒してまで接触してくるには、それなりの理由が必要だ。

(そう言えば、何で王女を救出するんだっけ……?)

 そもそもルリ達の目的は、魔導王国と友好関係を結び、エスタール帝国との戦争に備える事。
 さらに、魔道具の流通が円滑になれば、尚良し。
 ユニコーンに頼まれたので救出作戦を実行しているが、友好関係を結ぶべき導師がわざわざ追放した王女を連れ帰るなど、本来は愚の骨頂である。
 導師にとっては、敵対行為に等しい。

「ユニコーンの依頼です……」

「はぁ? 誤魔化すにも他に言いようがあるでしょうに。意味がわからないわ。
 いいこと? 正直に答えなさい。場合によっては、不審者として貴方を通報する事もできますのよ」

 正直に答えたルリではあるが、当然信用されるはずがない。むしろ怒らせたようだった。
 通報されては困るので、慎重に言葉を選びながら経緯を話す。


「クローム王国の親善大使が何をやってますの? 友好が遠のくとは考えませんでしたの? しかし、ユニコーン……。信じがたいですわね……」

「でも、本当なのです。そして、シスター・ジェーン。貴方も、昔の王女様同様に、ユニコーンに愛された人だと……。
 ユニコーンの里に、一緒に行ってはいただけませんか? その先の行動は、私は口出しいたしませんから……」

 ユニコーンと会えば、考えも変わるかもしれない。
 それに、よくよく考えてみれば、依頼は里に連れて行く事であり、その後、王女が魔導王国に関わるかどうかは、王女次第なのである。

「信じるかは別にして、要件は理解したわ。わたくしが、愛し子……。考えた事もなかったわね。
 でも、どうするつもり? ここからは出られないわよ」

 少し前向きになってくれたジェーン。
 ユニコーンに愛し子と言われて、照れてるようだ。

 とは言え、問題は教会からどうやって出るのか……。
 外出が認められるわけはなく、正規に出るのは不可能に近い。

「夜にこそっと脱出するのは、いかがですか? 幸い、外からの警戒は厳しいですが、中からの警備は薄そうですが……」

「嫌よ。抜け出したら問題になるわ。戻ってこれないじゃないの」

「そんなに、ここの生活は良いのですか?」

「えぇ、最高よ。つまらないしがらみもなく、悠々自適な生活。たまに治癒をすれば感謝される。今のわたくしは、幸せなの」

 確かに、治癒の魔術師の待遇は良さそうだ。
 軟禁状態ではあるものの、生活に不便はなく、規則さえ守れば自由だ。
 実際暮らしてみると、快適なのかもしれない。

 また、ジェーンにとって、王女という肩書は、窮屈でしかなかった。
 魔導王国にいれば、確実に政治利用される肩書。
 他国に移ったとしても同様であろう。教会という特殊な環境を除けば……。



「今の魔導王国を、どうお考えですか?」

 話の行き詰まりを感じ、話題を変えるルリ。
 生き方は人それぞれなので、幸せというジェーンを無理に連れ出すことは出来ない。
 しかし、外の出る理由があれば別だ。心変わりもするかもしれない。

「導師に牛耳られたイルーム……。内情は、酷いのでしょうね……」

「私の仲間が、弟さん……現国王にお会いしてますの。状況、気になりませんか?」

「ラグマンと会ったのですか? 元気にしてますでしょうか?」

「……。自分の目で、確かめてはいかがでしょうか……。王女殿下が不在になった事で、ご家族がどのような状況になっているのか……」

 国王ラグマンといえば、ミリアが激怒した相手である。
 碌な生き方をしていないのは明らかだが、境遇を考えるとかわいそうな人でもあった。
 情に訴えればと、弟の話題を出すと、ジェーンは思う所あるのか、遠くを見つめている。



「もう、長く、会っておりませんの。何度も、忘れようとしたのですが……」
「家族の絆って、そう言うものでは? 忘れられる訳なんて、ありませんわ」

 泣き落とし作戦は、少し効果があったらしい。
 ジェーンの虚ろな目には、きっと家族との思い出が映っているのであろう。

「一度、会いに行きませんか? 愛するご家族に……」

 とどめのセリフ。ルリのクリティカルヒット!
 ジェーンの心が揺らいだようだ。

「しかし、外に出る許可など取れるでしょうか……」
「大丈夫ですわ。何とかなります! 信じる者は救われる、ですわ!」

 何の根拠も無いが、自信満々な時のルリの言葉には、何故か重みがある。

 直接届け出た所で、外出許可が下りるはずがない。
 黙って出ていけば、後々問題になる。
 となれば、書き置きだ。手紙を残して去る。それなら少しは、バレても情状酌量の可能性が残る。


「わたくしは、長年勤めた信頼があります。貴方はどうしますの? 誰がどう見ても、貴方に罪が及びますけど……」

 このタイミングで2人が抜け出せば、確実にルリが疑われるであろう。
 書き置きに「休養の為」などと書かれていた所で、関与したと思われるのは当然だ。

「私は、もはやいろいろと素性がバレてますから。この際、真っ向から戦うしかありません。教会に侵入した時点で覚悟しましたので、気にしないでください!」

 アメイズ領は、幸いにも、公聖教会の影響力が薄い。
 子爵家を発展させたアメリが女神のような存在で、信仰を集めている為だ。
 さらに、アメリの生まれ変わりかとも思われているルリが『白銀の女神』などと呼ばれた為、教会の影響力はますます下がっていた。

 教会としては、信仰の対象にもなっているルリを公聖教会の一員にする事で、アメイズ領での影響力を高めたいと考えているのだが、そううまく事が運ぶはずはなかった。


「ルリ、貴方の覚悟は分かりました。一度くらい、口車に乗りましょう。
 ただし忘れないでくださいね。イルームに戻るつもりはありません。状況次第では、弟を連れて教会に戻る、それがわたくしの希望です。よろしいですわね」

「はい。ユニコーンの願いは、あなたの幸せです。
 今も幸せなのかもしれませんけど、ご家族とお会いになって、そして、ユニコーンとお会いいただけば、もっと楽しい未来が広がると思います。
 その後の生き方に口を出すつもりはありません。だって、自由なのですから」




 話始めて、一時間は経っただろうか。
 草むしりをしながら、シリアスな会話を行ったルリとジェーン。外に出る事を了承してもらい、今夜にでも決行しようと、作戦の詰めを行っていた。

 その時である。
 遠くの空に、激しい稲妻が光る。

(ミリアのプラズマ!?)

「シスター・ジェーン、ちょっとごめんなさい。何かあったみたい……」
「いいわよ。お友達が戦闘中のようね」

 慌てて探知を広げるルリ。ジェーンも、探知できているようだ。

 セイラ達の場所を捉えると、周囲に魔物の群れ。
 逆方向には複数の人の反応もある。

(魔物と兵に挟まれてるのかな? 大丈夫かな……)

 その辺の魔物や兵士に遅れをとる事はないであろう。
 それに、ルリが助けに戻っては、せっかくの侵入作戦も台無しだ。
 心配だが、ここはミリア達に任せるほかない。

「助けに行くの?」
「あ、いえ、私の仕事は、貴方を連れて行く事ですので……」
「そう。だったら、策を授けようかしら。うふふふふ」

 容姿端麗、頭脳明晰のうえ、魔力に秀でた王女が、不敵に笑う。
 策を聞こうと、真剣な顔で、ジェーンを見つめるルリであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

【完結(続編)ほかに相手がいるのに】

もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。 遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。 理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。 拓海は空港まで迎えにくるというが… 男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。 こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。 よろしければそちらを先にご覧ください。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

【完結】10引き裂かれた公爵令息への愛は永遠に、、、

華蓮
恋愛
ムールナイト公爵家のカンナとカウジライト公爵家のマロンは愛し合ってた。 小さい頃から気が合い、早いうちに婚約者になった。

気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、見守ります

岡暁舟
恋愛
「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか」の続編。 エリスと婚約したボリスが抱く不安。そして、婚約破棄されたナターシャの暴走。

処理中です...