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恋人

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 ラセル達二人は丸二日、潜伏しつつ巨大都市アーテムを東に移動していた。

 その間、ずっとミレーネはラセルの腕をとって歩きそれは傍目には恋人のように見えたかも知れない。

 宿屋で宿泊するにも、何も注文をつけないとダブルベッドの部屋に案内されてしまう。

 仕方ないので、その日はラセルはベッドの脇で眠ることになった。

「ラセル様、どうぞこちらで眠ってください」

 椅子で寝るというラセルを見かねたミレーネはラセルをベッドへ誘う。

 だが、そんな経験はもちろんないラセルは承知できなかった。

 男女が同じベッドに眠るなどということは……本物の恋人でもない限り犯罪ではないかと思っていたのだ。

「それはやめておくよ、ミレーネ」

「……そうですか」

 ラセルがあっさりと断るとミレーネは少し寂しそうに答えた。

「そうだよ、そういうのは……よくないと思うし」

 大体、一晩中いい香りのするミレーネの隣で眠っていたら自分が保てないのではないか?という疑念すらあった。

 ラセルはブルっと体を震わせて、その危険な考えを追い払う。

「それに僕はほとんど眠る必要がないんだ」

 事実、今のラセルは椅子に腰掛けて数十分眠るだけで事足りていた。

 オルドの工房ではそうやって修行を終えたのだ。

「あまり無理なさらないでくださいね、いつでもこちらへいらしてください……」

「ありがとう、気持ちだけで十分だよ」

 その後、ミレーネがベッドに服のまま横たわるとすぐに安らかな寝息を立てていた。

 ……余程気苦労があったのだろう。

 ラセルはミレーネに上掛けをかけてやり、自分も椅子で数分眠った。




「ラセル……ラセル……」

 夢の中でラセルは誰かに声をかけられて後ろを振り返る。

「リーナじゃないか」

 振り向くとリーナがいつになく優しそうな笑顔でラセルを呼んでいた。

 こんな笑顔を見たのはいつくらいだったかな?

 ラセルは古い記憶を掘り起こしながらリーナを見ていると、リーナはラセルの腕をとり抱きついてきた。

 いつになく優しい笑顔で抱きついてくるリーナからはいい香りがして、ラセルはドキドキしていた。

「あのね、あたし本当はずっとラセルの事が……」


 ふとそこで夢から覚めて異常音を察知した。


 カチャリ


 部屋のドアの鍵が外から解錠されノブがゆっくりと動いて音を立てているのが見える。

 超感覚をもつラセルからしたら扉の後ろに二名の夜盗がいるのすら簡単に察知できていた。


 それでゆっくりと回りつつあるノブを手で掴んで抑える。

 グッ…グッ

 扉の外から、急に動かなくなったノブを頑張って回そうとしている手応えがある。

「おい、早く開けろ」

 外にいるもう一人が焦り出して小声で囁いている。

「なんか……急に動かなくなった」

「馬鹿な、俺に代われ……あれ?うん?」

 少ししてまた、グッ…グッと手応えがある。

 それを聞いてラセルはクックと喉の奥で笑ってしまった。

 誰が手引をしたのかわからないが、外国人の旅人と見るとこういう事もされるのだ。

 ラセルは笑いながらも人間の世界の嫌な側面を垣間見た。


 しばらく頑張っていた夜盗はそれで諦めて帰っていった。

 ミレーネを振り返ると彼女は安らかな寝息を立てている。


 彼女を起こさずに済んだことに安堵して作業に入ることにした。


 取り敢えず休息は取れたので、隣の小部屋に移動してテーブルの上に折り畳まれた魔法陣の布を開く。

 そこで簡易的に錬成ができるのだ。

 昼に商店で買い込んだ錬成アイテムの素材を並べて早速錬成に入る。

 シューン……シューン……シューン……



 翌朝、窓のカーテンの隙間から日がさす頃にラセルはカーテンを豪快に開いて起床の挨拶をした。

 ガサー!

「お早う、ミレーネ」

「はわわ……お早うございますラセル様」

 ミレーネは半分寝ぼけた顔で眩しそうにしてラセルに答える。

 ふと自分が服のまま眠っていたことに気がついて、しまったという顔になった。

「すごく疲れていたようだね、ぐっすりと寝ていたよ」

「わ、私はいつも眠る時はお着替えいたしますのよ」

 寝顔を見られたと感じたミレーネは顔を真っ赤にして弁解していた。

 ミレーネは旅人というよりまだお姫様であった。

「だろうね、ご飯食べに行こうよ」

「あ、はい!」


 ラセル達は早々に宿を引き払いそのまま町の食事屋に入った。

 大都市は便利で、朝からいろんな店が開いていて旅人は全く困ることがない。

 そこで一軒の小綺麗な食事屋に入って朝食を摂ることにした。

 そこでも給仕をしていた店のおかみさんからは恋人扱いをされる。

「あ、いえ僕らはそう言うのではありませんから」

「へぇそうかねぇ」

 おかみさんは不思議そうな顔で、それでも笑って料理を運んでくれた。

「僕らってそんなに恋人に見れるのかな」

「そうかも知れませんわ」

 ラセルがそう言うと、ミレーネは嬉しそうに答えていた。

「おいしい!」

「ああ、そうだね……」

 それは普通の味の定食であったが、ミレーネはニコニコして喜んでいた。

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