上 下
219 / 437
4章【外交編・サハリ国】

18 ワガママ娘

しおりを挟む
服を着替えさせ終えて、今度は髪に取り掛かる。水を一旦入れ替えてから、彼女をベッドに横倒させると、移動させた机の上に置いた桶に髪を浸した。

そしてチャプチャプと、水中で髪が傷まないように注意を払いながら、綺麗に何度も塗られたであろう香油を洗い流していく。

「アーシャ様って普段どんな感じなの?」

さすがにずっとされるがままなのは飽きてきたのか、不意に話しかけられる。しかも内容がアーシャのことで、多少逡巡しつつも下手に嘘をついても仕方がないと思い、率直な意見を口にすることにした。

「え?意地が悪くて、性格が捻くれていて、やたらとお節介焼きで……」
「それ、アーシャ様のイメージと全然違うんだけど……嘘ばっかりつかないでくださる?」

私は自分が思った通りのことを言ったつもりだが、やはり普段のアーシャは猫を被っているらしい。

「ちなみに、マーラ様のアーシャのイメージはどんなです?」
「それは……!常に美しく優しくて慈愛に満ちていて、まさに女神のような方ですわ!!」
「はぁ、そうですか……」
「聞いておいて、その反応はどうなんですの!?」

反応が面白い、というのもあるが、つい粗雑な反応をしてしまう。まぁ、まだそれは自分が心を許していない証拠であるのだが。

だが、こうしてよく彼女を観察してみると、気位は高いものの案外話はわかるようだし、素直な部分もある。それにお喋り好きなようだった。

(そういえば、アーシャがマーラは遠巻きにされてたと言ってたっけ)

この様子から察するに、きっと普段彼女は身内以外の人間との付き合いをほとんどしたことがないのだろうと想像できた。

常に一緒にいるのは身内のみ。しかも甘やかしてくれるのみの存在ならば、身内以外の人とどのように接したらいいかの経験値が恐らく相当低いのではないだろうか。

この様子だと友人もいなかっただろうし、1人っ子のようだから、近しい年齢の人と話すことも一緒に過ごすこともほとんどなかったのだろう。

(そういう意味では、私は姉様もいたし、アーシャもいた)

その境遇は恵まれていたのかもしれない。私も彼女のような環境で育ったら、きっと今の私はいないだろう。

(私が正しいとは思わない。けど、彼女の境遇はあまりいいものではないのだろうか)

特筆していい子ではないとは思うが、悪い人でもなさそうだと思う。無駄なプライドの肥大は恐らく環境のせいだろうし、こうして分別なく相手の気持ちを慮れない性格なのはきっと育て方から来ているのだろう。

(人間、環境って大事ね)

生かすも殺すも人次第。だったら、せっかくの機会だし、この旅で少しでも彼女が変われる機会があればいいなとも思う。まぁ、とはいえすぐに歩み寄れるものでもないが。

「そういえば、随分と食糧盗んで行かれましたね。あれ、次の国へ行くまでの食糧でしたから、マーラ様には食事制限させていただきますよ。あと盗んだ分の働きはしていただきます」
「はぁ!?あ、あれは元々カジェ国のものでしょう?ならワタクシが食べる権利だって……!」
「ですから、貴女は密航者ですからね。その辺は弁えていただかなくては困ります」

ぐぬぬ、とはなっているものの言い返せないようで、急に大人しくなる。その間に一通り髪を水で洗い流し、タオルで水分を取る。

一応絡まってしまっては大変だと丁寧に何度も梳いてから香油を塗ると、本人もちょっと気持ちが和らいだのか、多少ホッとした表情をするのだった。

「あぁ、そうそう。香油を塗るのは結構ですが、あまり混ぜると臭くなるだけですからお気をつけ下さいね」
「臭っ!?ステラ、貴女今、臭いって言った!??」

マーラが目をひん剥いてこちらに食ってかかってくるが、実際に臭いのだから仕方ない。

「言いましたけど?そもそも系統が違うもの混ぜたらどうなるかくらいわかるでしょうに。量も加減しないと鼻がバカになりますよ」
「ば、ば、バカですって!!??」

相変わらずオーバーリアクションだが、自分でもズケズケと物申してる自覚はある。というのも、彼女はきっとはっきりと言わないとわからない性格であろうことが予想されるからだ。

「鼻がバカになったら嫌でしょう?鼻が効かなくなったら、食事も美味しくいただけませんよ?」
「な!……っぅぐ。そ、そもそもこの船自体臭いのがいけないのだわ!」
「それは船ですから、ある程度は仕方ありません。何なら今すぐ降ります?」
「!本当に意地が悪いわね!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

処理中です...