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忠臣コザ・トラゴスの苦悩
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毛足の長い深紅の絨毯に、革張りのソファと磨かれた石のローテーブル。それから天井には見事なガラス細工の照明器具がぶら下がっている。
なるほど。調度品一つを取ってみても、そこらの宿よりもずっと高級感がある。
受付カウンターにはこれまた品の良さそうな初老の男性が立っていて、シオンが近づくと、深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「私シオン・アルクトスと申します。至急コザ・トラゴス殿にお取次ぎ願えませんか? 国元より言伝を預かって参った者です」
そう告げると、彼は少々お待ちくださいと言い置き、奥に消えていった。
老人の名前はソロから聞いたものだ。
城から飛び出した姫君の後を追ってやってきたという偏屈そうな老人。
初っ端から姫君の名を出したところであっさり通してもらえるとは思えなかったので、ひとまず彼を通すことにした。しばらくすると小さな老人が現れて、シオンの顔を見ると奇妙な顔つきになった。
「国元からの使者と聞いたが、はて、見慣れぬ顔じゃな。まあ良い、用件を申せ」
と言われても、実のところ言伝などない。
彼に繋いでもらうために適当にでっちあげた嘘なのだから。
シオンはその場で片膝をつき、西国式の礼の型をとって言う。
「まずは無礼をお詫びいたします、トラゴス殿。私は一介の旅人、使者ではございません」
「な、なに?」
「フェルディリカ王女殿下がこちらにご滞在であると聞き参上しましたが、こうでもしなければお目にかかることも叶わぬと考え、やむなくこのような偽りを申し上げました。どうぞお許しください」
「き、貴様、王家を愚弄するつもりか!?」
老人は憤慨し、わなわなと肩を震わせた。
「いいえ、決してそのような意図はございません。お怒りは御尤もですが……」
「ええい! 怪しいやつめ。この場にて縄を打ってくれる! 誰かー!」
偏屈な上に、短気で人の話を聞かないなこの人。
早くもうんざりする。
ソロはあんな風だからこの手のタイプとは相いれないだろうと思っていて、多分それは当たっている。だから同行を申し出てくれた時も断ったわけだが、これはソロがいてもいなくても、そう大きく変わらなかったかもしれない。
恐らく彼らも昨夜見かけた彼の部下なのだろう、数人の男達が螺旋状の階段を駆け下りてくる。
一人ならまだしも、複数相手となるとさすがに不利だ。
自慢じゃないが、腕っぷしには全く自信がない。
こうなれば最後の手段だ。
シオンは深く息を吸い込むと、声を張り上げた。
「姫君、フェルディリカ王女殿下!! 俺はディアの友人です、お話があって参りました!!」
「何をしておる、早く取り押さえんか!!」
男達に腕を捻られ、後ろ手に縄で縛られるが、シオンは抵抗しなかった。
ただ階上に向かって声を上げ続ける。
「ディアは姫君のことを心配しています! どうか話を……」
コザが黙らせろと男達に命じて、布をかまされる。
動きも声も封じられてなお、シオンは視線を揺るがさず、じっと二階を見据えていた。
そして、小走りに近づいてくる足音に確信する。
「何をしているのですか!?」
星の光を散りばめたような銀の髪と青玉の瞳。
昨夜の少女が階段の上に立って、老人らに咎めるように言った。
「姫様! 出てきてはなりません!」
コザが言うが、フェルディリカは構わず階段を降りてくる。
そして床に押し付けられ捕えられたシオンの近くまでやってくると、彼を離すように男達に命じた。シオンを捕えていた男達は困ったように顔を見合わせたが、結局フェルディリカの命に従った。
縄が解かれ、床から解放されるが、男達はシオンの傍から離れようとはしなかった。
少しでも妙な動きをすれば、すぐにまた取り押さえてやる。
そんな圧を感じる。
シオンは体を起こして、先程老人に対した時と同じように姫君の前で跪く。
フェルディリカが言った。
「失礼しました。あなたは昨夜の、ディアと一緒にいた方ですね?」
「姫様!」
すかさずコザの声が飛んでくるが、フェルディリカは険しい声で一喝する。
「少しの間黙っていてコザ! あなたはいつもひとの話を全く聞こうとしないんだから!」
「なんと、わしは姫様のことを心配しているからこそ、こうして口うるさく申し上げているのであって……」
「あなたの言うことばかり聞いていたら何もできないわ。いいから口を閉じていてちょうだい。わたくしはこの方に用があるのです」
自分よりもずっと年若い少女に叱られて、コザがショックを受けた顔で固まった。
場が静まり返り、それを待っていたかのようにシオンが言う。
「改めまして、フェルディリカ王女様。私の名はシオン・アルクトス、ディアの旅の仲間です」
「シオンさんですね。あなたのことは、ディアからお聞きしています。それで、わたくしにお話というのは」
「ディアから大方の事情はお聞きしました。僭越ながら私共を姫君に同行させていただけないかと思いまして」
「えっ」
「ディアは姫君の力になりたいと言っています。魔法の知識はありませんが、何かお役に立てることができればと」
コザが何か言いたげだったが、ぐっとこらえるのがわかった。
「いいのですか? あなた方は旅の途中なのでしょう?」
「目指す方角から全く逸れているわけではありませんし、まあちょっとした寄り道と思えば。旅にハプニングはつきものですしね。とはいえ、実際自分に何ができるかもわからない状態でこんなことを申し出るのは、少しばかり気が引けるんですけど」
「いいえ、とても心強いですわ」
フェルディリカは柔らかく微笑む。
巷ではラトメリアの宝石、南国の月などと謳われるだけあって、彼女の美しさは確かに人並み外れていた。だが、その笑顔はどちらかと言えば、風に揺れる野の花のような、春の陽射しのような素朴で温かみのあるものだと、シオンは思う。
「寧ろわたくしの方こそ、あなた方にはご迷惑をおかけしてばかりで、何もお返しできていないのが気がかりですわ」
フェルディリカが頬に掌を当て、嘆息する。
するとシオンが学校で発言する時のようにハイッと手を挙げた。
「それについて、一つお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「もし今回のことが無事解決したら、その時にはディアの旅を支援してあげてくれませんか?」
「ディアの?」
「はい。彼女は異世界に繋がる扉を探し、旅をしています。今のところ手がかりは民話に出てくる歌のみで、俺もできる限り助けになれたらと思っているのですが……いかんせん俺は東大陸の出で、アルバ族に関してはあまり詳しくないんですよね」
「あら、では城の書庫でお調べになりますか? アルバ族に関するものがあるかどうかはわかりませんが、古い書物や貴重な資料ならいくらか保管されていると思いますし」
「姫様!」
口を挟んだのは、主の傍に控えていたコザだ。
とうとう黙っているのに耐え切れなくなったらしい。
「城の車庫には秘文書だってあるのですぞ! 余所者を通すなどなりません! 大体このような怪しい連中を伴って姫様は何をなさるおつもりですか⁉︎ まさかまだ陛下のことを、お疑いになられているのではありますまいな!」
ノミのようにぴょんぴょんと飛び跳ねるコザに、フェルディリカは体ごと向き直る。
「あなただって気づいているのでしょう? お父様の様子がおかしいことに」
「確かに昨今の陛下の振る舞いには些か不可解な点もございますが……陛下は聡明なお方です、きっと何かお考えがあってのこと」
「では、お父様は一体何をお考えだというの? 長年城に仕えてくれていたヴァルロス大臣を牢に入れたり、魔法使いたちに暇を出したり……あげく戦の準備をしているだなどと」
「それは……陛下のお考えなどは我々下賤の輩には想像も及ばぬことで………ともかく! そのようなことを我々が案じる必要はないのです!」
「そうですかねー?」
場にそぐわない間延びした声が割り込んできて、フェルディリカとコザの論争が一時中断される。
「もしも姫君の仰る通り、何者かが陛下の心を魔法で操っているのだとしたらそれは陛下のご意志ではありません。それに黙って従うことは果たして忠義と言えるんでしょうか?」
シオンが立ち上がり、自分を囲む男達一人一人に目線を向けながら言う。
穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その目の奥には真摯な光を讃えていて、言葉には堂々とした迫力があった。
「失礼ながら国王陛下もひとりの人間です、時に判断を誤ることもあれば、悪意を持つ者に付け込まれることだってあるでしょう。そんな時、たとえ違和感を感じていても、陛下の仰ることだからと、あなた方は何もしないでいるつもりですか?」
コザの部下の男達はシオンの声に耳を傾け、うんうんと頷いている。
そうか。そうだよな。
なんて声が、男達の間であがる。
コザが頭の先から湯気でも出しそうな勢いで怒鳴った。
「お、お前達何を納得しとるんじゃ、こんな若造の言うことに耳を貸しおって!」
「でもトラゴス様」
「この人の言うこと間違ってるとは思えませんし」
「だよな」
「うん。確かにさ最近の陛下のご様子はおかしかったし、前は何て言うかさ、もっと気さくで……」
「そうそうおれたちみたい下っ端のことも考えてくださったり、労いの言葉を掛けてくださるような。なのに最近は何かこう」
男達は口を揃えて言う。
「変なんだよなあ」
「コザ」
怒りの為だろうか体を震わせるコザに、フェルディリカが言った。
深い青色の瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。
「あなたがどれだけお父様のことを、国のことを想ってくれているかは、わたくしもよく知っているつもりです。だからこそ、お願い。お父様を元に戻すために、どうか……いえ、協力してほしいなど言いません。ただわたくしの思うようにさせてください」
「姫様……」
フェルディリカは胸の前で両手をぎゅっと握り合わせる。
「トラゴス殿」
困惑するコザに呼びかけたのはシオンだ。
先程までとは打って変わって、声は重い。
「もう一つだけ。忠義を尽くすということは妄信することではありませんよ」
その言葉はコザの胸に深く突き刺さった。
どこか疑問を抱きながらも、敢えて見ないふりをしてきた。
それが正しいことのだと、そう思い込んでいた。
だが、鬱いだ表情のフェルディリカを、そして困惑する部下たちを見ていると、確かなものであったはずの信条が揺らぐ。
「あのートラゴス様」
「我々は一体どうしたらいいんでしょうね?」
「うるさいうるさい! いい大人が何を言うとるんじゃ! 何が正しくて間違っておるかくらい自分の頭で考えんか!」
部下たちに情けない様子に、コザが怒鳴る。
すると一人が目を丸くして言った。
「え、コザ様の指示に従わなくていいんですか? じゃあ俺は姫様を応援したいです」
「あ、オレも」
「そしたらおれも」
「お、お、お前達というやつは……!!」
そんなやりとりに、シオンは少しだけ笑ってから、フェルディリカに向けて言った。
「さて、姫君。俺は一度自分の宿に戻ります。ディアが疲れているようで今寝かせていますが、出発まであなた様も少し休まれた方が良いでしょう。顔色が良くないように見えます」
「あ、はい。出発は今日の夕刻、城から迎えが来ることになっています」
「ではそれまでに準備を整えて、こちらに二人を連れて参りますね」
「はい、お願いします」
フェルディリカは深く頭を下げる。
横目で見ていたコザは、だが何も言わずに床に視線を落としたのだった。
なるほど。調度品一つを取ってみても、そこらの宿よりもずっと高級感がある。
受付カウンターにはこれまた品の良さそうな初老の男性が立っていて、シオンが近づくと、深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「私シオン・アルクトスと申します。至急コザ・トラゴス殿にお取次ぎ願えませんか? 国元より言伝を預かって参った者です」
そう告げると、彼は少々お待ちくださいと言い置き、奥に消えていった。
老人の名前はソロから聞いたものだ。
城から飛び出した姫君の後を追ってやってきたという偏屈そうな老人。
初っ端から姫君の名を出したところであっさり通してもらえるとは思えなかったので、ひとまず彼を通すことにした。しばらくすると小さな老人が現れて、シオンの顔を見ると奇妙な顔つきになった。
「国元からの使者と聞いたが、はて、見慣れぬ顔じゃな。まあ良い、用件を申せ」
と言われても、実のところ言伝などない。
彼に繋いでもらうために適当にでっちあげた嘘なのだから。
シオンはその場で片膝をつき、西国式の礼の型をとって言う。
「まずは無礼をお詫びいたします、トラゴス殿。私は一介の旅人、使者ではございません」
「な、なに?」
「フェルディリカ王女殿下がこちらにご滞在であると聞き参上しましたが、こうでもしなければお目にかかることも叶わぬと考え、やむなくこのような偽りを申し上げました。どうぞお許しください」
「き、貴様、王家を愚弄するつもりか!?」
老人は憤慨し、わなわなと肩を震わせた。
「いいえ、決してそのような意図はございません。お怒りは御尤もですが……」
「ええい! 怪しいやつめ。この場にて縄を打ってくれる! 誰かー!」
偏屈な上に、短気で人の話を聞かないなこの人。
早くもうんざりする。
ソロはあんな風だからこの手のタイプとは相いれないだろうと思っていて、多分それは当たっている。だから同行を申し出てくれた時も断ったわけだが、これはソロがいてもいなくても、そう大きく変わらなかったかもしれない。
恐らく彼らも昨夜見かけた彼の部下なのだろう、数人の男達が螺旋状の階段を駆け下りてくる。
一人ならまだしも、複数相手となるとさすがに不利だ。
自慢じゃないが、腕っぷしには全く自信がない。
こうなれば最後の手段だ。
シオンは深く息を吸い込むと、声を張り上げた。
「姫君、フェルディリカ王女殿下!! 俺はディアの友人です、お話があって参りました!!」
「何をしておる、早く取り押さえんか!!」
男達に腕を捻られ、後ろ手に縄で縛られるが、シオンは抵抗しなかった。
ただ階上に向かって声を上げ続ける。
「ディアは姫君のことを心配しています! どうか話を……」
コザが黙らせろと男達に命じて、布をかまされる。
動きも声も封じられてなお、シオンは視線を揺るがさず、じっと二階を見据えていた。
そして、小走りに近づいてくる足音に確信する。
「何をしているのですか!?」
星の光を散りばめたような銀の髪と青玉の瞳。
昨夜の少女が階段の上に立って、老人らに咎めるように言った。
「姫様! 出てきてはなりません!」
コザが言うが、フェルディリカは構わず階段を降りてくる。
そして床に押し付けられ捕えられたシオンの近くまでやってくると、彼を離すように男達に命じた。シオンを捕えていた男達は困ったように顔を見合わせたが、結局フェルディリカの命に従った。
縄が解かれ、床から解放されるが、男達はシオンの傍から離れようとはしなかった。
少しでも妙な動きをすれば、すぐにまた取り押さえてやる。
そんな圧を感じる。
シオンは体を起こして、先程老人に対した時と同じように姫君の前で跪く。
フェルディリカが言った。
「失礼しました。あなたは昨夜の、ディアと一緒にいた方ですね?」
「姫様!」
すかさずコザの声が飛んでくるが、フェルディリカは険しい声で一喝する。
「少しの間黙っていてコザ! あなたはいつもひとの話を全く聞こうとしないんだから!」
「なんと、わしは姫様のことを心配しているからこそ、こうして口うるさく申し上げているのであって……」
「あなたの言うことばかり聞いていたら何もできないわ。いいから口を閉じていてちょうだい。わたくしはこの方に用があるのです」
自分よりもずっと年若い少女に叱られて、コザがショックを受けた顔で固まった。
場が静まり返り、それを待っていたかのようにシオンが言う。
「改めまして、フェルディリカ王女様。私の名はシオン・アルクトス、ディアの旅の仲間です」
「シオンさんですね。あなたのことは、ディアからお聞きしています。それで、わたくしにお話というのは」
「ディアから大方の事情はお聞きしました。僭越ながら私共を姫君に同行させていただけないかと思いまして」
「えっ」
「ディアは姫君の力になりたいと言っています。魔法の知識はありませんが、何かお役に立てることができればと」
コザが何か言いたげだったが、ぐっとこらえるのがわかった。
「いいのですか? あなた方は旅の途中なのでしょう?」
「目指す方角から全く逸れているわけではありませんし、まあちょっとした寄り道と思えば。旅にハプニングはつきものですしね。とはいえ、実際自分に何ができるかもわからない状態でこんなことを申し出るのは、少しばかり気が引けるんですけど」
「いいえ、とても心強いですわ」
フェルディリカは柔らかく微笑む。
巷ではラトメリアの宝石、南国の月などと謳われるだけあって、彼女の美しさは確かに人並み外れていた。だが、その笑顔はどちらかと言えば、風に揺れる野の花のような、春の陽射しのような素朴で温かみのあるものだと、シオンは思う。
「寧ろわたくしの方こそ、あなた方にはご迷惑をおかけしてばかりで、何もお返しできていないのが気がかりですわ」
フェルディリカが頬に掌を当て、嘆息する。
するとシオンが学校で発言する時のようにハイッと手を挙げた。
「それについて、一つお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「もし今回のことが無事解決したら、その時にはディアの旅を支援してあげてくれませんか?」
「ディアの?」
「はい。彼女は異世界に繋がる扉を探し、旅をしています。今のところ手がかりは民話に出てくる歌のみで、俺もできる限り助けになれたらと思っているのですが……いかんせん俺は東大陸の出で、アルバ族に関してはあまり詳しくないんですよね」
「あら、では城の書庫でお調べになりますか? アルバ族に関するものがあるかどうかはわかりませんが、古い書物や貴重な資料ならいくらか保管されていると思いますし」
「姫様!」
口を挟んだのは、主の傍に控えていたコザだ。
とうとう黙っているのに耐え切れなくなったらしい。
「城の車庫には秘文書だってあるのですぞ! 余所者を通すなどなりません! 大体このような怪しい連中を伴って姫様は何をなさるおつもりですか⁉︎ まさかまだ陛下のことを、お疑いになられているのではありますまいな!」
ノミのようにぴょんぴょんと飛び跳ねるコザに、フェルディリカは体ごと向き直る。
「あなただって気づいているのでしょう? お父様の様子がおかしいことに」
「確かに昨今の陛下の振る舞いには些か不可解な点もございますが……陛下は聡明なお方です、きっと何かお考えがあってのこと」
「では、お父様は一体何をお考えだというの? 長年城に仕えてくれていたヴァルロス大臣を牢に入れたり、魔法使いたちに暇を出したり……あげく戦の準備をしているだなどと」
「それは……陛下のお考えなどは我々下賤の輩には想像も及ばぬことで………ともかく! そのようなことを我々が案じる必要はないのです!」
「そうですかねー?」
場にそぐわない間延びした声が割り込んできて、フェルディリカとコザの論争が一時中断される。
「もしも姫君の仰る通り、何者かが陛下の心を魔法で操っているのだとしたらそれは陛下のご意志ではありません。それに黙って従うことは果たして忠義と言えるんでしょうか?」
シオンが立ち上がり、自分を囲む男達一人一人に目線を向けながら言う。
穏やかな笑みを浮かべてはいるが、その目の奥には真摯な光を讃えていて、言葉には堂々とした迫力があった。
「失礼ながら国王陛下もひとりの人間です、時に判断を誤ることもあれば、悪意を持つ者に付け込まれることだってあるでしょう。そんな時、たとえ違和感を感じていても、陛下の仰ることだからと、あなた方は何もしないでいるつもりですか?」
コザの部下の男達はシオンの声に耳を傾け、うんうんと頷いている。
そうか。そうだよな。
なんて声が、男達の間であがる。
コザが頭の先から湯気でも出しそうな勢いで怒鳴った。
「お、お前達何を納得しとるんじゃ、こんな若造の言うことに耳を貸しおって!」
「でもトラゴス様」
「この人の言うこと間違ってるとは思えませんし」
「だよな」
「うん。確かにさ最近の陛下のご様子はおかしかったし、前は何て言うかさ、もっと気さくで……」
「そうそうおれたちみたい下っ端のことも考えてくださったり、労いの言葉を掛けてくださるような。なのに最近は何かこう」
男達は口を揃えて言う。
「変なんだよなあ」
「コザ」
怒りの為だろうか体を震わせるコザに、フェルディリカが言った。
深い青色の瞳は少しだけ潤んでいるように見えた。
「あなたがどれだけお父様のことを、国のことを想ってくれているかは、わたくしもよく知っているつもりです。だからこそ、お願い。お父様を元に戻すために、どうか……いえ、協力してほしいなど言いません。ただわたくしの思うようにさせてください」
「姫様……」
フェルディリカは胸の前で両手をぎゅっと握り合わせる。
「トラゴス殿」
困惑するコザに呼びかけたのはシオンだ。
先程までとは打って変わって、声は重い。
「もう一つだけ。忠義を尽くすということは妄信することではありませんよ」
その言葉はコザの胸に深く突き刺さった。
どこか疑問を抱きながらも、敢えて見ないふりをしてきた。
それが正しいことのだと、そう思い込んでいた。
だが、鬱いだ表情のフェルディリカを、そして困惑する部下たちを見ていると、確かなものであったはずの信条が揺らぐ。
「あのートラゴス様」
「我々は一体どうしたらいいんでしょうね?」
「うるさいうるさい! いい大人が何を言うとるんじゃ! 何が正しくて間違っておるかくらい自分の頭で考えんか!」
部下たちに情けない様子に、コザが怒鳴る。
すると一人が目を丸くして言った。
「え、コザ様の指示に従わなくていいんですか? じゃあ俺は姫様を応援したいです」
「あ、オレも」
「そしたらおれも」
「お、お、お前達というやつは……!!」
そんなやりとりに、シオンは少しだけ笑ってから、フェルディリカに向けて言った。
「さて、姫君。俺は一度自分の宿に戻ります。ディアが疲れているようで今寝かせていますが、出発まであなた様も少し休まれた方が良いでしょう。顔色が良くないように見えます」
「あ、はい。出発は今日の夕刻、城から迎えが来ることになっています」
「ではそれまでに準備を整えて、こちらに二人を連れて参りますね」
「はい、お願いします」
フェルディリカは深く頭を下げる。
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