上 下
141 / 437
3章【外交編・カジェ国】

4 心配する男

しおりを挟む
「ん……っ、く、頭が……っ」

ガンガンと何かで殴られたような頭の痛みに思わず呻くと、「起きられました?まだ体調は万全ではないので、寝てていいですよ」とリーシェに起き上がろうとするのを制止された。

もう外は明るくなっている。赤道近くで日が長いとは聞いているが、直近の記憶では辺りが真っ暗だったというのに。

そもそも腕相撲の試合をして、リーシェが水を取りに部屋を出て行ったのまでは覚えているが、あのあと私はどうしたのか、と思い出そうにも思い出せない。

そもそも部屋にはいつ、どうやって戻ってきたのか。そして、リーシェの唇は誰かに奪われてはないのだろうか。

「リーシェ……」

ジッと彼女の唇を見つめる。見たところでわかるはずもないのだが。それを不審な者でも見るように、リーシェが眉を顰める。

「何ですか?そんなにじっと見ないでください」
「いや、昨夜は、その、大丈夫だったか……?」

心配でそう口にする。長い旅路に女1人。しかも欲目だけでなく見た目も可愛く、知的でコミュニケーション能力も高いとくれば、機会さえあればとリーシェに手を出そうとする輩が多かった。

昨夜はそのフラストレーションが最高潮だったのもあるが、我ながら煽られてこれで牽制できるなら、とつい調子に乗ってしまった。

結果、途中で記憶をなくすというなんとも不名誉な状況になっていて、我ながら羞恥で死にたくなってくる。

「大丈夫でしたよ。ご心配をおかけしました。というか、私が敵討ちをしておきました」
「……敵討ち?」

物騒な話に訝しげな顔をすると、にっこりと満面の笑みで返される。それが何故だか、ちょっと恐ろしい。

「あとでお元気になってからで構わないので、甲板に出てください。そうすればわかりますよ」
「?」

よくはわからないが、とりあえず無事だと聞いてホッとする。だが、一体どういうことだと疑問は残る。

聞きたいが、あのような回りくどい表現をしたということは、リーシェは今のところ言うつもりがないということだろう。

とても気にはなるものの、やはり起き上がるのはとても億劫であった。心なしか身体も熱く、発熱しているような気もする。

普段風邪をひかないぶん、このように発熱するときは大体つらい。身体は重く感じるし、節々は痛くなるし、普段元気なぶんの反動を受けているような感じだ。

このように久々に体調を崩したのは、ここのところ船酔いで吐いてばかりだったし、碌に食事をとっていなかったからだろうが、まさか自分がここまで船に弱いとは思わなかった。

(今まで船に乗ったことなんて、寄宿学校での模擬戦くらいだったしなぁ)

遥か昔のことすぎて、当時のことはよく覚えてはいないが、船酔いした記憶はないから、恐らくこのような船酔いをしたのは人生初だろう。

そもそもあの模擬戦は、なんだかんだ自滅に近い形で誰かが転覆させてしまったしな、と遠い記憶が呼び起こされて、口元が緩む。

(いかんいかん、物思いに耽っている場合ではなかった)

頭を手で押さえて、思考を戻す。だが、もうすぐカジェ国に着くとはいえ、今後まだまだいくつも国を旅せねばと思うと、何となく気は重くなる。

(あとで、リーシェに船の揺れに慣れるコツでも聞いておかねばだな)

今回は国を挙げての大事な任務。命運を我々が握っていると言っても過言ではない。今後の世界情勢についても大きく変わることであろう。

(私がリーシェを守らなくてどうする)

彼女こそ今回の旅路の要だ。彼女がいなくなってしまったら、この旅は意味をなさなくなる。

リーシェをそっと彼女にバレないように見つめる。

まだ17という年齢にも関わらず、あの小さな身体一身に何もかもが重くのしかかっていると思うと、自分も励めばと思う。そして少しでも、彼女の荷が軽くなるようになれば、とも思う。

(まずは船に慣れることが先決だな)

とは言え、体調は依然悪いまま。とりあえず、今の体調をよくするためにも、しばらくは寝ていようと目を閉じる。

自室内をパタパタと、リーシェが忙しなく走り回っている音が小気味よくて心地いい。

ほんの少し柑橘らしい香りが鼻腔を擽り、リーシェが気を遣ってお香を焚いてくれたのだと頭の隅で考えながら、私はそのまま眠りについていった。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

お嬢様は、今日も戦ってます~武闘派ですから狙った獲物は逃がしません~

高瀬 八鳳
恋愛
強い女性が書いてみたくて、初めて連載?的なものに挑戦しています。 お読み頂けると大変嬉しく存じます。宜しくお願いいたします。 他サイトにも重複投稿しております。 この作品にはもしかしたら一部、15歳未満の方に不適切な描写が含まれる、かもしれません。ご注意下さいませ。表紙画のみAIで生成したものを使っています。 【あらすじ】 武闘系アラフォーが、気づくと中世ヨーロッパのような時代の公爵令嬢になっていた。 どうやら、異世界転生というやつらしい。 わがままな悪役令嬢予備軍といわれていても、10歳ならまだまだ未来はこれからだ!!と勉強と武道修行に励んだ令嬢は、過去に例をみない心身共に逞しい頼れる女性へと成長する。 王国、公国内の様々な事件・トラブル解決に尽力していくうちに、いつも傍で助けてくれる従者へ恋心が芽生え……。「憧れのラブラブ生活を体験したい! 絶対ハッピーエンドに持ちこんでみせますわ!」 すいません、恋愛事は後半になりそうです。ビジネスウンチクをちょいちょいはさんでます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

私は逃げます

恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

処理中です...