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116 決戦前夜

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 帝国の侵攻により周囲を包囲されたゼリスの街に入り、怪我した兵士の治療に当たるセイラ、メアリー、そしてルリ。
 重症者にはセイラが、軽症者にはルリが治癒魔法を掛けて対応している。


 教会から派遣され、参陣した神官は、その様子を見て目を丸くしている。

「頑張ったんですねぇ。力を抜いて……回復魔法ヒール
 複数の聖職者が祈りをささげて治療するような怪我を、短時間で癒すセイラ。

「はい、次の方……。終わりましたよ。はい、次の方……」
 流れ作業かのように、次々と治療を行うルリ。……呪文を唱えている様子すらない。

『おい、あの娘は何者だ?』
『補給部隊の護衛で来た冒険者のようです』
『すぐに教会に招け、いや、入信させろ。あんな治癒魔術師が教会に所属してないとすれば、それは教会に対する反逆行為だ』

 高額な寄付と引き換えに、高度な治癒を提供する事、治癒の力を独占する事で、影響力を強めている教会。
 治癒魔法を使いこなす冒険者などという存在が、認められる訳がない。

 セイラが心配した通り、いやそれ以上に、協会に目を付けられてしまうルリ達であった。




「遅いわよ。メアリー、どうなってるの?」
 いつになっても戻ってこない事にしびれを切らし、屋敷に行っていたミリアがやってきた。

「治療は終わってるんだけどねぇ……。人気になっちゃって……」

 セイラの周囲に大勢の人だかりが出来ており、握手会の様相になっている。
『これでまた戦えます……』
『死ぬかと思ったのに、助かっただぁ』
『聖女さまぁ』
 揉みくちゃにされながらも、満更ではない表情だ。


「まだ戦いは続きます。今日は休んで、明日に備えてください」
 兵士たちにエールを送り、やっとの事で場が収まった。既に、日も暮れかけている。



「冒険者だな。お前たち2人の教会への帰依を認める。すぐに教会に所属する手続きを行うからこっちにこい」

 4人合流し、屋敷に行こうとした時に、話しかけてきたのは教会の神官であった。
 セイラとルリを、教会に引き抜こうという魂胆なのは間違いない。

 歩みを止め、神官に向き合う。
 セイラとしては想定していた状況なので、焦りも驚きもしなかった。

「神官様、お声がけありがとうございます。世のため人のために活動をなさる皆様には、いつも感謝しておりますわ。教会に所属とはどういう事でしょうか?」

「文字通りの意味である。治癒魔法の担い手たるお前たちは、『公聖教会』の加護の元、世界のために尽くす義務がある。選ばれた者としての責務を全うするのだ」

 完全上から目線の、教会らしい物言いである。
 ルリは、公聖教会という存在について思い出していた。

 クローム王国も含め、各国の主要都市に治療院を開設しているという公聖教会。
 ルリの出会った女神アイリスではなく、女神デザイアを祀るという事で、いまいち信頼が置けないでいた団体だ。

 怪訝そうな顔つきで首を振るルリ。
 セイラが代表して回答する。

「神官様、お申し出ありがとうございます。ですが、お断りいたしますわ。
 私たちにも、「ノブレス・オブリージュ」、貴族としての義務がございますの。それを投げ出す事は出来ません」

「なっ、貴族だと。しかし、その身分を捨ててでも、聖職者として生きるのが、人のあるべき姿であろう。貴族であろうが、冒険者などと言う身分を持つのではなく、教会の庇護下で、世界のために尽くすべきではないのか!」

「残念ですが、叶わぬご相談ですわ。私はセイラ・フォン・コンウェル。冒険者である以前に、クローム王国、近衛騎士団の所属です。コンウェル公爵家の娘としては、教会の庇護下に入る前に、王国を導く義務がございますの」

 普通の貴族であれば、教会の元で癒しの力を世に役立てるという選択肢も、取れなくは無いのであろう。しかし、王族となれば話は別だ。王国の為に働く事が最優先となる。

 さらに、公爵家を相手に確執を持ちたくない神官としては、言い返しようがなかった。セイラの思惑通りの結末だ。


 それでも諦めの付かない神官は、矛先をルリに向ける。
 それを感じ、ミリアが口を挟んできた。

「うふふ、神官様。もう一人の娘ならどうかとお考えでしょうが、それもかなわぬご相談ですわ。
 国王レドワルドの寵愛を受けし、クローム王国の至宝。もし彼女に手を出そうと言うのであれば、王国は全力で阻止します。
 それを王国の意思として、お伝えいたしますわ」

「な、王国の意思だと? お前は何者だ」

「クローム王国第三王女、ミリアーヌと申しますの。それが何か?」

 まさかの王女殿下の登場。戦地に派遣されてきた神官ごときでどうにかできる相手ではない。
 神官は、すごすごと退散するのであった。


「教会に、完全に目を付けられたわね。わたくしも、戻ったらお父様に報告しておくわね」
「うん、助かる。まぁ、目の前に怪我人がいて、何もしないなんて、絶対後悔するし、間違った事はしてないわよ」
「ミリア、セイラ、ありがとう」

 この一件が、教会とのどんな確執につながっていくかなど分からない。
 しかし、いずれバレる話である。たまたま今まで、人前で治癒の魔法を使う機会が少なかっただけで、教会に目を付けられるのは時間の問題であった。

 そこまで大きな問題とは考えずに、辺境伯のいる屋敷に向かう。
 忘れてはいけない、今は戦争の真っただ中。街は、敵兵に包囲されたままなのだ。

 兵士の怪我が治り、当面の食料に困らない程度の補給も受けた。
 かと言って、包囲網を脱する手段が見えた訳ではない。


「今後の作戦ですが、辺境伯様はいかがお考えですか?」
「がぁはっはっ!! 全軍突撃じゃ!! 正面から敵を吹き飛ばし、砦を奪還する!!」

 見たままの脳筋な答えに、一同唖然とする。
 確かに、籠城を続けても今後の補給に期待は出来ないし、治療された兵士も含めれば、城塞内の兵数は5000を超える。
 全軍を率いて突撃すれば、敵の包囲を突破できる可能性はある。


「メアリー、今の戦況、どうみる?」
 辺境伯との作戦会議が3秒で終わりそうなので、ミリアがメアリーに話を振る。

「ゼリス城塞を取り囲む敵兵は約5000。正面に3000がいて、2000が周囲に均等に並んでる状態です。正面の敵には、魔物……巨大な象マンモスも含まれています。
 全軍突撃の場合は、周囲の敵が集結する前に魔物部隊を突破できるかが鍵になるでしょうね」

「包囲網以外の敵の配置はどうなってるの?」

「ディフトへの街道を進軍した約2000は、私たちが壊滅させたわよね。領都に向かう街道にも、同じように進行してるのかしら?」

「偵察兵の報告だと、フロイデン領都方面の街道には3000くらいが進行中よ。あと、ディフトへの街道にも、2000の軍が新たに配置されたみたい」

 籠城しているとは言え、当然、密偵は放たれている。
 セイラの広範囲探知を加えると、およその敵の様子がわかる。


「……。これは可能性なのだけど、今、砦はがら空きなのじゃないかしら?」

「「なんで?」」

 メアリーの突然のつぶやきに、驚くミリアとセイラ。
 辺境伯、そして、会議に参加している領兵の幹部も、不思議そうな顔をしている。

「私たちが街道の敵を倒してから、まだ半日も経っていないわ。この短時間で、街道に敵軍が進めるとしたら、近くで待機していた部隊、つまり、砦の防衛を行っていた部隊しかいないと思うの」

「確かに。包囲網を形成する兵を減らせないとすれば、砦から兵を出すしかないか」

「城塞都市を完全包囲した今、砦に戦力を置く重要性は低いわ。王都からの援軍として騎士団が到着する前に決着をつけるには、急いで領都とディフトに侵攻する必要がある。そう考えれば、砦の防衛よりも侵攻を優先した可能性が高いのよ」

 メアリーの説明に、一同納得する。
 もちろん、帝国側から砦に兵が補給されている可能性もあるが、それには時間がかかるであろう。


「嬢ちゃん、今この瞬間、砦がもぬけの殻という事じゃな!」
「は、はい。その可能性があるという事です」

 辺境伯の目が、ギラギラしている。
 猛獣が獲物を見つけた時のような、異様なオーラが発せられていた。

「がぁはっはっ!! 突撃じゃぁ!!」

「「「「いや、だから、辺境伯様?」」」」

「兵長、強者を500準備せい、すぐに出る!!」

「「「「しかも、たった500?」」」」

 会話の流れにかみ合っていない辺境伯の発言に驚くルリ達であるが、領兵に出陣の指示を出す辺境伯。


「がぁはっはっ!! 安心せい、正面から突撃する訳じゃないわぁ!!
 砦への裏道小道から奇襲をかけるぞ!!」

 辺境伯しか知らない、裏道があるようだ。
 地下を通って街道の外の森に進軍し、そのまま森の中の小道を進めば、砦まで出られるらしい。

「では、わたくし達も行きますわ!」

「おお! 一気に砦を奪還するぞ!!」

「あの、待ってください!!」

 同行しようと言うミリア、それを受け入れ一気に決着をつけようとする辺境伯。
 それを止めたのは、メアリーだった。

「街道での敗戦を聞き、帝国軍には、いち早く城塞を落とすようにと指示が出ているはずです。たぶん、明日、ゼリスに総攻撃が行われます。
 私たちは、それに備える方が無難です。それに、城塞で私たちが暴れれば、敵を引き付けて辺境伯様の援護にもなるかと」


 作戦は決まった。
 辺境伯を中心とした500の部隊が、裏道から夜間に進軍し、日の出と共に砦を奇襲、奪還する。
 ルリ達『ノブレス・エンジェルズ』は、籠城する領兵と共に、包囲する帝国兵の総攻撃を凌ぎ、敵軍を城塞に引き付ける。さらに、可能であれば撃破する。

 意気揚々と出陣する辺境伯を見送り、ルリ達は一時の休息をとるのであった。
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