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3章【外交編・カジェ国】

28 アナフィラキシー

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「(あとは私が処置致します。お手数をお掛けしまして申し訳ありませんでした。どうもありがとうございます)」

深々とお辞儀をすると、医師は自分の手から離れたことにホッとしたのか、多少安堵した表情で手を振った。

「(いえ、こちらこそ、どうもありがとうございます。何かあれば、すぐにまた呼んでください)」
「(はい。あぁ、侍女の方々には伝染病などではないことをお伝えください。あと、くれぐれもアレルギーのことはご内密にしていただければと)」
「(もちろん、守秘義務は守りますよ)」

医師を部屋から送り出すと、部屋の中は静寂そのものだった。ヒューベルトには白湯を飲ませたあと、私にできることは経過観察だけだ。

(これは、根気がいるなぁ)

アレルギーの防衛反応であるアナフィラキシーに関しては、現時点で特効薬はない。そもそも未知の病で、発症する事例が少ないため現在は研究もまだされていない。

私がアレルギーのことを知っているのも、たまたまマシュ族に牛乳アレルギーの子がいたからである。彼女は牛乳やチーズを食べると発疹が出て呼吸ができなくなってしまうということで、常に気を遣って生活していた。

万が一食べてしまった場合は要観察して、口をすすいだり、嘔吐させたり、白湯を飲ませたり、人工呼吸をしたりと、とにかく周りができることは経過観察しつつ、その時の症状によって対処するしか方法はなかった。

(そういえば、その子も顔を隠してたっけ)

その子もヒューベルト同様、アトピー性皮膚炎であった。彼女は顔に出るタイプだったから、同年代の子から敬遠されていたことを思い出す。

きっと彼も同じように敬遠されるがゆえに、頑なに隠していたのではないかと勝手な推測をする。

感染る病ではないものの、そういう知識がない者からしたら近づきたくないものなのだろう。

人は自分とは違うものを嫌う。そのため、そのように目につきやすい症状は、疎外する対象になったのだろう。

生理的嫌悪感というものほど酷いものはないだろうが、こればかりは人によって受け入れられる器が違う。

私は大丈夫だから貴方も受け入れろ、など強要することはできないこともわかっている。そして、反対に私が苦手だから近寄るな、というのもまた然りではある。

だが、同調圧力というものは恐ろしいもので、ヒエラルキーの高い者が言うと、途端にその観念が作用しなくなる。

特に嫌悪感というものは厄介なものだ。

自分という判断基準とは違ったものに対して気持ち悪い、一緒にいたくない、だってあいつは私とは違うから、と自己正当化してしまうキライがある。

それがどんどん膨らむことによって、いじめが起きたり、蔑んだりするような差別が生まれてきてしまうのだ。

(本人は何も悪くないのだけど、そういうことを説いたところで理解できない人はできないしね)

こういう問題は根深いので、とりあえず彼が起きてからそれなりのケアをしなければとは思った。

きっと私が見てしまったことで、ヒューベルトとしては複雑な気持ちであるだろう。

(まずは、ちゃんと目覚めるかどうかが正念場だけど)

確証はないが、アトピー性皮膚炎に場合はアレルギーを持つことが多いように思う。また人伝であるが、こういった症状は遺伝することが多いと聞く。

その子の母親も確か同様で、遺伝でアトピー性皮膚炎であったが、彼女の母親は酷いアレルギーで運悪く亡くなってしまった。

認知されていないからこそ避けるのが難しいのが難点だが、本人はある程度把握しているはずなので、どうしてここまで昏倒することになってしまったのかと推測するが、恐らく誤飲または誤食の可能性が高いように思う。

考えてみたら食事会ではあまり食事も進んでいなかったし、あれは食べられるものかどうか見極めていたのかもしれない。

言ってくれれば配慮できたのに、とも思うが、なるべくだったら言いたくなかったのだろう。

そういう気持ちもわかるので、そこは仕方ないと諦めるが、とにもかくにもあとはヒューベルトの気力と体力次第である。

起きたら説教するのは確定ではあるが。

(どうにか無事でいて……)

その晩は結局休むことができず、容態が悪化するたびに白湯を飲ませたり、嘔吐させたりした。また呼吸が止まってしまったときには、気道を確保したり人工呼吸をしたりと、寝ずの番が続いたのだった。
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