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1章【出会い編】

12 気分転換

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「最近領主様がすごい仕事されてるらしいぞ」
「嵐でも来るんじゃないか?」

と、最近領民から専らの評判です、と久々にやってきたニールに言われる。

(……それは、褒められてるのか嫌味なのか)

確かに、ここのところリーシェが忙しくしているのにつられて、本来の領主の仕事である裁判や公文書の作成、領民より訴えがあった領土内の改善等々、目まぐるしい日々を過ごしていた。

本日は領民の結婚の承諾で、婚姻書の承認欄にサインをする。

「挙式は見られるのですか?」
「あぁ、一応最初だけでも顔を出そう」

リーシェと暮らし始めて数日が経過したが、食事は手が込んでいて美味しいし、部屋や庭は綺麗に手入れされているし、殺風景だった城内が住まいらしい様相をしていくのを見るのは楽しかった。

私の不手際には、立場が違えどもきちんと指摘してくれつつも、程よい距離感で接してくれているため、初めて誰かと一緒にいて心地よいと感じた。

それは恐らく、彼女がきちんと分別を持って接してくれているからだろう。

ただ、若い女性だというのに給金にも拘りなく、オーバーワーク気味であることは心配ではあるのだが。

(たまには息抜きさせねば。リーシェは自分に厳しく、頑張りすぎる)

自分の舞踏会用の衣装の刺繍をするため、ここのところ自室に籠りきりだったリーシェ。

せっかくの結婚式だ、気分転換に一緒に行くのはどうだろうかとリーシェを呼びに行こうとするのを、なぜかニールに止められる。

「どうした?」
「いや、あの娘を連れて行かなくても良いでしょう。まだ忙しくしているでしょうし」
「せっかくの結婚式だ、たくさんの人に祝福された方がいいだろう」
「それは、そうですが……」

ニールはリーシェとあまり気が合わないのだろうか、顔を合わせることすらしたがらない。リーシェは気にしていないようだから、ニールの一方的な嫌悪なのだろうが。

はたして何かこの2人の間のあったのだろうか、とクエリーシェルは頭を悩ませる。

実際は、自分のみが頼られていたはずの立場をリーシェに奪われ、さらに今なお彼女を信頼し、かつ全力で頼っているということによる嫉妬だなどとは露ほども気づかないのは、少々おのれのことに関して疎いクエリーシェルには仕方のないことではある。

「とにかく本人に聞いてみよう」
「……わかりました」

渋々と言った様子のニールを供だって、ずっと「業務以外は開けないでください」と言われていた客間のドアを叩く。そこはリーシェに充てがっていた部屋だった。

基本、最近は平常業務を終えるとそのままこの部屋に入り、ひたすら針仕事をしている毎日だったようだ。

(明日で期限である前日、そろそろ終わりも近い頃だろう)

「はい」
「私だ、入ってもいいか?」
「えぇ、あぁ、はい……」

気のない返事に、隣にいたニールが「ヴァンデッダ様に何ていう応対!」などと激昂している。それに気づかないフリをしてそのまま中に入る。

「進捗はどうだ?」
「もうすぐで、終わるかと……」

手元のヴェストを見ると、だいぶ仕上がってはいるようだった。進捗状況で言うと、あと半日で終わる、と言ったところだろうか。

「あとはここの部分のみか?」
「えぇ、そうです」
「なら、残りは私が引き継ごう。帰宅後に私が縫うので執務室へ置いておいてくれ」
「は!何を!ヴァンデッダ様がなさるようなことでは……!!」

ニールが焦っているのを尻目に、リーシェが「ですがケリー様、刺繍できます?」と訝しげに尋ねてくる。

「もちろん。このカーテンなどのほつれを直したのは私だし、縫い物は意外と得意なのだ」
「そうなんですね、意外です。では、お願いしてもよろしいでしょうか?私はタイの方に取り掛かるので」
「あぁ、そうしてくれ」

近くでまだニールが「ケリー様?!私もまだそんな風に呼んだことないのに」「まさかヴァンデッダ様にそんな特技があったとは」など独りごちているのをスルーする。

「ということで、今日これから結婚式があるのだが、気晴らしにどうだ?」
「結婚式?」
「領民の結婚式だ。せっかくの祝いだから私も少し顔見せするのだが、一緒にどうだ?」
「結婚式……」

普通、これくらいの年齢の女性であれば結婚式に憧れがありそうだが、リーシェはあまり表情は変わらず、何か考えごとをしているようだった。

「結婚式には出席したことがないので、粗相をしては申し訳ありません。ですから、私はこちらでお待ちしてます」
「ほら、本人もこう言っているじゃないですか!」

ニールが、鬼の首を取ったかのように嬉々としている。どうしても、リーシェには来て欲しくはないようだ。

(全く、ニールも困ったものだな)

とはいえ、ここで引いてしまって男2人で行ったところでつまらないだろう。というか、不自然だ。だから、私はあえてさらに畳み掛けることにした。

「経験がないなら今回を経験にすればいいだろう。何、本当に顔見せだけだ。祝辞を述べたら帰るのだから、一緒に来なさい。祝い事は人数が多ければ多いほどいい」

珍しくクエリーシェルに逃げ道を塞がれて、リーシェは「かしこまりました」と渋々頭を下げる。

「ちなみに、参列者用の服が手持ちでないのですが」
「だったら姉のを使えばいい。いくつか置いていたはずだ」
「ですが、勝手に袖を通すのは」
「気にする必要はない。年頃の娘がいたら着せ替えをしたいと言っていたくらいだから、大喜びで着て欲しがるさ。多分、流行り廃りなど関係ないものもあるだろうし、私が持ってくるよりも自分で選んだ方がよいだろう。姉さんの部屋はわかるか?」
「なんとなく」
「私は先に馬車などの支度をするので、それまでに着替えを済ませておいてくれ」
「はい」

リーシェは、縫いかけのヴェストを置くと、すぐさまスタスタと姉の部屋の方へと向かう。まだ来てさほど経っていないというのに、主要でない部屋もきちんと把握はしているようだった。

「ニール」
「はい!」

ぶつくさ言っていたニールに声をかけると、途端にシャキッと背筋を伸ばす彼に「馬車を用意しておいてくれ。あと花の手配も」と告げると、嬉しそうに彼は駆けていった。

(さぁ、私も支度をせねば)

シンプルだと言われてしまったが、今はこれしかないと手持ちの中でも上等なものを選び着替える。

自ら髪を適当に緩く結び用意を済ませると、クエリーシェルはリーシェの支度が終わるのを静かに待つのだった。
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