上 下
229 / 437
4章【外交編・サハリ国】

28 懐炉

しおりを挟む
「随分と時間がかかりましたのね。……あら、顔がいささか赤いようですが、お風邪でも召しましたの?」
「いえ、ちょっと急いで来たのでそのせいかと」
「?」

実際に走ってきたのは事実だが、未だにクエリーシェルの行いによって羞恥が抜けきれないなどとは、口が裂けても言えなかった。

もし言ったら、彼に恋煩こいわずらいをしている彼女に何されるか分かったものではない。下手に刺激することは悪手だとわかっているので、あえてその辺は隠しておく。

「お加減は?」
「見てわかりません?先程よりも痛んでおりますわ……っ」

確かに刺々しい言葉とは裏腹に、声はいつもの勢いの3割減な気がする。うずくまって布団からぴょこりと顔を出しているのを見ると、どうやら結構つらいらしい。

「でしたら、これを」
「……何ですの、これ」

差し出した包みを、不審気な表情でまじまじと見るマーラ。基本的に年中暖かい気候のカジェ国では目にすることはなかったかもしれない。

温石おんじゃくです」
「オンジャク……?聞いたことありませんわ」
「こうして温めた石を布で巻いて懐炉かいろにするのです。ほら、触ってみてください」

彼女の前に懐炉を差し出すが、未だに眉を顰めたままだ。

「や、火傷とかしないでしょうね?」
「疑り深いですね。誰かとは違って、そこまで性格悪くはありませんよ」
「わ、ワタクシだってそこまで性格悪くはありませんわ!」

(ある程度、性格悪い自覚はあったのね)

そんな心中などおくびにも出さずに、とりあえず触れるように彼女の目の前に懐炉を出す。するとおずおずといった様子で布団の中からゆっくりと手が伸びてきて、指先が懐炉に触れた。

「どうです?温かいでしょう?」
「そうね、温かいですわね」
「これを腹部や腰に巻くのです。生理は冷えが大敵ですから。痛みは腹部であれば腹部に巻いてください」

彼女の手に懐炉を乗せると、もぞもぞと布団が動き出し、ごそごそと布団の中で腹部に懐炉を巻きつけ始める。モノグサというかなんというか、ある意味器用だな……とその様子を見守る。

「冷えたらまた温め直しますので、おっしゃってください」
「わかりましたわ」
「そういえば、干し肉いかがでしたか?」

てっきりどっかに放っておいたと思いきや、近くで見当たらないと思って尋ねると、急に顔を赤らめ始めるマーラ。先程から顔芸か、というくらい表情がよく動く。

「……も……き、ましたわ」
「ん?」
「もう、いただきましたわ!」
「それは良かった。どうです?悪くはなかったでしょう?」
「ま、まぁ、そうですわね!思いのほか悪くはなかったこともないですわよ」

もはや言い回しが複雑すぎて何が言いたいかわからなくはなっているが、どうやら美味しかったらしい。本当につくづく素直でないというか、捻くれている。

(こういうのって天邪鬼、というんだっけ?)

どこかの国の昔話を思い出しながら、マーラを見る。まだすぐに痛みが引いたわけではなさそうだが、多少は干し肉のおかげか顔色が良くなっている気もした。

「では、とりあえず懐炉が温まっているうちにお休みください」
「ステラはどこか行かれますの?」
「いいえ。今日だけはお側におりますよ」
「そ、そうなのね。別に1人……いえ、ステラがどうして……いえ、ま、まぁ、ここにいらっしゃるというのなら、それでも構いませんことよ?」

下手なことを言ってしまわないように、との葛藤がうかがえて、口元が緩む。捻くれているのは事実だが、性根が腐っているわけではないことは理解できた。

(これはもう本人の性格でしょうね)

生きづらいだろうな、と思うが、これが彼女なりの処世術だったのかもしれない。

「はいはい。いいから早く寝て体調をお戻しくださいな。日程ではあと2日。そろそろサハリ国に到着する予定ですから」
「そうですか。わかりましたわ。……お、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

トントン、と軽く布団の上からテンポよく叩く。

そういえば母から寝付く前にこのようにされてたな、と思いながら無意識にしてたのだが、そのおかげかマーラはちょっとホッとした表情をしたあと、ゆっくりと眠りについていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生不憫令嬢は自重しない~愛を知らない令嬢の異世界生活

リョンコ
恋愛
シュタイザー侯爵家の長女『ストロベリー・ディ・シュタイザー』の人生は幼少期から波乱万丈であった。 銀髪&碧眼色の父、金髪&翠眼色の母、両親の色彩を受け継いだ、金髪&碧眼色の実兄。 そんな侯爵家に産まれた待望の長女は、ミルキーピンクの髪の毛にパープルゴールドの眼。 両親どちらにもない色彩だった為、母は不貞を疑われるのを恐れ、産まれたばかりの娘を敷地内の旧侯爵邸へ隔離し、下働きメイドの娘(ハニーブロンドヘア&ヘーゼルアイ)を実娘として育てる事にした。 一方、本当の実娘『ストロベリー』は、産まれたばかりなのに泣きもせず、暴れたりもせず、無表情で一点を見詰めたまま微動だにしなかった……。 そんな赤ん坊の胸中は(クッソババアだな。あれが実母とかやばくね?パパンは何処よ?家庭を顧みないダメ親父か?ヘイゴッド、転生先が悪魔の住処ってこれ如何に?私に恨みでもあるんですか!?)だった。 そして泣きもせず、暴れたりもせず、ずっと無表情だった『ストロベリー』の第一声は、「おぎゃー」でも「うにゃー」でもなく、「くっそはりゃへった……」だった。 その声は、空が茜色に染まってきた頃に薄暗い部屋の中で静かに木霊した……。 ※この小説は剣と魔法の世界&乙女ゲームを模した世界なので、バトル有り恋愛有りのファンタジー小説になります。 ※ギリギリR15を攻めます。 ※残酷描写有りなので苦手な方は注意して下さい。 ※主人公は気が強く喧嘩っ早いし口が悪いです。 ※色々な加護持ちだけど、平凡なチートです。 ※他転生者も登場します。 ※毎日1話ずつ更新する予定です。ゆるゆると進みます。 皆様のお気に入り登録やエールをお待ちしております。 ※なろう小説でも掲載しています☆

転生幼女の愛され公爵令嬢

meimei
恋愛
地球日本国2005年生まれの女子高生だったはずの咲良(サクラ)は目が覚めたら3歳幼女だった。どうやら昨日転んで頭をぶつけて一気に 前世を思い出したらしい…。 愛されチートと加護、神獣 逆ハーレムと願望をすべて詰め込んだ作品に… (*ノω・*)テヘ なにぶん初めての素人作品なのでゆるーく読んで頂けたらありがたいです! 幼女からスタートなので逆ハーレムは先がながいです… 一応R15指定にしました(;・∀・) 注意: これは作者の妄想により書かれた すべてフィクションのお話です! 物や人、動物、植物、全てが妄想による産物なので宜しくお願いしますm(_ _)m また誤字脱字もゆるく流して頂けるとありがたいですm(_ _)m エール&いいね♡ありがとうございます!! とても嬉しく励みになります!! 投票ありがとうございました!!(*^^*)

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

無慈悲な悪魔の騎士団長に迫られて困ってます!〜下っ端騎士団員(男爵令嬢)クビの危機!〜

楠ノ木雫
恋愛
 朝目が覚めたら、自分の隣に知らない男が寝ていた。  テレシアは、男爵令嬢でありつつも騎士団員の道を選び日々精進していた。ある日先輩方と城下町でお酒を飲みべろんべろんになって帰ってきた次の日、ベッドに一糸まとわぬ姿の自分と知らない男性が横たわっていた。朝の鍛錬の時間が迫っていたため眠っていた男性を放置して鍛錬場に向かったのだが、ちらりと見えた男性の服の一枚。それ、もしかして超エリート騎士団である近衛騎士団の制服……!? ※他の投稿サイトにも掲載しています。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

【悲報】最弱ジョブ「弓使い」の俺、ダンジョン攻略中にSランク迷惑パーティーに絡まれる。~配信中に最弱の俺が最強をボコしたらバズりまくった件~

果 一
ファンタジー
 《第17回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を賜りました》 俺こと、息吹翔の通う学校には、Sランクパーティーのメンバーがいる。名前は木山豪気。ハイレベルな強さを持つ“剣士”であり、世間的にも有名である――ただし悪い意味で。  人を見下し、学校のアイドルを盗撮し、さらには平気で他のダンジョン冒険者を襲う、最低最悪の人間だった。しかも俺が最弱ジョブと言われる「弓使い(アーチャー)」だとわかるや否や、ガムを吐き捨てバカにしてくる始末。 「こいつとは二度と関わりたくないな」  そう思った矢先、ダンジョン攻略中に豪気が所属するSランクパーティーと遭遇してしまい、問答無用で攻撃を受けて――  しかし、豪気達は知らない。俺が弓捌きを極め、SSランクまで到達しているということを。  そして、俺も知らない。豪気達との戦いの様子が全国配信されていて、バズリまくってしまうということを。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。 ※本作はカクヨム・小説家になろうでも公開しています。両サイトでのタイトルは『【悲報】最弱ジョブ「弓使い」の俺、ダンジョン攻略中にSランク迷惑パーティーに絡まれる。~全国配信されていることに気付かず全員返り討ちにしたら、バズリまくって大変なことになったんだが!?~』となります。

処理中です...