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99 バトンタッチ

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 メルダムの街で炊き出しを行い、やっと一息をつけたルリ達。
 その日の夜。
 予想通り、領兵の到着に先駆けて、指揮官である老兵、ビネスが訪れてきた。

「リフィーナ様、領兵20名が、明日朝、街に到着いたします。その前に、状況をお聞きしたく参上いたしました」

 隠しても仕方が無いので、顛末を正直に話す。
 ミリアやルリの身分を知った上で切り掛かってきたと言う話にはさすがに怒りを顕わにしたものの、役割を理解してくれる。

「では、王都の騎士団到着まで、屋敷の警備にあたらせていただきます。兵士の大半は罪なき者たち。丁重に扱いますのでご安心ください」

 ルリとしては、一般の兵士や使用人など、罪に問われそうにない人々は早く解放したいのであるが、今回は第三王女も絡む事件になってしまったので、アメイズ子爵家の判断だけで罪の有無、その重さを判断することは出来ない。
 王都の役人が来るまでは現状維持、その後の判断は、役人に任せるのが筋である。


 簡単な打ち合わせを行うと、老兵ビネスは本隊へ戻っていった。
 そして、翌朝の領兵到着を待った。

 また、朝一で街の代表者、復興委員会のメンバーに集合の連絡をする。
 領兵との顔合わせと、ルリ達の出立を伝えるためだ。




 予定通りに街に入った領兵は、さっそく警備の配置につく。
 屋敷の護衛は慣れた任務で、初めての場所でも問題ない。

 その後、応接間に、主要メンバーが集まっていた。
 ルリ達4人と、領兵の代表者、そして復興委員会の面々。

「お集まりいただき、ありがとうございます。早速ですが……」

 まずは、領兵と復興委員会、それぞれの紹介を行う。
 役割こそ違うものの、今後何かと接点を持つ事もあるであろう。最初が肝心だ。

 その上で、ルリ達が急ぎ領都に向かう事、その後フロイデン領へ行く必要があり、再度メルダムの街に戻るのは数週間後になる事を伝える。

「大丈夫ですよ。私どもにお任せください。リフィーナ様は、リフィーナ様の役割がありますので、それを優先してください」

「ありがとう。お願いしたい事はメモしておいたので、よろしくお願いしますね。
 それと、この部屋は拠点として、自由に使ってください」

 まず、大事なのは住民の衣食住の正常化。
 畑や家の使用状況を確認して、必要であれば貸し与える。
 仕事が無いという人もいるが、荒れた畑からの収穫、そして整備を行うだけでも、数週間はすぐに経過するだろう。

 また、訪れるであろう冒険者ギルドや商業ギルドへの対応、王都の騎士団が来た時の対応についても指示を出す。
 細かい調整などは、現場判断で行っていいと権限も与えて、スピード優先で対応するようにお願いした。

 監禁している男爵や側近、そして兵士たちの処遇が決まり、住民が飢えずに暮らしている。そして、冒険者ギルドが支部設置に向けて動き出している。
 それらが戻るまでの数週間で為されれば、理想的である。

(この街のバトンは、領兵と復興委員会の皆に託そう。私は、私たちのできる事を精一杯やる。どんどんバトンタッチしていかないと、疲れちゃうものね……)

 いつも通り……得意の丸投げ……なのではあるが、今回は専門家に任せるという今までの状況とは少し違う。
 不安を持ちながらも、みんなを信じ、鼓舞して、成功を祈るルリであった。


「私たちは、これより領都に向かい、冒険者ギルドとの交渉に臨みます。留守中よろしくお願いします」

 領兵と復興委員会に後を託し、打ち合わせが終わった。
 予定がだいぶ押しているので、すぐにでも領都へと出発しなければならない。
 くつろぐラミアとセイレンに出発を伝え、メイド三姉妹に準備をお願いした。




 メルダムの街を出る頃には、すでに夕方近くになっていた。
 出発してもすぐに野営になってしまうのであれば、一晩待って早朝の出発と言う選択肢もあったのだが、街の住民が送り出したいとの事で、人知れずの出発となる未明の時間は却下。夕方の出発となってしまったのだ。

『美味しかったよ~』
『ごちそうさまでしたぁ』
『また来てくださいね~』

 馬車に向けられる歓声の多くは、食事のお礼だ。
 ミリアーヌ様ぁ、リフィーナ様ぁというアイドル的な歓声よりも、食事のインパクトの方が大きかったらしい。

「あはは……。食堂のおばちゃんになった気分……」
「いいじゃない。少なくとも、胃袋はがっちり掴めたわ。領主としては上々よ!」

(今できる事はやったかな。まだスタート地点だけど、一歩は踏み出せたわよね)

 街に到着した時とは正反対、明るい声が響き渡るメルダムの街の様子に、自信をもって笑顔を返す、『ノブレス・エンジェルズ』の4人であった。



 街を出て、2時間も馬車を走らせると、すぐに野営の準備に取り掛かる。
 領都との往復をしたばかりで馬も疲れているので、無理はさせられない。

「ルリ、食料の備蓄は大丈夫?」
「うん、私たちが領都に行くまでの分なら足りるわ」
「じゃ、食事してゆっくり休んだら、明日は早めに出ましょう!」

 適当に食事を済ませると、すぐに就寝。
 この、いつものメンバーでの移動中が、もっとも安心して落ち着ける時間だと、誰もがぐっすりと、眠りにつくのであった。


 ……朝起きると、野営のキャンプの周辺に、魔物が数匹転がっている。
 ラミアの蛇が、深夜の護衛を完ぺきにこなしてくれている証だ。
 そして、それらが朝食のメニューになる事も、いつもの出来事である。

「街の宿よりラミアと野営した方が安全よね……」
「汝らと一緒にいると退屈せんからのう。水辺ならセイレンも加われるからもっと安心じゃぞ」

 セイレンは水を操る事に長けた『人魚』だ。
 水を操り、さらに水の魔物すら使役する。水辺であればある意味最強であるが、水が無い場所ではただのヒトと変わらない。
 内陸を移動中の今は、あまり出番が無いのであった。




 寄り道をせずに、アメイズ領都を目指す。
 約2日の道のりではあるが、街道沿いを進めば危険はない。
 休憩と野営を挟みながら順調に進み、無事に領都まで到着した。

「リフィーナ様、このままお屋敷まで参りますか?」

「そうね、いったん屋敷に行くわ。
 アルナ、先に行って、お母さまとマティアスに到着伝えてくれる? あと、イルナは、途中で冒険者ギルドに寄って、アポ取りをお願い。できれば今日の夕方にでも会いたいわ」

「「承知しました」」

 まずは、メルダムの街の出来事を領主である母、それにマティアス大臣に報告する事が先決だ。軍事演習の日程なども、早急に決めなくてはならない。

 その上で、冒険者ギルドの話を、ギルドマスターのシャードに相談、支部設立のお願いをする必要がある。
 養成学校の話は、王国中の冒険者ギルドを巻き込んだ話にしたいので、今は根回しの話だけにした方が良い。具体的な話は、王都に戻ってから、国王を交えて行う方が、効率がいい。
 ルリなりに、話の段取りは、組み立てているのであった……。



 屋敷に戻ると、早速マティアスが飛んできた。
 怒り、焦り、諦め、安堵……表情が複雑になっている。それだけ、心配したのであろう。

「リ……リフィーナ様!!! 何をやらかし……いえ、何があったのですか? きっちりご説明ください!」

 大まかな話は、先に伝令に来たイルナから聞いてはいるものの、貴族の屋敷での大立回りなど、前代未聞だ。無事な姿に安心するものの、事の顛末を聞き、怒りを顕わにする。
 さらに、税の横領などの証拠を見せると、怪訝な表情になる。

「このような不正があったとは……。
 リフィーナ様、ご推察かもしれませんが、状況は芳しくございません。子爵家傘下の貴族の不祥事、乱心と言うだけであれば本人の責任と言えますが、監督責任と言う考えがございまして……」

「マティアス、その懸念については、ミリア達と話したわ。まぁ起きてしまった事は仕方ないもの。前を向いて、最善を尽くしましょ」

「はい。私も国王陛下には直接お話をさせていただきます……」

 子爵家が何かしらの責任を取らされる事は、すでに覚悟している。
 下手に隠したりせず、問題を明らかにする事が、今後の発展につながるのだ。

「わたくしからも、お父様には伝えますわ。子爵家が不利にならないように、精一杯取り計らいます」

 ミリアの声で、マティアスも少し気を取り直したようだ。
 今は、できる事をやるしかない。想像以上に深刻になっていたメルダムの街の現状を変えるには、全員一丸となって、復興を進める以外に選択肢はない。


「ぼ、冒険者を養成する学校、その学校を中心とした学園都市ですと!?」

 突拍子もない発想に、驚くマティアス。
 しかし、他国との戦時下でもない今、目の前の脅威は魔物であり、それを討伐する冒険者の育成は、クローム王国にとっても重要な課題である。

 国境すら関係なく自由に行き来する冒険者ではあるが、育成学校の卒業生となれば、王国への忠誠心も高く、活動拠点を他国に移す可能性も低い。

 王国に利益をもたらす、理に適った妙案に、しばらく考えたマティアスは、相槌を打った。

「王都へはさっそく使者を出しましょう。私の人脈をフル活用して、実現に向けての根回しを行っておきます。それで、リフィーナ様は今後どのような動きを?」

「私は、とりあえず領都の冒険者ギルドに行って話をしてきます。王都のギルドマスターのウリムさんや、第2学園学園長のグルノールさんにも相談するつもりです。
 それと、これから行くフロイデン領のギルドでも根回しをしたいと思ってます」

「では、冒険者ギルド関係の根回しはお任せします。実務的には、このマティアスが窓口になって進めますので、何なりとお申し付けください」

 王国中から生徒を集めるような学校を作るには、人手とお金がかかる。
 存在意義を、学校の必要性を、理解してもらわなければ、大規模なプロジェクトなど進められない。
 国王の了解を取る為に、しっかりとした根回しを行おうと、ルリとマティアスは決意した。
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