上 下
130 / 437
2.5章【閑話休題・恋愛編】

ニール編

しおりを挟む
「船旅、ですか……」
「あぁ、半年か1年ほど留守にする」

突拍子もない話に、愕然とする。今まで、訓練でも遠征でもヴァンデッダ様と片時も離れていなかったというのに。

(離れていたとしても、最長でもせいぜい1週間ほどだというのに、まさかの1年、だ、と……!?)

最長1年も会えないなど、想像したくもない。いることが当たり前で、いないことなど想像ができなかった。

(ヴァンデッダ様がいなければ、私はどうすればいいのだ!!!)

心の中でそう叫ぶ。それほどまでに、このクエリーシェル・ヴァンデッダという存在は自分にとって大きな存在だった。

「私がいなくても、ニールがいるなら大丈夫そうだと思ってな。国王には私の不在中の指揮はニールに委ねると伝えてある。つまり、軍の総司令官代理だ。また、万が一私の身に何かあった場合は、ニールが軍の総司令官として任を勤めることになるかもしれぬ」

(軍の総司令官代理……?)

ポンと肩を叩かれて、笑われる。

「励めよ?私の推薦なのだ。ニールならやれると信じている」
「ありがとうございます!ご期待に添えるよう頑張ります!!」

(そうか、ヴァンデッダ様はここまで私を買ってくださっているのか)

じーんと胸が熱くなる。涙が出そうになるのを、グッと堪えた。

「だが、普段の補佐と指揮官では行動だけでなく、責任も違う。いつも通りではダメだ、もっと広い視野で、多くの者を見て把握しなければならない」

凛々しい顔つきになるヴァンデッダ様に、自然と背筋がシャキッと伸びる。彼はこういう緩急のつけ方が上手い。相手を貶すのでなく、褒めつつもきちんと方向性を示して、導いてくれる。

それは観察眼に優れているだけでなく、優しい彼の気質があるからこそできる技だった。

「はい!」
「それぞれ適性があって、得意不得意な部分がある。それを上手く作用させれば、自然と事は運ぶものだ。元々、ニールは状況把握などは得意な方であろう?私だけでなく、今後は部隊全体の内情把握などをして欲しい。できるな?」
「もちろんです!」

我ながら乗せられやすいとは思うが、この人は本当に人をよく見ている。見すぎているからこそ、相手のことを考え過ぎて人嫌いだという本末転倒な部分はあるが、兎にも角にも優しすぎて人想いなのだ。

「僭越ながら、船旅はどちらに?」
「あぁ、カジェ国にな」
「カジェ国……?」

カジェ国と言えば、あの憎たらしいメイドが以前、通訳として王城で登用されていたことを思い出す。

「もしや、……あのメイドも同行するのですか?」
「リーシェのことか?あぁ、彼女の里帰りも兼ねているから、もちろん来るぞ」

(ぬぁぁぁぁにぃぃぃぃ?!!!)

カッと、一気に頭に血がのぼる。感情の乱高下が激しいことは自分でもわかってはいるが、気持ちを抑えることができなかった。

自分は同行を許されていないのに、なぜポッと出のやつにヴァンデッダ様を奪われなければならないのか。彼の隣という場所は、俺の場所だというのに。

沸々と怒りが湧いていると、肩をグッと掴まれ「こら」と言われて、苛立ちが途切れる。

「ニール、そういうところがダメだぞ。感情のコントロールをしろ。私が言えることではないが、いついかなるときも冷静でなければならない」

諭されて、ハッとする。つい、あの女のことで取り乱してしまった。

どうにもあの女が絡むと、感情が乱れる。どうしてだか自分にはわからなかったが、とにかくヴァンデッダ様とメイドのセットが、なぜかどうしても気に食わなかった。

(この感情は一体何なのだ?私は、どうしてこうもあの女に憤りを感じる?)

自問自答するが、答えは見つからない。特別あのメイドと何かあったわけではないが、どうしても感情が先走ってしまう。

そもそも、だ。元々、苛立ちやすい性格ではあった。周りから父と比較されて、そして父からも兄と比較されて。

それが嫌で嫌で、いつも沸々と怒りを溜めていた。吐き出す勇気もなく、ただひたすらの沸々と湧き上がる怒りを感じながらも、それを出すことはできなかった。

(考えてみれば、その怒りをあのメイドで発散させているのではないだろうか)

思えば、メイド自身に何か問題があるわけではない。ただ、ヴァンデッダ様と仲睦まじくしている姿が気にくわないのだ。

(自分でも理由はわからない。ただ、あの2人が一緒にいて、仲睦まじくしている姿を見るのが苦しい)

「ヴァンデッダ様は、俺のことをどう思いますか?」

つるんと口から出た言葉は、思いのほか落ち着いた声音だったが、想定外の言葉だった。

(何を言っているんだ、俺は)

口から出てしまったものを、今更戻すことはできなかった。焦って顔を上げると、ヴァンデッダ様から真っ直ぐに見つめられる。

「ニールは大事な右腕で、大切な相棒だと思っているぞ。ニールがいなかったら、今の私はないからな」
「…………そう、ですか……」

言葉が詰まる。それほどまでに彼の言葉は衝撃的だった。

(あぁ、そうか、俺は……この人のことが好きだったのか)

戦友、としての位置付けに、本来は喜びこそすれ、哀しむ必要などない。だが、自分が感じたのは、ざっくりと胸が抉られるほどの絶望だった。

右腕で相棒。それ以上でもそれ以下でもない。つまり、自分は彼の私生活では入りこむ余地がない、ということだ。それにショックを受けたということは、つまりそういうことだ。

(失恋とは、こういう感情なのか)

ギュッと胸が締め付けられる。今度は別の意味で泣きそうになるのを、グッと堪える。

「ニール」
「はい」
「私が不在になるまで、ビシバシ鍛えるから、そのつもりで頑張れよ」
「はい!」

悔しくて、つらくて仕方ないが、目の前の彼には全幅の期待をされている。私生活ではあの女に譲るが、軍内部となれば話は別だ。全力で応えてみせるのが、彼の右腕ではないだろうか。

(あのメイドのことは未だ好きになれないが、だが今この場面で必要とされているのは何者でもない、俺だ)

それからヴァンデッダ様の出発の日まで、彼のために、自らのために、軍司令官代理としての任を果たせるよう、俺は日々励むのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドン引きするくらいエッチなわたしに年下の彼ができました

中七七三
恋愛
わたしっておかしいの? 小さいころからエッチなことが大好きだった。 そして、小学校のときに起こしてしまった事件。 「アナタ! 女の子なのになにしてるの!」 その母親の言葉が大人になっても頭から離れない。 エッチじゃいけないの? でも、エッチは大好きなのに。 それでも…… わたしは、男の人と付き合えない―― だって、男の人がドン引きするぐらい エッチだったから。 嫌われるのが怖いから。

最強賢者、ヒヨコに転生する。~最弱種族に転生してもやっぱり最強~

深園 彩月
ファンタジー
最強の賢者として名を馳せていた男がいた。 魔法、魔道具などの研究を第一に生活していたその男はある日間抜けにも死んでしまう。 死んだ者は皆等しく転生する権利が与えられる。 その方法は転生ガチャ。 生まれてくる種族も転生先の世界も全てが運任せ。その転生ガチャを回した最強賢者。 転生先は見知らぬ世界。しかも種族がまさかの…… だがしかし、研究馬鹿な最強賢者は見知らぬ世界だろうと人間じゃなかろうとお構い無しに、常識をぶち壊す。 差別の荒波に揉まれたり陰謀に巻き込まれたりしてなかなか研究が進まないけれど、ブラコン拗らせながらも愉快な仲間に囲まれて成長していくお話。 ※拙い作品ですが、誹謗中傷はご勘弁を…… 只今加筆修正中。 他サイトでも投稿してます。

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

【R18】らぶえっち短編集

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)  R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。 ※R18に※ ※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。 ※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。 ※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。 ※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

悪役令嬢は安眠したい。

カギカッコ「」
恋愛
番外編が一個短編集に入ってます。時系列的に66話辺りの話になってます。 読んで下さる皆様ありがとうごぜえまーす!! V(>▽<)V 恋人に振られた夜、何の因果か異世界の悪役令嬢アイリスに転生してしまった美琴。 目覚めて早々裸のイケメンから媚薬を盛ったと凄まれ、自分が妹ニコルの婚約者ウィリアムを寝取った後だと知る。 これはまさに悪役令嬢の鑑いやいや横取りの手口!でも自分的には全く身に覚えはない! 記憶にございませんとなかったことにしようとしたものの、初めは怒っていたウィリアムは彼なりの事情があるようで、婚約者をアイリスに変更すると言ってきた。 更には美琴のこの世界でのNPCなる奴も登場し、そいつによればどうやら自分には死亡フラグが用意されているという。 右も左もわからない転生ライフはのっけから瀬戸際に。 果たして美琴は生き残れるのか!?……なちょっとある意味サバイバル~な悪役令嬢ラブコメをどうぞ。 第1部は62話「ああ、寝ても覚めても~」までです。 第2部は130話「新たな因縁の始まり」までとなります。 他サイト様にも掲載してます。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

処理中です...