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5.5章【閑話休題】

メリッサ過去編

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「おぉ、メリッサは物覚えが早い」

教えてもらっている東洋の武術。護身術でもあり、上手く使いこなせば反撃することもできるという古武術だそうだ。

「いざというときは自分の身だけを守れ」
「え、でもじーちゃんは?」
「ワシは自分の身は自分で守れる。メリッサに心配されるほど柔じゃないわ」

カカカカ、と笑うじーちゃん。こうして自分の前で笑う人はじーちゃん以外見たことがなかった。

母だった人があたしを産んですぐに亡くなり、最初こそ母の身近にいた人達があたしを育てるために奮闘したらしいが、次々に帝国へと戻された。

最後まで残ってくれた侍女はどうにかあたしがそれなりに成長するまで留まるように尽力したらしいが、さすがに侍女が抗うにも限度があり、泣く泣く自国へと戻ったらしい。

その後はもう、毎日が地獄だった。

あの、言葉にするのもおぞましいあの城にいたときは、存在すら認められずに家畜のように扱われていた。いや、家畜以下だっただろうか。

物心ついたときには食事は盗まねば食べることはできなかったし、寝るのも隠れてでないと「不潔」「不幸がうつる」「穢れ」だと罵られた。

だからあっちに行けと追い出されてしまうこともしばしばあったし、その辺に捨てられるようにほっぽり出されることもあった。

そのまま意識を失いかけて、毒虫に刺されたり野犬に脚を齧られることもあり、夜は身の安全を確保するために常に気を張って行動し、あまり寝れる日はなかったように思う。

もういっそ母と同じように死んだほうがいいんじゃないか、生まれてこなかった方がよかったのではないかとさえ思うほど毎日が修羅場であたしは人生に疲弊していた。

けれど死ぬに死にきれず、気づいたときにはじーちゃんに引き取られていた。

その当時の記憶はあまりないが、多分きっとあたしは殺されかけたことは間違いないだろう。

「懐かしいのう」
「何が?」
「かつて、メリッサと同じくらいの娘を面倒見たことがあってな。今はもうだいぶ大きくなっているが、その娘も姫だというのにお転婆で、わしに弟子入りしようとしてな」
「でしいり?」

でしいり、という言葉がわからずオウム返しすると、じーちゃんはあたしのわかりやすく伝えるためか、少しだけ会話が止まった。

「……色々な技が知りたいと。気功術や武術などをな。女がやるもんではないと言ったが、あの娘も頑なでのう。教えてもらうまで離れない、とずっとくっつきトイレにまでついて来ようとしたからなぁ」
「それは……凄い姫ね」
「そうじゃろう?どことなくメリッサにも似ている部分があるが、あの子もメリッサも芯が強い。それは大きな武器になる」
「武器……」

(あたしの武器……)

何もないと思っていたけれど、褒めてもらえる部分があると思うと嬉しく思う。

いらない子、不幸をもたらす子、厄災、穢れ、と罵詈雑言を常に浴びてきたあたしにとって、じーちゃんの言葉はどれも救われるものだった。

「じーちゃん」
「ん?」
「その姫って今、何をしているの?」

純粋な疑問だった。そのお転婆な少女は現在はどのような姿かと。自分に似ていると言われた姫は一体どんな人生を歩んでいるのかと。

けれど、じーちゃんは突然口ごもり、何も言葉を発しない。何か悪いことを言ってしまっただろうか、と不安になるが、じーちゃんはあたしの瞳をじっと見たあとに頭を優しく撫でてくれた。

「あの子……ステラは……強い子だ。だからきっとどこかで元気に生きていると思う」

はっきりと断言しないじーちゃんの様子を見て、これ以上聞いてはいけないような気がして「そうなんだ」とぽつりと呟くように吐き出した。

「さて、もう少し鍛錬をしたら今日は久々に肉でも食べようか」
「肉!楽しみ!」
「そうじゃろう。メリッサもまだまだ育ち盛りじゃ、しっかり食わぬと大きくなれないからのう」

そう言って笑うと髪を乱される。

(なんか、生きてて、じーちゃんとこうして暮らせてよかった)

あのときに諦めずに生きててよかった、とふとそう思いながら、再び鍛錬を励むのであった。
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