271 / 437
4章【外交編・サハリ国】
70 吐露
しおりを挟む
ブランシェの私室に着くなり、プライベートルームに案内される。初めて通されたそこは国王の部屋にしてはやけに狭く、簡素だった。
適当に座ってくれ、と促されて椅子に腰掛ける。私が座ると、満足したように自分も椅子に座るのだった。
「情けないところを見せてしまったな」
「別に、今更でしょう?」
「まぁ、キミには……そうかもな」
ほぼイジメに近い、いやイジメていた本人が言うことではないだろうが、当時はしょっちゅう彼が泣き言を言っていたのを思い出す。
それでも、彼は最初こそ陛下や王妃に言いつけるぞ!と言うのが切り札だったが、それもいつのまにか変わっていて、後半では自分なりに頑張ることが多かった気がする。
「……恐いんだ、両親が」
不意にぽつりと吐露した言葉。それは小さな呟きだったが、酷く重たいものだった。彼の恐怖が発露したことを表すには十分な重さだった。
「正直、対面しただけで恐い。言葉を交わすだけで、震えて立ち竦んでしまうくらい。何かされたかと言われたら、表立って何かされたわけではない。けれど、なぜか恐いんだ……」
「ブランシェ……」
肉親に恐怖を抱く。それは私には未知のことだった。両親に愛情を求め、姉と比較し、不満を持っていたことは事実だ。だが、かと言って恐怖を抱いたことなど一度もなかった。
それは恐らく、私の認識とは裏腹に、両親との関係が良好だったからに違いない。
私は姉に比べてかまってもらえなかった、と卑屈になってはいたものの、このように恐怖の感情を抱かなかったのは両親が愛情をかけてくれたからだ。
親とは、無償の愛情を与えてくれる人。その関係が脆くも崩れ去ってしまったとき、子はどうすればよいのだろうか。どうするのが正しいのだろうか。
(ブランシェは親ではなく、国を、国民を選んだから……)
少なからず私が原因ではある。求められるがまま、好き勝手に言いたいことを言ったから。自分が思うがまま、国のためにと信じて容赦なく口にしたから。
幼さゆえの無知。空気も読まず、読めず、自分が姉のためになるならと勝手気ままな振る舞いをしていたせいである。
もしブランシェが、私の言葉に影響を受けないで、ただ変わらず前国王夫妻が望むままの子供であったのなら、このようなことにはなってなかっただろう。
選択は時に残酷だ。子としては親を選ぶのが正しかったのかもしれない。それが世間でいう間違いだったとしても、彼の人生では正解だったかもしれない。
だが、ブランシェは王子であり、時期国王でもあるがゆえに、別の選択肢があることを知ってしまった。
知らねば、その選択肢はなかったかもしれないが、彼は気付いてしまった。私によって気付かされてしまった。
王としての選択。
ぬるま湯に浸かって民を疲弊させて自分達だけが幸せになることもできたのに、ブランシェはその選択ではなく、民を愛し、導くことに決めたのだ。
そして彼は愚王ではなく、賢王になる道を選んだ。……例え、それが両親の袂をわかつとも。
「恐いのは当たり前よ」
ブランシェの手を握る。私にもこの選択の責任はある。だからこそ、私は彼の選んだ道を応援しなければならなかった。
「親から憎まれたり恨まれたりするのが平気な人がいないわけないじゃない。でも、貴方は前国王夫妻の子でもあるけど、サハリ国の王としてたくさんの民という貴方の子達を導かねばならない」
「民という子達……?」
「えぇ。この国の民は貴方という王に従う他ないでしょう?王は国民のため、国民は王のため、それぞれお互いを支えなければならない。であれば、王は常に民の模範としてあらねばならないでしょう?」
ぼんやりと私を見ながらオウム返しをするブランシェ。その姿はとても弱々しかった。
「親が間違えたなら、子が正す。国だって、王が間違えたことをすれば謀反を起こされる。それは当然のこと」
「子が正す……か」
「えぇ、だから自信を持ってちょうだい。私から見て、この国はいい国よ。以前に比べてずっとね。みんなの顔も以前に比べてイキイキとしてるもの。そして、みんながみんな、国王である貴方を慕ってる」
これは紛れもない事実だった。侍女も兵士も誰も彼も、国王であるブランシェのことを尊敬し、また心配をしていた。彼がよりよい幸せを手に入れられるように誰もが慮っていた。
「いい国に、見えるか?」
「えぇ。とても」
お世辞でも何でもない、それは私の本心だった。
ゆっくりと深呼吸をするブランシェ。その瞳には先程とは違って光が灯っていた。
「ステラ!」
「え?ちょ……っ!何!?きゃあ……っ!!」
ぐわっと力強く抱きしめられる。不意打ちで、思い切り彼の肩口に額を打って、軽く星が飛んだ。
「痛い!」
「はは、悪い悪い」
「悪いと思ってないでしょ」
いつもの調子に戻って、安堵する。やはり、今ではこのブランシェのほうがしっくりくる。
「やはりステラはいい女だな」
「まぁ、そこは否定しないわ」
にこっと笑うとブランシェに笑われる。それが何だか面白くて、私も一緒に笑い合うのだった。
適当に座ってくれ、と促されて椅子に腰掛ける。私が座ると、満足したように自分も椅子に座るのだった。
「情けないところを見せてしまったな」
「別に、今更でしょう?」
「まぁ、キミには……そうかもな」
ほぼイジメに近い、いやイジメていた本人が言うことではないだろうが、当時はしょっちゅう彼が泣き言を言っていたのを思い出す。
それでも、彼は最初こそ陛下や王妃に言いつけるぞ!と言うのが切り札だったが、それもいつのまにか変わっていて、後半では自分なりに頑張ることが多かった気がする。
「……恐いんだ、両親が」
不意にぽつりと吐露した言葉。それは小さな呟きだったが、酷く重たいものだった。彼の恐怖が発露したことを表すには十分な重さだった。
「正直、対面しただけで恐い。言葉を交わすだけで、震えて立ち竦んでしまうくらい。何かされたかと言われたら、表立って何かされたわけではない。けれど、なぜか恐いんだ……」
「ブランシェ……」
肉親に恐怖を抱く。それは私には未知のことだった。両親に愛情を求め、姉と比較し、不満を持っていたことは事実だ。だが、かと言って恐怖を抱いたことなど一度もなかった。
それは恐らく、私の認識とは裏腹に、両親との関係が良好だったからに違いない。
私は姉に比べてかまってもらえなかった、と卑屈になってはいたものの、このように恐怖の感情を抱かなかったのは両親が愛情をかけてくれたからだ。
親とは、無償の愛情を与えてくれる人。その関係が脆くも崩れ去ってしまったとき、子はどうすればよいのだろうか。どうするのが正しいのだろうか。
(ブランシェは親ではなく、国を、国民を選んだから……)
少なからず私が原因ではある。求められるがまま、好き勝手に言いたいことを言ったから。自分が思うがまま、国のためにと信じて容赦なく口にしたから。
幼さゆえの無知。空気も読まず、読めず、自分が姉のためになるならと勝手気ままな振る舞いをしていたせいである。
もしブランシェが、私の言葉に影響を受けないで、ただ変わらず前国王夫妻が望むままの子供であったのなら、このようなことにはなってなかっただろう。
選択は時に残酷だ。子としては親を選ぶのが正しかったのかもしれない。それが世間でいう間違いだったとしても、彼の人生では正解だったかもしれない。
だが、ブランシェは王子であり、時期国王でもあるがゆえに、別の選択肢があることを知ってしまった。
知らねば、その選択肢はなかったかもしれないが、彼は気付いてしまった。私によって気付かされてしまった。
王としての選択。
ぬるま湯に浸かって民を疲弊させて自分達だけが幸せになることもできたのに、ブランシェはその選択ではなく、民を愛し、導くことに決めたのだ。
そして彼は愚王ではなく、賢王になる道を選んだ。……例え、それが両親の袂をわかつとも。
「恐いのは当たり前よ」
ブランシェの手を握る。私にもこの選択の責任はある。だからこそ、私は彼の選んだ道を応援しなければならなかった。
「親から憎まれたり恨まれたりするのが平気な人がいないわけないじゃない。でも、貴方は前国王夫妻の子でもあるけど、サハリ国の王としてたくさんの民という貴方の子達を導かねばならない」
「民という子達……?」
「えぇ。この国の民は貴方という王に従う他ないでしょう?王は国民のため、国民は王のため、それぞれお互いを支えなければならない。であれば、王は常に民の模範としてあらねばならないでしょう?」
ぼんやりと私を見ながらオウム返しをするブランシェ。その姿はとても弱々しかった。
「親が間違えたなら、子が正す。国だって、王が間違えたことをすれば謀反を起こされる。それは当然のこと」
「子が正す……か」
「えぇ、だから自信を持ってちょうだい。私から見て、この国はいい国よ。以前に比べてずっとね。みんなの顔も以前に比べてイキイキとしてるもの。そして、みんながみんな、国王である貴方を慕ってる」
これは紛れもない事実だった。侍女も兵士も誰も彼も、国王であるブランシェのことを尊敬し、また心配をしていた。彼がよりよい幸せを手に入れられるように誰もが慮っていた。
「いい国に、見えるか?」
「えぇ。とても」
お世辞でも何でもない、それは私の本心だった。
ゆっくりと深呼吸をするブランシェ。その瞳には先程とは違って光が灯っていた。
「ステラ!」
「え?ちょ……っ!何!?きゃあ……っ!!」
ぐわっと力強く抱きしめられる。不意打ちで、思い切り彼の肩口に額を打って、軽く星が飛んだ。
「痛い!」
「はは、悪い悪い」
「悪いと思ってないでしょ」
いつもの調子に戻って、安堵する。やはり、今ではこのブランシェのほうがしっくりくる。
「やはりステラはいい女だな」
「まぁ、そこは否定しないわ」
にこっと笑うとブランシェに笑われる。それが何だか面白くて、私も一緒に笑い合うのだった。
0
お気に入りに追加
1,922
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました
海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」
「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」
「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」
貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・?
何故、私を愛するふりをするのですか?
[登場人物]
セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。
×
ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。
リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。
アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
英雄の平凡な妻
矢野りと
恋愛
キャサリンは伯爵であるエドワードと結婚し、子供にも恵まれ仲睦まじく暮らしていた。その生活はおとぎ話の主人公みたいではないが、平凡で幸せに溢れた毎日であった。だがある日エドワードが『英雄』になってしまったことで事態は一変し二人は周りに翻弄されていく…。
※設定はゆるいです。
※作者の他作品『立派な王太子妃』の話も出ていますが、読まなくても大丈夫です。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる