翠玉の魔女

鳥柄ささみ

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「で、一体何しに来たんですか」

ちゃっかり食卓の椅子に腰掛けちゃってるゴードンに、イミュが詰め寄っている。何度か魔法を使ったのか、室内の家具や壁がところどころ焦げ付いたり傷付いたりしている。

それなのに、ゴードンはどこ吹く風といった様子で、勝手に淹れたであろうお茶を飲んでいた。

「貴方には関係ないです。私はアリアに用があって来たのですから」
「私達は貴方に用はないです」
「あぁ、貴方が皇女のお気に入りの方ですね。貴方がいなくなったおかげでこちらも散々でしたよ」
「申し訳ありません」
「この男を連れて行くなら早く連れて行ってください」
「だから私はアリアに用事があると……」

目の前で繰り広げられるバトル?に、会話の中に入るのが躊躇わられる。仲がいいのか悪いのか、珍しくイミュとゴードンはよく喋っている。普段そこまで多弁ではない彼らの、貴重な姿といえば貴重な姿である。

(入りづらいなぁ……)

「おや、アリア。洗濯は終わりましたか?」
「え?あ、うん。終わったよ」
「では、私はアリアと話がありますので。席を外してください」
「はぁ?!」
「聞き分けのない使い魔ですね」

今にも噛みつきそうな勢いのイミュに、ゴードンがパンッと手を叩くと一瞬で姿を消すイミュ。一体何が起こったのか、とゴードンを見れば、「企業秘密です」と非常に愉快そうな笑みを浮かべて答えてくれた。

なんか、以前とはまた違った恐ろしさがあるのは気のせいだろうか。

「ということで、アレスでしたっけ?貴方も席を外していただきたい」
「差し出がましいようですが、彼女に無理矢理何かをするようなことがあれば、すぐさま参りますので」
「……そういうところ、本当に似てますねぇ」

意味深な発言をするゴードンを見つつ、アレスには「私は大丈夫だから」と退室を促す。

実際、多少なりともゴードンは以前に比べて魔力も上がっているし、複合魔法を身につけたのか魔障壁を破ってくるわ居場所がバレるわで散々ではあるものの、それでもまだ私の方が上回っていることはわかる。

(だから無理矢理連れ去るようなことはしないだろう、……きっと)

「さて、邪魔者はいなくなりました」

改めて私に向き直るゴードンは、以前の愁いを帯びていた雰囲気から、少しだけそれがなくなって内面の黒さが滲み出てきた気がする。相変わらず整った顔はしているけど。

「家出はどうでした?」
「家出って……そんな言い方しないで」

別にワガママで家出をしたわけじゃない。いや、子供のワガママなのだろうか。理由を告げずに出て行ったら誰だって……心配するはず?

いや、そもそもゴードンは心配してくれたのだろうか?私がいなくなって、お気に入りのオモチャがなくなってしまったことへの失望ではなかったのだろうか。答えが恐い。

「心配しましたよ。心配しないはずがないじゃないですか」
「勝手に読まないで」
「あからさまなことを考えてたら、誰にだってわかりますよ」

弱気になっていたからだろうか、言い当てられて面映ゆい。ゴードンが心配してくれていた、という事実が無性に嬉しいのは、まだ私が子供だからだろうか。

「それで?どうして急に私のところから逃げたんですか?」

正直に言って大丈夫なのだろうか。何て反応されるかが恐い。

「……バラゼルのこと」
「バラゼル?あぁ、隣国のことですね。それが?」
「それが?って……」

思わず絶句する。そんな、さして問題でもないだろうというような口ぶりに固まってみれば、ゴードンは頭を振ってみせた。

「すみません、私の悪い癖ですね。言い方がよくなかった。バラゼルのことで何か思うところがあったと」
「何か思うところって。国一国を滅ぼしたことがそんな簡単に言えることじゃないでしょう……っ!」

自分でもこんな大きな声が出るのか、と思うほど大きな声が出た。声が震える。珍しく声を荒げたせいか、ゴードンもとても驚いた表情をしていた。

「あぁ、まさか……すみません。私が過信していました。いや、過信し過ぎていたのか……」
「何を言って……」
「アリアは国を滅ぼしていませんよ」
「は、……え?何を言って……」
「その様子では、本当に記憶が書き換えられているようですね。すみません、これは私のミスです」

ゴードンの言っている意味がわからない。だって私はこの目で見たのだ、かの国が滅びるところを。いや、待て……なぜ見ることができたのだろう。私は王城にいて、それから儀式の間で魔法を発動させて……あれ?

私は魔力で遠隔魔法や複合魔法などで多彩なことはできるが、千里眼は持ち合わせてはいない。つまり、私が見たあの国が燃え、炭1つなくなってしまったあの情景が儀式の間からえるはずがない・・・・・・・のだ。

つまり、あれは……

「幻覚ですよ。正しくは、記憶の改竄ですね。それを我が国と隣国に在住、入国した人にやってみせました。普通はこんなことできないのですが、まぁ、私の計算した複合魔法とアリアの魔力があったからこそ成し遂げられたものですが。まさか記憶の改竄がアリア自身にもされていたのは計算外でした」
「じゃあ、バラゼルは?どうなってるの?」
「もちろん、国として残っていますよ。地図に記載されてますが、記憶改竄で見えない仕様になっています。今のアリアなら見えてないのかもしれませんね。……アリア?泣かないでください」

ゴードンに頬を触れられ、自分がそこで初めて泣いていることに気づいた。私は罪を犯してなかった、ゴードンは私に罪を犯させてなかった、その事実がわかって、感情が堰を切ったように湧き出す。

気づけばまるで幼子のように、わぁわぁと大きな声で嗚咽をあげながら泣いていた。

途中で、私の泣き声を聞いたアレスが部屋に飛び込んできたが、私の姿にギョッとして、剣を抜きかけるが、私が勝手に安心して泣いていることを告げると、ホッとした表情のあと温めたタオルを持ってきてくれる。

ゴードンはその間も優しく背中を撫でてくれ、私が泣き止むのを待ってくれた。

「アリアにはいらぬ誤解をさせてしまいましたね。また、いらぬ汚名も負わせることになってしまった。事実とは異なるとはいえ、王の難問をクリアするにはこれが最善の方法だと思ったのでそれを実行しましたが、まさかこんな弊害が出るとは」
「ううん、私が勝手に出て行ったから。ちゃんと話し合えていたらこんなことにはならなかったのかも」
「そうですね、でも……この一悶着のおかげで、色々と吹っ切るきっかけにもなりました」

目元を覆っていたタオルを外され、ゴードンと目が合う。その瞳はとても優しい色をしていた。

「私も城を逃げてきました」
「え?」
「貴女が言ったのですよ、『逃げればいい』と。なので今後ともずっと一緒にいますよ、アリア」

顔が熱くなる。また、ゴードンといられることが単純に嬉しい。再び泣きそうになるのを隠すため、タオルで目元を押さえる。

「撫でても?」
「ダメ」
「なら、抱き締めても?」
「ダメ」

羞恥で反抗するが、ゴードンはそのまま抱き締めてくる。まるで幼子をあやすように、ゴードンはいつまでも私を抱き締めてくれた。
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