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3章【外交編・カジェ国】

45 王妃の本音

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なんだかんだと話が脱線することが多く、一旦今日の会談はここまで、と区切られ、また翌日に持ち越された。明日は航海ルートや物資補給についてを説明をしてくれるらしい。

「ちょっと待ちなさい」

アーシャとアジャ国王と別れ、ヒューベルトも王宮内の近場の別室を与えられたので、それぞれの部屋に戻ろうとしたときだった。

アーシャに呼び止められて、ここに留まるように言われる。

「何?」
「いいから。そうね、女子会しましょうよ、女子会」
「えー……じょしかいー?……うぷっ……っ」

私がわざとらしく、オウム返しをすれば「この減らず口」と頬を押さえられて唇を前に突き出すような顔をさせられる。

「ふふふ、ブサイクな顔だこと……」
「誰のせいだと……!!」

手を払いのけるが、そのまま腕を拘束されてズルズルと彼女の私室に引きづられていく。このやりとりは一体何度目だと思いながら、呆然とする男達に見送られながら、連行されるのだった。

「で、何の話よ」
「まぁまぁ、せっかちね、もう。なんだかんだで、もうすぐまたこの国を出ていくでしょ?それまでに話しておきたいことがあるのよ」

事前に頼んでおいたのか、侍女達がもの凄い手際の良さで軽食を用意してくれる。

東洋のお茶だろうか、見たことない容器にたっぷりとお湯を注がれると、ふわっといい香りが溢れると共に、容器の中でただの塊だった物体が花開いて、目が奪われる。

「何これ、すごい!」
「ふふ、知らなかったでしょう?工芸茶というものよ。まだ試作品のようだけど、結構いい出来でしょう?」
「素敵ね、流行りそう!」
「えぇ、流行らせるのよ」

こういうものを見つける観察眼は相変わらずだなぁ、と思いながら、注がれるお茶を眺める。いい色合いで、香りもいい。促されて口に含めば、ほんのりと甘さが感じられてとても美味しかった。

「美味しい……!」
「実はこれ、自白剤が入っているのよ」
「っごほ、ぐへっ……っ!ちょ、本当!?」
「……冗談よ。まぁ、洗いざらい話して欲しいのは本当だけど」

ふふふ、ととても楽しそうに笑うアーシャをジト目で睨む。よくもまぁ、ここまで人をからかえるな、と内心憤慨しながらも、引っ掛かる自分も情けなくて、あえて何も言わなかった。

「……ちょっとは落ち着いた?」
「何が?」
「色々話したから、戸惑ってるかと思って」
「あ、うん……そうね。確かに、それは、そうね……」

まさかアーシャに心配されてるとは思わなくて、ちょっとびっくりする。いつの間にか侍女達はいなくなり、部屋には私達だけしかいなかった。

「本音を話しておこうと思って」
「本音……?」

急に落ち着いたトーンで話し始めるアーシャに、自然と背筋が伸びる。ゆっくりとグラスを置くと、彼女の言葉に耳を傾けた。

「私はステラにこのまま旅を続けて欲しくない」

一瞬時が止まったかのような錯覚に陥る。

「え」

そんなことを言われると思わなくて、ただ口から溢れたのは何とも間抜けな言葉だった。理解するための処理能力が働かずに、ジッとアーシャを見てしまう。

「……私は、ステラに死んで欲しくないのよ」

畳み掛けるように言われた言葉は、少しだけ揺れていた。初めて見るアーシャの涙に思わず戸惑う。幼馴染として、もうかれこれ17年間の付き合いだが、こんな弱々しいアーシャを見るのは初めてだった。

「アーシャ……?」
「貴女は、何のために旅を続けるの?誰のために戦うの?どうして、こんな、危険な……っ!」

ぼたぼたと大粒の涙が落ちていく。そこにはカジェ国の王妃ではなく、ただのアーシャという幼馴染がいた。

「私は、ステラが生きていてくれて、とても嬉しかったのよ!私の1番の理解者はマーシャルとステラだけなんだから……!」

詰るような言葉に、一瞬息が止まる。アーシャの心からの叫びに、少しだけたじろぐ。

(アーシャ……)

「そうね、そうだったわね。ごめんなさい、ずっと伝えられなくて。言う方法すらなかった、って言うのが正しくはあるけど」

実際に、私が生きていることを知らせる手段など持ち合わせてはいなかった。そもそもこうして今ここに居られるのは、運良くクエリーシェルに拾ってもらったおかげだ。

アーシャはある意味孤独だった。両親は王家の正当後継者の血筋ゆえか、彼女を突き放して手厳しく教育していた。そのため、度々アーシャが愚痴っていたことを思い出す。

私達姉妹にしか見せない顔。それはきっと、両親だけでなく夫のアジャ国王にすら出せなかったものでもあるのだろう。

(ずっと気丈に振舞ってくれてたのね)

うっかり自分ももらい泣きしそうになって、つんと鼻の奥が痛むのを感じながら、すぅと鼻から一気に息を吸い込む。そしてゆっくりと息を吐き出すと、段々と気持ちが落ち着いてきた。

「さっきの答えだけど、……私は私のために戦うの。コルジールのため、ペンテレアのため、世界のためって大見得を切ってはいるけど、私は私の居場所をくれたクエリーシェルがいるコルジールを助けたい、そしてそのために、この世界を救いたいと思ってる。自分のワガママのために、私は戦うのよ」
「それで、ステラが死んだらどうするの?」
「私は死なないわ」

自信満々に言い放てば、険しい顔のアーシャがこちらを見ている。

「言っておくけど、ただの根拠のない自信とは違うわよ?私は姉様のお墨付きをもらってるんだから!」
「……マーシャルの?」
「えぇ、どんなものでも見通せる千里眼の持ち主である姉から、私が今よりももっと大人になった姿で、笑っているところが見えたと、ね」

嘘ではない。だから自信を持って言えた。私は死なない。絶対に死なない、と。

「何よ、それ。信じなきゃいけないじゃない」
「えぇ、姉様の千里眼は絶対なのだから」

ふふ、と私が笑えば、アーシャも私の様子に同調したのか口元を緩める。

「あぁ、もう……!泣くつもりなんかなかったのに!ステラのせいだからね!」
「え、それ酷くない!?」

急にいつもの調子に戻って、余計に調子が狂う。だが、それが彼女なりにまだ気を張っているということに気づいて、アーシャの手をゆっくり握った。

「ありがとう、アーシャ。気持ちはとても嬉しいわ」
「ふん……っ、もうこういう時だけ……!」

ぐすぐすと泣きながらも、あまり化粧が取れてないのはさすがだと思いながら、アーシャは侍女を呼びつけると目元を温めるためにホットタオルを頼んだ。
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