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1章【出会い編】

40 庭園

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「これは、人に見せられないわよね」

自慢の庭、はそれはもう見るも無残な状態になっていた。

荒れているというわけでない、どちらかというとこれは統一性の問題である。紫陽花にスズラン、ベラドンナ、イヌサフラン、水仙等々どれもこれも所謂“毒草”である。

「まぁ、見事に揃えたわね」

ある意味感心するほどである。だが、これが先日の証拠とは言い難い。ただの趣味だと言われてしまえばそれでおしまいである。

どれもこれも観賞用として問題ないものであり、また専門家でもなければ全てを毒草だと見分けるのは困難だろう。

シュタッズ家に証言してもらう、とは言っても今や権力的にどちらが優勢かといえば、恐らくクォーツ家だろう。伝統のあるシュタッズ家といえども、資産がなければ爵位を維持するのは難しい。

ということはつまり、シュタッズ家が証言したところでクォーツ家に根回しされて、結局のところ有耶無耶にされる可能性は高い。

(果たしてどうするか)

ここで1つの可能性が思い浮かぶ。それは先程の当主の「私に似た人物」という言葉だ。

そして、あの舐めるようにじっくりと見られたことから判断するに、恐らくあのバルドルは本来の私、逃げ延びた行方不明の姫を知っている、もしくは探しているのではないか、ということに思い至る。

それはつまり、私の国を滅ぼしたゴードジューズ帝国との繋がりを示唆する。

(本当にしつこい)

帝国は未だ私を狙っている、この事実に驚きはない。あの皇帝であれば、さもありなんだ。

一族郎党皆殺し、唯一生き延びている王家の血筋を根絶やしにする、それが彼の目的だろう。だが、もし本当にゴードジューズ帝国、つまり皇帝が関係しているとすれば、これはある意味使えるかもしれない。

私が上手く囮をできさえすれば、相手は何か尻尾を出すかもしれない可能性がある。

「……あれ?」

紫陽花が大量に植えられている一画、なぜかごっそりと葉やら花やらが毟られていることに気づく。

(これだけ毒草がある中で、大部分を紫陽花の栽培っていうのも変ね。紫陽花は、どうまかり間違っても食用として出すことはないし、もしかして狙いは人だけではない?)

一体、何を企んでいるのか。

カジェ国にも手を出そうとしたとすると、あちらはそろそろ本格的に動くはず。なるべくこの件は速やかに解決させねば、この国の存亡危機に繋がる。

(国王に報告しないと)

「誰かいるのか?」

不意に響く声に、どきりと跳ね上がる。ゆっくりと振り返ると、そこには一番会いたくない相手、このクォーツ家当主、バルドルがいた。

「ここで、一体何をしているのかね」
「すみません、迷ってしまいまして。庭園に珍しいお花が咲いていたので、つい見に来てしまいました」

最もな指摘に、それらしい言い訳をする。

わざと少し不安げに答えると、再びぎょろりとした目でこちらを見てくる。そして、なぜか段々と近づく距離に、少しずつ遠ざかる。

(恐い)

邸宅から漏れる光でそれなりに明るいものの、大部分は夜更けということで暗闇である。

距離を開けるため、追い詰められるように暗闇の中に逃げれば逃げるだけ追い詰められるのは、恐怖以外のなにものでもなかった。

もし、この場で何かされたとしても誰にも気づかれない。そして、このクォーツ家は侯爵家であの資産状況、いくらでも揉み消すことは可能であるだろう。

(でも、ヴァンデッダ家と遠縁ということは則ちグリーデル家の縁続きということになる。さすがに、大公家と縁があるものに無体を働くか)

私の唯一のカードはこれしかない。彼らの後ろ盾だ。これでもし、嘘がバレてただのメイドだとバレても一貫の終わりだ。

「な、何でしょうか」

震える足を無理矢理動かす。平静を装っているのが精一杯だった。そして、勢いよくガッと腕を掴まれ、思わず「ひっ」と短く悲鳴を上げた。

「や、やめてください!」
「やはり、珍しい瞳の色ですな、美しい透き通るような翡翠の色。ペンテレア国に代々続くと言われている叡智を授け、繁栄をもたらすと言われる魔法の瞳によく似ている」
「何を、おっしゃって」
「本物でなくても良い。ここまで似ているのであれば」

(まずい)

想定していたよりも、もっとずっと危険な思考の持ち主のようだ。ここでもし囚われでもしたら、根回しされておしまいである。

「は、離してください!」
「小娘が私に逆らうというのか?」
「私はヴァンデッダ家の縁者ですよ?!」
「は!ヴァンデッダ家に遠縁でお前のような小娘がいないことなどわかっている。大人しくこちらに来い!!」

腕が強く引かれる。必死で抵抗するものの、大の大人、それも男性の力に勝てることなどできず、ずるずると引き摺られていく。

「嫌、やめて!誰か!ケリー様!!!」
「大人しくしろっ!!」

口を塞がれる。ゴツゴツとした指が口の周りにつくだけで吐き気がする。

(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……!)

(誰か助けて誰か助けて誰か助けて誰か助けて……!!)

リーシェは声を出すこともままならず、ただ抵抗するしかできなかった。
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