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1章【出会い編】

41 混乱

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「リーシェ!!」

聞き慣れた声が聞こえる。

顔を上げれば、空からクエリーシェルが降ってくる。そして、あっという間にバルドルから引き剥がされ、気づけば領主の胸の中にいた。

「私のリーシェに何をしているのですか、クォーツ卿!」
「くっ、私にそんなことをしても良いと思っているのか?」
「私が何か罰せられる罪があるのならば、罰せられましょう。ですが、この非はどなたが見ても明らかだと思いますよ」

上を見上げると、テラスに多くの見物客がいるのがわかる。わざわざ大勢に見せるためにテラスから飛び降りたのであろうが、テラスから地上までは結構な高さがあるというのに、それを難なくやりとげた目の前の男に驚く。

「っ……くっ!さすが、親殺しはやることは違うな」
「どうとでもおっしゃってください」
「……ちっ」

バルドルは舌打ちをすると、足早に去って行く。リーシェは震える足がどうにも制御できなくて、足から崩れるようにへたりこみそうになるのを、クエリーシェルに支えられる。しっかりと抱きとめられているからか、彼の胸の鼓動がとても安心できた。

「大丈夫か?」
「ケリー様のおかげで助かりました」
「無事で何よりだ」

抱きしめられて抱きしめ返す。彼の体温、匂いが心地良かった。不快だった感情が一気に和らぐ。

……そんなときだった。

「キャアアアアアア!!!!!」
「うわぁぁぁ!!」

悲鳴が響く。何事かと慌てて彼から離れ走り出そうとしたが、上手く足が回らず、再びへたり込みそうになるのをクエリーシェルに支えられたかと思えば、ひょいっと横抱きされる。

所謂、お姫様抱っこである。

「ちょ、ケリー様!」
「今はそれどころではないから許せ!!」

慌てて悲鳴の上がる舞踏会会場に向かうと、それはそれは悲惨な状況だった。誰も彼もが嘔吐したり痙攣したりと、危うい状態なのが見て取れた。症状が軽症な人も、パニックを起こしている。

(これはまずい。毒だわ)

恐らく、飲食物に混ぜていたのだろう。これだけの人が被害に遭っていることを考えると、今日ここでテロをする目的で舞踏会を開催したに違いない。

(ここで今、毒草の知識があるのは恐らく私だけだ)

庭にあったものを思い出す。そして、食用として出されて違和感がないものを思い出す。

(あそこにあったもので違和感なく入れられるものと言えば、イヌサフランだ!)

「落ち着いてください!まずは症状が軽い方、症状がない方は速やかに重症な方の介抱をお願いします!!意識がある方にはなるべく大量の水を飲ませたあとに嘔吐させてください。意識がない人は無理に揺すったり起こしたりはしないでください!また、感染症ではないので移る心配はないので安心してください!!!」

クエリーシェルに抱かれながら、指示を出す。随分と厄介なものを仕込まれた。これは、下手しなくても死ぬ可能性がある。

「ケリー様、これはテロです。早急にバルドルを捕まえないと」
「あぁ、国王にも至急伝えせねば」
「ニール様!生きてます?!ダリュード様、マルグリッダ様!」

大きな声で叫ぶ。この状態で探し出すのは困難なため、自分に注目してもらうため、自分が出せる最大音量で声をかけた。

「あぁ、生きているぞ!俺は何も食べてないからな」
「では、ニール様は王城へと向かい、国王陛下に至急お伝えください!」
「お前に言われんでもわかっている……!」

ニールはすぐさま飛び出していく。

その様子を見たあとにぐるりと見渡すと、マルグリッダが手を挙げてこちらを見ているのがわかって、そちらの方に向かった。

ダリュードは少し食事を取ってしまったのか、顔色が悪く、マルグリッダが真っ青な顔で介抱していた。クエリーシェルの腕から降り、自分の足で立てることを確認すると、マルグリッダにピッチャーを持って近づく。

「お水を。飲めるだけ飲ませたあと吐かせてください。それで、きっとどうにかなりますから」
「えぇ、えぇ、わかったわ。ダリュード、お願いだから、飲んでちょうだい」
「吐けるだけ吐けたら安静に。大丈夫です。治ったら後遺症など出ませんから。お辛いでしょうが、気をしっかり」

伝えられることだけ伝えて、周りを見回す。

クォーツ家の使用人達の様子を見てこの状況を察するに、これを指揮または実行した人間は恐らくここにはいない。

リーシェは使用人達に水を飲ませて嘔吐させた後に安静にさせろ、さもなくば貴方達も罪に問われるぞ、と脅せば皆一様にバタバタと忙しなく水を取りに行き始めた。

「リーシェ!!!」

ニールの声が聞こえてそちらを向くと、彼がなぜかこちらに向かって走っていた。

「どうなさいました?!」
「ダメだ、馬もやられている」
「!紫陽花!!」

(くそ、もっと早く気付くべきだった……!先程の刈り取られていた紫陽花は、馬用の毒だったか!!)

今更気づいても遅いが、この様子だと馬車の馬もほぼほぼダメだろう。

「これだけ大量の招待客がいるんです、大丈夫そうな馬を見つけて行ってください。」
「あぁ、わかった」

ニールに再び指示を出す。その後、たくさんの人を介抱しているクエリーシェルの元へ駆け寄った。

「ケリー様!」
「何だ?」
「私達はバルドルを追いましょう。逃げる場所について、ある程度目処はついてます」
「なっ……!だが、リーシェは行く必要はないだろう?私が追いかけるから、リーシェはここにいろ」
「いえ、もうここはこれ以上何も手を尽くすことができません。ですから、これ以上の被害を増やさないためにも、早く捕まえないと。あいつを逃すと、国が滅びます!」
「……しょうがない、わかった。すぐに行くぞ」

クエリーシェルは邸宅内に飾られていた剣を腰に巻くと、すぐさまリーシェと共に玄関を飛び出した。
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