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3章【外交編・カジェ国】

54 ぷんぷん

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「……っ、リーシェ!もう少し、優しくだな……っ!」
「国軍総司令官殿が何を言ってるんですか」
「……怒ってるだろう」
「別にー?」

つーん、とそっぽを向きつつ、クエリーシェルの腕や脚など、演習場で所々できた痣や切り傷を消毒して包帯を巻いていく。

さすがに慣れない武器で戦ったせいか、普段よりも傷だらけのようで、見るだけで痛々しかった。

(だからと言って、簡単には許さないけど)

憤っているのは事実である。もちろん理由はヒューベルトのことだ。

無駄に私のことを守るように、私がいなければこの旅路は意味をなさない、強いてはコルジールのためにも~、と相当煽ってくれたようだ。

(確かに私がいなかったら困るのは事実だろうけど、何もそこまで仰々しくしなくても)

主従は大事ではあるが、別に今の私はヒューベルトの主人ではない。だから、必要以上にそう畏まられても困るだけなのである。

(それなのに、この人ったら……)

ということで、今絶賛ぷんすか中なのである。

「私が悪かった。って先程から言ってるだろう?ちょっと、大袈裟に言ってしまったかもしれないが、何よりもリーシェを想ってだな……」
「そんなこと望んでません。私のために死ぬとか、許しませんよ」
「いや、万が一そういう状況になったら……!」
「許しません!」

我ながら子供っぽいとは思うが、実際に自分を守って死にましたなど、美談でも何でもない。私は国も家族も持たない身、正直失うものはほぼ何もないと言っても過言ではない。

クエリーシェルやヒューベルト、コルジールの人とは訳が違うのだ。

(私は元々死んだ身。彼らとは違う)

そういう部分はどうしても譲れない。姉は私の未来が見えたと言っていた。アーシャにも姉が言っていたから大丈夫だと言ったが、正直バレス皇帝の慰みモノにでもなるくらいなら自害するくらいの心持ちはある。

(だから、私の身近な人が死ぬくらいなら私が死んだ方がマシ)

生きていけるならばそれに越したことはない。正直、生きることに未練がないわけではない。だが、死ぬのが最善であれば私はそれを尽くす。

そこはクエリーシェルとは相容れない部分である。

(絶対に言わないけど)

彼ならきっと、身を賭してまで私を守ろうとしてくれるだろう。だが、私はそれを望まない。救える命は多い方がいい。だから、私の命がいくつもの命と代替できるのであれば、喜んで差し出す覚悟はある。

(そこが、王と民との違いだ)

「リーシェ」
「んぶ……っ!」

頬を掴まれ、無理矢理クエリーシェルの方を向かせられる。その瞳はどこか優しかった。

「やっと見た」
「さっきから見てます」
「傷口を、だろう?私もまだまだだな。鍛えが足りん」
「そうですよ。もっともっと強くならないと、死にますよ?」
「それは困るな」

何やら愉快そうなクエリーシェルがムカつく。最近はちょっと余裕が出てきたのか、私の方が振り回されてばかりだ。

「リーシェを守れないのは困る」
「私は自分の身は自分で守れます」
「またそのようなことを……」

実際、知らない相手ならどうとでもなる。知っている相手でも情がない相手ならどうにかなる。知っていて、なおかつ情がある相手なら……。

(もしクエリーシェルが敵に回ったら、私は討てるだろうか)

「何を考えてる?」
「いえ、別に」

聞かれて、思考が止まる。彼を見ながら適当にあしらうと、そのまま抱き締められた。

「リーシェは難しいことを考えすぎるきらいがあるからな」
「そういう性分ですので」
「難儀だな」
「まぁ、そうですね。……ん、ふ……っ」

ちゅっちゅっと何度も口付けられて、思考が鈍ってくる。

(余計なことばかり考えないで、とにかくできることを考えないと)

カジェ国ともそろそろお別れである。アーシャとも。

(約束破ったら、死んでも殺されそう)

「ん、は……っ、ちょ……!っんむ……っ」

だんだんと深くなる口付けに抵抗するも、息が苦しくなるほど何度も角度を変えて求められる。大きな手が後頭部に回り、どうにも抜け出すにも抜け出せない状況だった。

(こうなったら……)

「痛っっっっっっっっっったぁぁぁぁ!!!!」

思いきり、出来たばかりの傷口を押さえつけ、痛がっている間に彼から離れる。

「調子に乗りすぎです!」

涙目の彼と視線が合うと、私は思いきりあかんべをして浴室へと逃げ込むのだった。
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