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第百二話 アイザックの過去

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「そういえば、話って?」
「あぁ。クラリスには話しておきたいことがあって。……俺のことなんだが」
「アイザックのこと?」
「あぁ、俺の過去について。どうして俺が魔法を使えなくなったかクラリスに知って欲しくて」

 そう言うとアイザックが私の手を握る。

 彼の手はやはり大きくて、そして無骨でありながらもとても温かった。

「ミドルスクールのときに母が亡くなってな。母は妖精族の出身で元々身体が弱かったのだが、父と結婚して人間世界に来たことでさらに弱くなってしまったらしい。でも父のために母は何がなんでも妖精世界には戻らなくて、よくそれで二人が喧嘩していたのを覚えている」

 寂しげでありながらも懐かしげに語るアイザック。

 その言葉は慈しむような穏やかなものだった。

「お互い愛してたのね」
「今思えばそうだな。当時はそんなことで喧嘩する二人が理解できなかったが」
「まぁ、子供からしたらそうよね」
「母はとても頑固で、気配りに長けた人で、慈しみ溢れる人だった。そして、亡くなる数日前に俺は母に言われたんだ。貴方は父に似て見た目で誤解されがちだから、できるだけ人に優しくしろと。人のためになることをしろと。俺はちゃんと理解もせずにわかったと頷いた。そして母が亡くなって数日後、クラスメートに絡まれたんだ。『できそこないの堕魔だまが死んだんだろう?』と」
「そんな、酷い……」

 堕魔というのはこの世界での侮蔑用語だ。

 人間未満の存在であり、権利など全て認めざるものとして評するときに使う言葉であり、口にするのもおぞましいほど強い差別用語だった。

「妖精族は神によって地に堕とされた存在と一部で信じられていたせいで忌み嫌う人もいたから、そういう中傷には慣れているはずだった。だが、俺は母を亡くしたばかりで魔力が制御できなくて、魔力暴走をしてしまった。そのせいでその絡んできたクラスメートを半身不随にし、父もそのことで酷くバッシングを受けた」

 ギュッとアイザックの手を握る力が籠る。

 当時のつらいことを思い出したのだろう。

 私はそっとその手を握り返すと、アイザックが再び口を開いた。

「エディは相手が悪いのだから気にするなと言った。父も仕掛けたのは相手なのだから、お前が気にすることではないと俺を責めなかった。だが、生前の母の言葉をちゃんと守れなかった俺は自分を責めた」
「アイザック……」
「それからずっと引きこもっていた。俺の魔力は危ないものだと。決して使ってはいけないものだと。だから勉強も何もかも放棄して、ただひたすら無為に過ごした。だが、なぜかあるときNMAから俺に招待状が来たんだ。エディにそのことを話したら『これ以上逃げるな』と言われてな。エディにはわかっていたんだろうな、俺が辞退しようとしていたこと」
「さすが幼馴染ね」

 自分も身に覚えがあってつい共感してしまう。マリアンヌが私を導いてくれたように、エディオンもまたアイザックを導いたのだろう。
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