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1章【出会い編】

37 小さな紳士

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「はじめまして、クエリーシェル様のメイドのリーシェと申します」
「お噂はかねがね。グリーデル家長男のダリュードです」

クエリーシェルもマルグリッダも顔が整っているんだから、そりゃそうよね、と思わず目の前の好青年を見ながら納得する。

(うん、顔がいい)

まさに王子様のようなルックス。

多少線が細い気もするが、これだけ顔がよくてゆくゆくは大公という地位も約束されているのであれば、先物買いとして食指を伸ばされ、縁談も引く手数多だろう。なんて、勝手なことを考える。

若いときはこんな感じだったのかなぁ、とつい領主を見てしまって、見事に目が合ってしまった。

何となくそらすことができなくて数秒固まる。なぜか領主も視線を外さないので、お互いに見つめ合ったままだったが、羞恥に耐えられなくて私から視線を外す。

「どうした?」
「いえ、何でも」
「馬車にはどのように乗りましょうか?」

気まずいところに、ダリュードが割り込んでくれる。ありがたい。もしこれが気遣いであれば、若いのにとても優秀である。

「私とリーシェ、姉さんとダリュードとニールでいいんじゃないか?」

(だから、その提案は地雷ですから)

案の定、ニールから不穏な空気が漂っている。一応領主と大公夫人がいる手前、ある程度抑えてはいるようだが、それでも殺気が滲み出ている。

さすがにまたあの険悪さをぶつけられても困るし、そんな空気を察したのか、マルグリッダがパチンと小気味よく手を叩く。

「せっかくですから、ずっと戦地に行ってたのだし、お2人のお話を聞きたいわ!ダリュードも、普段は寄宿舎に行っててあんまり若いお嬢さんとお話する機会もなかったことですし、リーシェと一緒の方がいいんじゃない?ねぇ」
「いえ、僕はそんな……」
「ほら、これから舞踏会でご令嬢方達と話す機会なんてたくさんあるのだから、行く前にリーシェで慣らしておきなさい。リーシェも、いい?」
「私はもちろん構いませんが」
「ではそうしましょう!」

独善とするマルグリッダに圧倒されつつも、領主を見ると不本意そうな顔をしていた。恐らくその様子を察するに、姉のマルグリッダとなるべく一緒にいたくないからだろう。

先日も、家に来ただけで椅子から落ちたくらいである、あまり得意ではなさそうなのは、火を見るよりも明らかだ。

あのあと打撲部分にヒメフウロをたっぷり塗ってはいたが、治るまでに結構な時間を要してしまった。きっと打ち所が悪かったのと、加齢もあるだろう。……本人には言わないが。

確かに、クエリーシェルの年齢を考えるとマルグリッダが彼のことを世話焼きしたい気持ちはわかるが、それはそれで悪手であるような気がしないでもない。

(人の心とは難しいな)

まぁ、ニールと一緒の馬車でないことにしてくれたのは御の字だが。

「ではもう支度しましょう。クォーツ家まではちょっと距離がありますからね。リシェル、ダリュード、お手洗いは大丈夫?」
「姉さん!」「母さん!」

(見事なハモりだ)

馬車に乗り込むと、ダリュードが何か言いたそうにしているのに気づく。何か私に変なところでもあるだろうか。

「どうかなさいましたか?」
「いや、母が、すみません」
「いえいえ、使用人の私にそのようなお気遣いなさらないでください。寧ろとても羨ましいです、大事にされていらっしゃるんですね」

つい昔を思い出し、自分と比較してしまって、ぽろっと不用意なことを言ってしまったと気づいた。

ダリュードも何か察したのだろう、ここはあえて話をそらすかどうするか。下手に急に話題を変えても変だろうか、逡巡する。だから、あえて無難なことを言うことにした。

「すみません、あまり深い意味はないんです。私はどちらかというと放任されていただけで。でも姉は、私のことをよく構ってくれました」
「お姉様がいらっしゃるんですね」
「えぇ、私とは12離れていたのですが、結構おっとりした方で、どちらが姉だかわからないと、よく言われておりました」

手がかかる姉としっかり者の妹。美しい姉と人並みの容姿の妹。才能がある姉と変わり者の妹。いくつか比較してみるだけでも、それはお父様もお母様も姉様にかかりきりになるよな、と漠然と思う。

特に私は可愛げもなければ、何でもそつなくこなし、かと言って真面目に王室に納まってるわけもなく、興味があるままに気功術やら天文学やら薬学やらにのめり込んでばかりだった。

好かれる姉、愛される姉、慕われる姉、どれもこれも疎ましいとも思ったことはあるが、そんな歪で意固地な私に姉はとても優しかった。

いつでも抱きしめ、「可愛い私の妹」と頭を撫で甘やかしてくれた。それだけで私は満たされた。満たされているように思っていた。

「貴女は生き延びなさい。私の分まで生きて、私の分まで幸せになってね」

姉の最期の言葉が脳内で木霊する。脳裏に浮かぶ姉はいつ見ても羨むほどに美しく、綺麗だった。

「大丈夫ですか?」
「え、あ、あれ?も、申し訳ありません」

いつのまにか、気づかぬうちに頬を伝っていた涙。蓋をしていた感情が溢れていることに気づいて、羞恥で頬を染める。

(なんていう失態だ、こんな初対面の人の前で泣くなんて)

しかも使用人の分際で、こんな年下の男の子の前で泣くなんて。慌てて拭って、違うことを考えようとしたとき、眼前にハンカチーフが差し出された。

「使ってください」
「いえ、お気遣いなく!お心遣いありがとうございます」
「もう出してしまいましたので。ここは、使っていただかないと、僕が恥ずかしいです」
「あ、ありがとうございます」

彼の手からハンカチーフを受け取る。頬に当てると、彼の体温で温められたのだろう、じんわりと温かみを感じる。

クエリーシェルに似てるからだろうか、何となく年も近いせいか、つい気が緩んでしまっている自分に気づいて、気を引き締める。

(最近は領主と一緒にいたせいか、色褪せてた感情が戻りつつある。それが、とても恐い)

「慣れない化粧が目に入ってしなったみたいです。ハンカチーフが汚れないといいんですが」
「いえ、お気になさらず。僕、よくなくしちゃうので、予備はたくさん持っているんですよ」

そう言って笑うダリュード。本当に優しく、女性の扱いに関しても将来有望な人だ。クエリーシェルと同じような気遣いを感じる。

きっとクエリーシェルの前で泣いてしまったなら、彼も焦りながらハンカチーフやら何やらくれることだろう、そんなことを想像すると口元が綻び、少しだけ気分が回復した。

「今度、洗ってお返ししますね」
「いえ、お気遣いなく。あぁ、そういえば」

そう言って話題を寄宿舎のことや私の普段の生活、クエリーシェルについてなど、先程のことがなかったかのように話題を変えてくれるダリュード。

リーシェは心の中で感謝をしながら、話に花が咲くのだった。
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