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2章【告白編】

64 登山

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「はぁ、……っ」
「大丈夫か?足下がだいぶ泥濘んでるな。すまない、こんなに足場が悪くなってるとは思わなかった。具合は悪化してないか?」
「大丈夫です。病み上がりで、体力が落ちてるだけだと思うので。今後こういうことがないとも限りませんし、そのための予行演習と思えば……っ」
「知ってはいたが、随分とまぁストイックだな。上昇志向なのはいいが、無理だけはするなよ」

傾斜がキツい。落ち葉と相まって、足が滑ったり埋もれたりと、登るのがかなり困難なほどの足場だった。

(久々の山登りが、これほどキツいとは)

そうは言っても、自分が登っていたのはこれほどまでに傾斜があるようなところではなかったが。

(やはり山は侮れない)

先程までは肌寒く感じていたはずが、外套から出たというのに、今はじんわりと額に汗が滲むのを袖で拭う。息は上がり、木々を掴む手が段々と疲れてくる。

実際に登ってみてわかったことだが、この落ち葉の時期や雨季に来るとなると、相手は相当大変だろう。軽装の自分でさえつらいのだ、武具を身につけて来るとなると、なおさらつらいはずだ。

だが、これらの情報がなければこちらとしてはかなり有利である。例え情報がある程度流れたとしても、この他の季節に念入りに見回りや策を講じれば、ある程度抑制にはなりそうだ。

「そういえば、蜂が巣を作り易い場所ですが」
「あぁ」
「オオスズメバチやクロスズメバチに関しては土の中や木の根元などに作ることが多いので、足元には十分お気をつけて下さい」

我ながら、気をつけろと言われても……、というほど歩くのに精一杯な場所だが、とりあえず気をつけるに越したことはない。下手に巣がある場所を踏んでしまったり木々に手をかけたりして、万が一触れてしまっては大変だ。

蜂は大体、一斉に襲ってくる。1匹でさえ脅威だというのに、複数で来られてしまっては、たまったものではない。

「それと、この時期というか、秋の暮れから夏の始まりまでは蛾の幼虫に注意してください」
「蛾の幼虫というと、あれか、毛虫か?」
「そうです。毛虫の毛は飛散し易いので、直接触らなくても被れます。時期にもよりますが、りんごやクワ、クヌギの木などに寄生するので、それらの近くには寄らないほうが良いです」
「こうして聞いてみると、森には危険がいっぱいなんだな」
「えぇ、果実や樹液を与えてくれたり、土砂を堰き止めたりといいところもたくさんありますけどね」

こう言った知識は、山と共存してたからこそわかることだ。文献にはきっとまだない、実際に経験したからこそ、わかることだった。

ペンテレアにいた頃にも山へ散策に出かけることなど多々あったが、それでもマシュ族と同行していたときのような自然との共存というような経験はない。

こう言った知識や経験が、クエリーシェルの役に立てることは単純に嬉しかった。

「この辺、あの大木を倒せばあちらの山からこちらに橋を渡せそうですね」

向かい側を指差す。間には、落ちたら確実に死ぬであろうほどの暗い谷底がある。

「うーむ、見た限りではあそこから以外来るのは困難そうだな」
「そうですね。陸路だとここで、他に考えられるのは海路だけですね」
「ここから来るとなると、相当ハードそうだな。マルダスの兵がそこまでガッツがあるかわからないが、来たら来たでその根性を讃えて全力で迎え討たねばな」
「そうですね。せっかくですし、罠をいくつか配備してもいいんじゃないでしょうか。落とし穴くらいならいくつか掘れると思いますよ」

そういえば、昔自分も掘って誰かを嵌めた覚えがあるなぁ、と思い出す。あれは誰だったか、どこかの国の皇子だったような気もする。

ぼんやりとそんなことを考えていると、クエリーシェルが苦虫を噛み潰したような顔をしていることに気づいた。

「どうしました?何かありました?」
「落とし穴といえば、そういや昔嵌った覚えが……」

言わずもがな、作った犯人はわかった。

「国王陛下ですか?」
「あぁ、あいつにやられた。あのときは出るのに半日かかった」
「……どれだけ本格的なものを作ったんですか」

(まぁ、あの国王ならやりそうだけど)

下見を終え、下山する。なんだかんだとクエリーシェルが私を労ってくれたおかげで、コケることなく無事に馬のところまで戻ってくることが出来た。

「雨が降る前に帰宅しましょう」
「そうだな」
「今夜はロゼットがご馳走を作ってくれるそうですよ」
「?何か祝い事でもあったか?」

(私達のお付き合い記念だということは、なんとなく言うのは憚られる)

「私の快復祝いかもしれませんね」
「あぁ、なるほどな。では、ご馳走が待っているならば早く帰らねばな」

そう言いながら、なぜか私と同じ馬に乗るクエリーシェル。

「ケリー様?」
「身体を冷やしてはいけないからな」

そう言って、また外套の中に包まれる。すっぽりと覆われ、再び彼の腕の中に入れられる。

(なんか定位置みたいになってる)

見上げると、私の視線に気づいたのか見つめられて視線がぶつかる。

「またキスしたいのか?」
「……っ!違います!」
「遠慮するな」
「その言い方、オヤジ臭いですよ」
「お、オヤジ……!?」

そんな言い合いをしながら帰路につくと、辺り一帯はもう、夕日で真っ赤に染まっていた。

「お帰りなさいませ。ふふ、仲がよろしいことで」

2人仲良く同じ馬で帰宅したのをロゼットに見られ、ニヤニヤ顔で迎えられたリーシェは、自分の痴態を見られた羞恥心で穴を掘りたくなった。

ちなみに後日、あの渓谷には国王陛下直々のお達しで、かなり大規模な落とし穴がいくつも配備されるのだった。
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