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2章【告白編】

32 アマリス皇女

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「リーシェ先生」
「ん?どうされました、アマリス皇女」

講義や戦争談義など粗方の仕事を終え、帰宅しようと馬車に乗ろうとしたところ、アマリス皇女に声を掛けられる。現在講義は何度かやっているものの、見送り以外の声掛けは珍しいと思っていると、裾を引っ張られる。

(しゃがめ、ってことかな?)

彼女の高さに屈むと、耳元で何かを囁かれる。だが、よく聞き取れず「ごめんなさい、もう一度言ってくださいますか?」とお願いすると、頷き「今度アルルちゃんにお手紙を書くから見てください」と頼まれた。

「いいですよ。今度書いたときに見せてください」
「あの、それで、できれば……絵も描きたいのだけど」
「絵、ですか。すみません、私、絵の才能は全く、欠片も持ち合わせてなくてですね」
「え、そうなんですね」

アマリスに驚かれるが、実際に絵は最も苦手と言っていい分野である。設計図など、ある程度固定された絵は描けるのだが、人物や生き物など見た目が定まらないものはこれっぽっちも上手く描けない。

過去に姉と一緒に描いた犬は、両親はおろかメイドや執事にまでドン引かれるほど謎の生物に仕上がっていて、あまりにも下手すぎるとのことで一時専任の講師がついたが、それでも絶望的だと匙を投げられてしまったくらいだ。

「なので、ちょっと誰か絵の上手い人を見繕って来ます」
「お願いします」

ふわっと微笑まれて、周りに花が咲いたかのような錯覚に陥る。あまりの可愛らしさに、思わずアマリス皇女を抱きしめたくなる衝動に駆られるが、ここはグッと抑えた。

「今度の講義のときに見せていただきますね」
「わかりました。それまでに書いておきます」

裾が離され、馬車に乗り込む。小さな手を振られ、それに答えるように振り返すと、彼女は再び笑ってくれた。

(ちょっとは慣れてくれてよかった)

はじめはどうなることやらと思ったカジェ国語の講義。王妃から頼まれたからとはいえ、初日はヒューゴ皇子は自由に走り回っているし、アマリス皇女は静かにただ座っているだけだしで、頭を抱えたものだった。

(考えてみたら、私も超問題児だったんだろうな)

自分がステラとして皇女をしていたころはしょっちゅう講義を抜け出して、好き勝手にやっていた。今思えば、講師陣からは迷惑極まりない行動だったのだと肌身に沁みた。

(そういう意味では、私は成長したのかしら)

自分を客観的に見ることはなかなかに難しくはあるが、実際に今、教える立場となったと思うと、少し感慨深い。

こういう考えに至ったこともある意味我ながら凄いとも思うし、現在17でコルジールでは成年だと言われると、それはそれで成長したなとも思う。

こうやって人って成長するのかしら、なんて一丁前のことを考えながら帰路につく。無事に帰宅すると、何故だかクエリーシェルが出迎えてきてくれていた。

「おかえり」
「ただいま帰りました。あの、どうかしました?」
「いや、何だ、最近話す機会が、その、少ないと思ってな」

顔を赤らめながら辿々しく話すクエリーシェルに、思わず噴き出す。

(私と同じことを思っていたのか)

「急にどうした?」
「いえ、私も最近ケリー様とお話できてないと思っていたんです。あ、先程王城から手土産として茶葉をいただいたのでお淹れしますね。自室に伺えばよろしいですか?」
「え、あぁ、じゃあそうしてもらおうかな」
「わかりました。すぐに行きますのでお先に待っていてください」

年は違えども、考えていることが同じ、というのがなんとなく面映ゆくて頬が緩む。こういうところが似ているのだろうか、見た目は全然違うのに。

(今日はとびきり美味しいお茶を淹れよう)

王城のメイドに最適温度や蒸らす時間も確認済みで抜かりはない。せっかくだ、以前港町で買った焼き菓子も用意しよう。

リーシェはそう決めると彼を待たせないようにせわしなく準備に取り掛かるのだった。
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