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89 照れ笑い

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 100メートルの距離に、巨大な猪が8体。
 戦闘態勢は整ったものの、襲ってこなければ意味がない。

 しかも今は深夜。
 暗闇の中、無理に動くことも避けたい状況だ。

「メアリー、どうするの? このまま待つの?」

「うふふ、大丈夫、作戦通りよ。このまま待機、3分後に戦闘になるわ」

「「「何でわかるのよ!?」」」

「まぁ見てなさいって。
 それに、こっちから攻め込んだら、暗闇の中じゃ動きがバラバラになって危険だわ。
 ここで迎え撃ちましょ」


 メアリーはなぜか自信満々だ。
 そして、3分後……。

「あ、動いた! なんで?」

「理由は後でね。ルリ、照明弾、思いっきり明るくして!
 ミリアは壁を、とにかく頑丈なやつ!」

「「はい!」」


「照明弾!」
土壁ストーンウォール!」
「「氷壁アイスウォール!!」」

 地面を隆起させ、ミリア達を囲むように巨大な砦が出来上がる。
 さらに、氷で補強すると、一瞬で要塞が完成した。

 どごぉぉぉぉん
 どご、どごぉぉぉぉん

 猪が激突し、要塞の壁が揺れる。
「よし、先頭の3体、止めたわ! あと5体!」

「ミリアとルリは壁を補強。次に備えて!」

「分かったわ。氷壁アイスウォール!」
土壁ストーンウォール!」

 どごぉぉぉぉん

「あと3体、正面から来るわよ! ……えっ?」

 壁への激突音が……しない。
 ルリ達を襲ったのは、黒い影……。


「と……飛んだ!? 上、上から来るわ!」

 見上げると、巨大な猪が頭上に迫っていた。

「「きゃぁぁぁ」」

 ジャンプして壁を越えてくるとは思ってもいない。想定外の猪の動きに、ミリアとメアリーが悲鳴を上げる。
 巨体の重量と、突進の勢いが、少女たちに襲いかかる。

「逃げて!」
「無理よ、逃げ場が無いわ!」

 逃げようとしても、周囲を壁で覆ってしまったため、逃げ場が見当たらない。

 主を守ろうと、護衛騎士たち、そしてメイド三姉妹が駆け寄ってくるのが見える。



 ……圧倒的な重量を前に、もはや成す術無しかと思われた時だった。

 ずばん

 猪よりもさらに巨大な影が、ルリ達の頭上をかすめる。

 どごぉぉぉぉん
 どご、どごぉぉぉぉん

 迫っていた猪の巨体が消え、地響きが聞こえた。




(……なっ……何が起こったの……? 助かった……!?)

 目を開くと、大蛇の胴が蠢いているのが見える。

「ラ……ラミア?」

「せっかくの馬車がつぶれてしまうのは勿体ないからのぅ」

「あはは、私たちは馬車のついでって事かしら……」

 ニヤリと笑うラミアに、笑顔を投げ返す。
 本音では無い事くらい、すぐにわかる。


「ほら、みんな、ラミア姉さまに感謝するのよ。姉さまが助けてくれなかったら今頃ぺしゃんこなんだからね」

「「「「うん、ありがとう」」」」

 久しぶりに『蛇女』の姿に戻ったラミアを見て、セイレンも嬉しそうだ。いつの間にか『人魚』の姿になり、ラミアに抱きついている。

 一方、『蛇女』の巨大な姿を初めて見た護衛騎士たちは、あまりの迫力に怯えていた。
 胴回り3メートル、全長30メートルの大蛇は、存在感が半端ない。




「みんな、忘れてない? まだ終わってないわよ!」
「そうだった! 止め刺して来よう!」

 猪は壁で勢いを抑えただけで、まだ倒していない。
 しかし、突進してこないのであれば、巨大な的でしかない。

「毛皮もいい素材になるからね、傷つけないようにしてね」

 メアリーの無茶な注文だが、ルリ達は心得たものだ。
 剣や魔法を駆使し、猪に止めを刺して回る。


「リフィーナ様、こちらも終わりました。回収お願いします」
「わかったわ。これで8体、完了ね!」

 猪の魔物をアイテムボックスに収納し終えたルリ。
 ラミア達の元に戻る。


「みんな、お疲れ様でした。今日は休みましょう」
「「「は~い」」」

 ラミアの側にテントを広げ、すぐに眠りに落ちた。
 疲れていたのもあるが、何より時間が遅い。会話少なく、床に就くのであった。



 朝目覚めると、ラミアが変わらず『蛇女』の姿で警戒を続けてくれていた。
 日に照らされた姿は、とても美しい。

「ラミア、おはよう。昨日はありがとうね」
「我はたいした事はしとらんわ」

 照れ隠しをする表情が、ラミアの神秘的な容姿を魅力的にする。
 実際、ラミアの機転が無ければ大けがをしていたかもしれない状況。心からの感謝を伝えるのであった。


「昨日は調子悪かったの? メアリーの作戦にしてはキレが無かったけど……」
 セイラが心配そうにメアリーに話しかける。

「ううん、ごめんね。私もまだまだ未熟って事よ。眠くて頭が回らなかったの……」
「ああ、そういう事ね。私も人の事言えない、結局何もできなかったもの……」

 セイラも、巨体が飛んできた際に、何の対応もできず反省していた。
 猪のジャンプは想定外ではあるものの、想像を超える程ではない。何らかの方法で猪が接近した時に備えていたセイラとしては、もっと出来る事があるはずだった。

「ところで、猪が動くの、何でわかったの? 昨日は聞きそびれちゃったけど……」

「それは、簡単な事よ。こっちが風上だったから、気付かれている事は間違いなかったわ。
 実は、火の鳥フェニックスを飛ばせてあったの。ちょっと刺激すれば走り始めるのは分かってたから、タイミング見て先頭の猪にぶつけたのよ。1体走り出せば、他も付いて来ると思ってね」

「なんだ、読みでも計算でも無いのね……。完全に騙されたわ!」

 護衛騎士の救助で最初に接敵した際に、メアリーは火の鳥フェニックスを猪の上空に飛ばせていたらしく、その火の鳥フェニックスで攻撃する事で、猪を突進させたらしい。
 メアリーにしては雑な作戦ではあるものの、後の展開を予測して火の鳥フェニックスを待機させた手腕は、さすがである。



「じゃぁ、出発しましょうか。ラミアとセイレンも馬車に乗ってね」

 ヒト型に戻ってもらい、馬車に乗り込む。
 途中、街や村を巡りながら、散策する予定だ。



「今回は、私たちの弱点が見えたわね。単純な大きさの前では、魔法で対抗するには限界がある。対策が必要ね」

「そうだね。巨体に接近される前に倒すのが、私たちのスタイルになると思うわ。例えば……」

 セイラとメアリーが作戦会議を始めると、ルリ達も加わった。
 小さな少女たち、しかも魔法主体の戦法が中心な『ノブレス・エンジェルズ』にとって、巨大な魔物と接近戦を挑むのは無謀と言える。

(罠とか、作ると良いのかなぁ……)

「ねぇミリア、そう言えば土の魔法使ってたけど、いつ覚えたの?」
「うん、お屋敷の本に書いてあってね、イメージ出来たの」

「ねぇ、落とし穴とかどうかなぁ」
「「「いいかも!」」」

 単純な発想ではあるが、瞬時に魔法で穴が掘れるのであれば、突進する魔物には効果的である。

「セイラ、どこかに魔物いないかしら? 試してみたいわ!」
「うん、でも待って。落とし穴はいいけど、魔物の誘導をしないと、ちゃんと落ちてくれないわよ」
「確かにそうよねぇ、じゃぁルリ、囮役、お願いできる?」
「ひぃぃぃぃ」

 無理ではないが、やりたいものではない。
 渋るルリ、迫るミリア。いつもの事ではあるが、ミリアには強引な部分が多い。


「大丈夫よ、身体強化全力でかければ、追いつかれるはずないわ」
「そりゃそうだけど、普通に怖いわよ!」

 映画の場面を思い出しながら、他にもいろいろなトラップの案を出す。
 馬車の中は、言いたい放題、笑い声に包まれるのであった。
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