上 下
158 / 190

158 熊の魔物

しおりを挟む
 魔導王国イルームの狩場にて、華々しいデビュー戦を飾った『ノブレス・エンジェルズ』の4人。
 周囲の冒険者に実力を見せつけながら、森の奥、山の麓まで進んでいた。

 物珍しさからか、他の冒険者パーティも、遠巻きについて来ている。
 非常識な強さを見せつけるルリ達は、完全に、注目の的となったようだ。


「これから山登りですわね。先に進めば野営確定、いいかしら?」
「最初からそのつもりでしょ。何を今更……」

 時間は昼になっている。今引き返せば街に戻れるが、進むとなれば、一拍を山の中で過ごす事になる。


「皆様、山に行く前に、お昼になさいませんか?」
「そうね、いい案だわ。アルナ、準備お願い」

 引き返す選択肢がない事は全員が理解している。ならばと、お昼を食べてから山に挑む事にした。

「新鮮な、食材も焼いてみようか」
「いいわね、味が違うかもしれないし!」

 収納から調理台を取り出し、テーブルを並べて食事の準備を始めた。
 さらに、アイテムボックスから食材……新鮮な、魔物……を取り出すと、解体し始める。

 周りの冒険者たちも興味深く見つめている。
 収納、どれだけ入ってるんだよ……などの声が漏れ聞こえてくる。


「ルリ、いいわよ」
「ホント? ありがとう!」

 こんな状況で、ルリがやりたい事などひとつしかない。
 察したミリアが、許可をくれた。

「冒険者の皆さん、一緒に食べませんか? お肉、焼きますの~」

『まじか? 焼肉だってよ~』
『軽食しか持ってきてないからなぁ~』
『すげー、収納魔法便利だ~』

 ほとんどの冒険者は、戦利品を持って帰る為にも荷物は少な目で狩りに来ている。
 食事も軽食で、わざわざコンロなどを持ってくる者はいない。

「先程狩ったオークと、名前わかないですけど、牛です。あと、スープもあるのでどうぞ~」

「その牛はレザーブルだな。皮が丈夫で、高く売れるから、魔石と一緒にギルドに持って行くといい」

「そうなんですね。ありがとうございます!」

「いや、礼を言うのはこっちだろ。ご馳走になって、済まないな」

 派手な戦闘で注目を集めたルリ達であるが、胃袋さえつかめばこっちのものだ。
 魔石狩りのライバルであるはずが、すっかり仲良くなれた。


「みなさんは、これからどうするのですか?」
「街に引き返すさ。この先は魔物が強くなるからな。嬢ちゃん達は、山に挑むのか?」
「そのつもりです」
「あの戦闘を見せられたら止めはしない。でも気をつけろよ」

 冒険者たちも、無詠唱の魔法や一撃必殺の戦闘風景を見せられては、ルリ達の行動に文句が言えない。
 せめてものお礼にと、山に住む魔物の情報を教えてくれた。

 メリカバイソン……巨大な牛、バッファローだ。力が強く、突撃されると、魔力で強化した戦士でも吹き飛ばされる事がある。

 エルクムース……鋭い角を持つ鹿のような魔物。角を振るった時にかまいたちの様な風が発生するので、離れていても危険だ。

 グリズリベア……巨大な熊。力が強い上に、意外と素早く動く為、近接戦闘を行う時には注意が必要。

 ピューモ……大きな猫のような魔物。スピードが早く、魔法を当てる事すら困難。逃げる事も出来ないので、見つかる前に隠れてやり過ごす事を勧められる。


 他にも魔物はいるが、この4種類は、注意が必要らしい。
 いずれも、クローム王国では出会った事がない魔物だ。
 特に、ピューモが危険で、冒険者が何人も犠牲になっていると教えてもらう。

「それとな、山に入っても、裾野までにしておけよ。中腹に行くと岩場があるんだが、そこにはゴーレムが生息しているんだ。あいつら、魔法が効かないからな。
 仮に倒せても、硬くて魔石の取り出しに苦労するだろ、その間に、他の魔物に襲われる危険がある。
 いいな、忠告はしたぞ!」

 ゴーレム……。
 以前、クローム王国の王都近くで戦った際は、セイラが死にかけた。因縁の相手だ。

「ありがとうございます。気を付けますわ!!」



 お昼を食べ終え、冒険者たちに別れを告げると、山へ向かったルリ達。
 徐々に森が深くなり、勾配も急になってくる。

「一応、道はありますのね……」
「冒険者が歩いた跡でしょうね……」
「ここ戦闘になると、動きにくいですわね……」

 道というには狭いが、少し歩きやすい獣道の様な場所がある。
 ただ、前後に長く並ぶことになる為、戦闘には不向きだ。

 セイラを先頭に、アルナ、イルナと続き、ミリアとメアリーを守るように兵士。最後尾はルリが警戒する。
 横から襲われた時は、兵士が命を懸けてでもミリア達を守る構えだ。

(素早い魔物もいるって言ってたし、危ないわね。安全策、とっておきますか……)


『リミットの一部を解除します』

 収納の魔法の応用で、女神装備に着替えたルリ。
 リミット解除を確認する。……まだ、一部解除という事の意味はわからない。

絶対防御バリア……)

 隊列の側面に絶対防御バリアを張ると、気付いたミリアに目配せ。
 兵士は気付いていないらしく、変わらず必死の防御態勢だ。


「みんな、走るわよ。この先に少し開けた場所があるから、そこで魔物を迎え撃つわ」

 まだ距離はあるが、確実にこちらを狙っている魔物の影がある。
 気付いたセイラの指示により、一斉に走り出したルリ達。
 スペースがあれば、陣形が組めて戦いやすい。


「岩を背後に、半円に構えるわ。ミリアとルリはいつでも魔法を放てるように!」

 森の隙間、30メートルほどの空き地。一方は崖で、岩肌が見える。
 メアリーの指示により、岩肌を背にして、半円形に陣形を取ると、森の木の陰から、魔物が顔を出し始めた。

「囲まれたわね」
「あれはグリズリベアかしら? 強そうね……」
「でも、ここなら視界も広い。問題ないわ」

 セイラの早期の判断とメアリーの適切な指示で、体勢を整えられたルリ達。
 魔法が使える広場であれば、囲まれているとしても大丈夫だ。

 新しい敵を前にした時は、まずは敵の強さの見極めが重要だ。
 個別で撃破できるのか、周囲の事など気にしない、問答無用の魔法攻撃が必要なのか、なりふり構わず逃げるのか、作戦は相手によって変わってくる。

「ルリ、よろしく!」
「わかった!!」

 全身に魔力を纏わせ、単身で敵に突っ込むルリ。
 最強戦力のルリが戦ってみれば、敵の強さがわかるし、仮に強すぎたとしても、そうそう怪我をする事はない。

 先頭のグリズリベアに一直線に突進。
 相手が気付いて腕を振り上げた瞬間、さっと横に飛び、そのまま背後に回る。
 アメイズ流独特の流れるような動きに、身体強化のスピード。反応できる魔物は、まずいない。

 ブオン
 ズシャシャ

 グリズリベアの太い腕が風を切る。
 次の瞬間、ルリの双剣がグリズリベアの首を捉えた。



「大丈夫、強化すればスピードは見切れるわ!」
「じゃぁ各個撃破ね! 兵士さんもお願いできる?」
「任せとけ!!」

 単身で戦えるルリ、それにアルナ、イルナが1体ずつを相手にし、セイラは念の為、ミリアとメアリーの護衛につく。
 兵士も、8人で1体を相手にする形で戦闘に加わる。

 近接戦闘では注意が必要と教えられた魔物に、わざわざ近接戦闘で挑むルリ達。
 それはなぜか? もちろん、その方が楽しいからである。
 ルリやミリアの魔法で一気に殲滅しては面白くないし、また、周囲の森も消えてしまうので環境に悪い。


 ルリは、目の前の敵をあしらいながらも、兵士の周囲に敵が複数近づかないようにと注意していた。
 腕自慢の近衛騎士とは言え、正直、ルリと比べれば戦力差は大きい。
 それに、陣形が崩れた瞬間に崩壊しかねない。

 ガシーン
 グシャシャ

 腕の攻撃を盾で防ぎ、後ろから槍を突き刺し攻撃する兵士たち。
 身をひるがえして避けながら優雅に戦うアメイズ流の3人とは対照的な、正面から真っ向勝負で激突する兵士の戦いぶりは、豪快だ。

「みんな、無理はしないでね。危ない時は叫ぶのよ!」

 ミリアとメアリーが適度に魔法で足止めし、同時に2体が相手にならないように制御している。その為、それぞれ危なげなく戦えた。

「これで最後~!!」

 10体を越えるグリズリベアの集団だが、誰一人怪我する事もなく、戦闘は終了。
 言われていたほど強くはない、それが、正直な感想だった。


「魔石、なかなか大きいわね!」
「8センチってとこかな? いい値で売れそう」

 素材を見ると値踏みをするメアリー。そして……。

「熊は煮込んでも美味しいのよ!!」

 熊肉は見た目は硬そうだが、脂がとろけて意外と甘い。
 異世界に来て、ジビエ料理に目覚めたルリは、熊肉の美味しさについて力説するのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

欲情しないと仰いましたので白い結婚でお願いします

ユユ
恋愛
他国の王太子の第三妃として望まれたはずが、 王太子からは拒絶されてしまった。 欲情しない? ならば白い結婚で。 同伴公務も拒否します。 だけど王太子が何故か付き纏い出す。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ

【完結(続編)ほかに相手がいるのに】

もえこ
恋愛
恋愛小説大賞に参加中、投票いただけると嬉しいです。 遂に、杉崎への気持ちを完全に自覚した葉月。 理性に抗えずに杉崎と再び身体を重ねた葉月は、出張先から帰るまさにその日に、遠距離恋愛中である恋人の拓海が自身の自宅まで来ている事を知り、動揺する…。 拓海は空港まで迎えにくるというが… 男女間の性描写があるため、苦手な方は読むのをお控えください。 こちらは、既に公開・完結済みの「ほかに相手がいるのに」の続編となります。 よろしければそちらを先にご覧ください。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

【完結】10引き裂かれた公爵令息への愛は永遠に、、、

華蓮
恋愛
ムールナイト公爵家のカンナとカウジライト公爵家のマロンは愛し合ってた。 小さい頃から気が合い、早いうちに婚約者になった。

気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、見守ります

岡暁舟
恋愛
「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか」の続編。 エリスと婚約したボリスが抱く不安。そして、婚約破棄されたナターシャの暴走。

処理中です...