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2章【告白編】

50 今のは何だ

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「サッパリしたか?」

静かに頷くと、満足そうに笑うクエリーシェル。そういえば、ここのところ急な距離の縮め方に気まずく思う一方で、こうした笑顔をきちんと見たのは久々な気がする。

何も要らないとは答えたが、水を持ってきてくれたらしく、サイドテーブルに置いてくれる。こういうところが気がきくとは思う。

だが、なぜ再び私のベッドに座るかは、理解できなかった。

(まだ何か用があるのかしら?)

「今日は国境ついでに王城にも行ってきたぞ」
「あ゛り゛がどう゛ござい゛ま゛ず」

今日は本当は私が王城に行く予定だったのだが、恐らくロゼットが気を回してクエリーシェルに伝えてくれたのだろう。何から何まで迷惑をかけまくっていて申し訳ない。

しゅんと項垂れた私に気づいたのか、すぐさま「気にするな、元々私も王城に用事があったのでな」と頭を撫でながらフォローを入れられる。本当に使い物にならないどころか気遣いまでさせてしまって自己嫌悪する。

「あぁ、クイードにリーシェが病気で療養中だといったら、『病み上がりで来られてうつされても迷惑だから、とうぶん来るな。大体のことはその大男で事足りてるから大丈夫だ』とのことだ。あいつは口は悪いが、不器用なやつなんだ。とりあえず、とうぶんは登城しなくていいそうだ。身の回りの支度もあるだろうから、そちらを優先させろとのことだ」

国王らしくて、思わず口元が緩む。心配してくれているのがよくわかる。実際出発まで半月をきっているし、大体のことは最終確認と言ったところだ。

その最終確認が膨大であるのだが、恐らく国王とクエリーシェルが引き継いでやってくれるのだろう。

顔を上げ、感謝を述べようとすれば手で口を塞がれる。「喋らずともよい。喉をこれ以上酷使しては悪化する一方だ」と言うと、そっと手を離された。

「それと、風邪が治ってからでいいのだが、気晴らしに馬で遠出でもしないか?ここのところ王城と港を行き来するだけだっただろう?なかなか船旅が始まってしまうと、そういったことができなくなるだろうしな。あぁ、ちゃんと仕事は終わらせるぞ。まぁ、ほとんど私の方は終わっているしな」

私が喋れないぶん、クエリーシェルがいつになく饒舌だ。色々と喋ってくれる彼が珍しくて、なぜだか嬉しくて、勝手に頬が緩む。こうやって何もせずに穏やかな夜を過ごしたのは久々かもしれない。

そっと手を握る。特に意味はなかった。いや、あったと言えばあったのか。人肌が恋しかった。甘えることが不慣れな私が唯一できることだった。

すると、その手を返されて掌が重ねられたと思えば、指が絡まる。まさかクエリーシェルがそんなことをするとは思わず、そしてそこまで望んでいなかった私は、不意打ちに顔が熱くなる。

まるで恋愛小説の登場人物かのような甘い出来事に、胸がキュンと甘く疼く。

(こんなの知らない)

ただ手を握られ、指が絡まっているだけだというのに、私の心臓は早鐘を打つ。上手く顔が上げられないでいると、頬に手を添えられて上向かせられる。

瞳が覗かれる。こんなに顔が近づくことなど今まであっただろうか。いや、というか近すぎやしないだろうか。

「あ゛、の゛……!!」
「風邪はうつすと治りが早くなるらしいぞ?」

(そんなバカな!)

顔が段々と近づく。そして、どんどんと唇が己のそれに近づいてくる。

「……っぐ、ごほごほっ!!ごっほ、ごほっ……!!!」

急に咳が出て、身体を大きく曲げる。緊張で呼吸がおかしかったせいか、気管支に入ったようで、大きく咳込み、苦しくて涙目になる。

「だ、大丈夫か!?」

慌ててクエリーシェルが背を摩ってくれる。ありがたいはありがたいが、なかなか落ち着かずに咳き込んだままだ。

「水は飲めるか?」

小さく頷くと、コップを手渡される。だが、思ったよりも咳は止まらず、身体は震えたまま、上手く口に含むことはできなかった。

「飲めそうか?」

小さく何度も頷く。ふー、ふー、と息を殺しつつ、咳を落ち着ける。摩るだけでなく、トントンと優しく身体を叩かれ、段々と落ち着いていくが、どうにも身体の震えは治らない。

「リーシェ、コップを渡しなさい」

言われて素直に渡すと、なぜかそのコップの水を彼が口にする。不思議に思って彼を見ると、そのままその水を含んだ口が自分の口に降ってきた。

唇を割られ、水が入ってくる。訳もわからず、口内に侵入してくる水をこくんこくんと飲み干すと、ゆっくりと唇が離れていく。

「……、飲めたか?」

頷く。飲めた。水は確かに飲めたが、今のは一体……?

「あぁ、先程身体を拭いたせいで冷えたのかもな。というか、あまり長く起こしてしまっては、今度はロゼットに怒られてしまうな。まだ体調は本調子ではなさそうだから、早めに寝なさい。寝るまでそばについていようか?」

頭がぼんやりする。それが熱でなのか、咽せこんだからなのか、はたまた別の理由かは自分ではわからなかった。

とりあえず小さく首を振ると、クエリーシェルに身体を横倒され、布団を掛けられる。

「おやすみ、リーシェ」

頭を撫でられたあと、そのまま彼は何事もなかったかのように部屋を出て行く。

(……夢?)

頬を引っ張るが痛い。唇にそっと触れると、微かに湿っていた。

(何が起こった?え、私、今、ケリー様と何をした?)

その夜はなかなか寝付くことができなかった。
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