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第二章 その感情の名を知る
44、おもしれー男とおもしれー女が惹かれ合わない道理はない
しおりを挟む追加で注文するのはどのケーキにするか。
そんな事を話し合うリューイリーゼ達姉弟の声を聞きながら、ノイスは魔道具の起動を終えた。
「「……ふぅ」」
とりあえず、キリクと共にそんな息を吐いてしまう。
それは安堵なのか、聞くのを憚られる家族の会話を聞いてしまった気不味さ故なのか、微妙な所だった。
「……弟だったな」
ノイスがポツリと零した。
「確かに言われてみれば、リューイリーゼさんと目がそっくりでしたね」
「オレら、完全に無駄足だったな」
「無駄足でしたし、ただのお邪魔虫でしたね。しかも、それに女装や盗聴器まで使う念の入れよう」
「止めてくれ、オレ達馬鹿みたいじゃないか」
冷静に状況を思い返して、頭を抱える。
今まさに女装しているキリクに言う事ではないかもしれないが、相当に間抜けだ。
そう言い合って、沈黙する。
罪悪感が物凄かった。
会話の内容が気になりすぎて、切るに切れずに結局は最後まで聞いてしまったが、家族の聞いてはいけない会話を聞いてしまった。そんな後悔で一杯だ。
ヤケクソのような気分で、口の中にパイを放り込んだ。
木苺の甘酸っぱさとパイ生地のバターの風味が口に広がる。確かに評判になるのも頷ける美味しさだった。
──それにしても、だ。
「『本当は私じゃなくても良いのかもしれない』か……。無自覚って怖いなー……」
ポツリとそう呟く。
他者の感情の機微に聡い方であるノイスからしてみれば、ラームニードがリューイリーゼへと向ける感情は『特別』だという事は明白だ。
初めに「おや」と思ったのは、あのイシュレア・エルランダの事件の時だ。
ノアラという侍女がリューイリーゼの危機を知らせに来た時、ラームニードは自ら現場に駆け付け、思わず扉を蹴破る程の焦りを見せていた。
既にキリクをリューイリーゼの護衛に付けていたにも関わらず、あの焦りようだ。
もしリューイリーゼではなく、ノイス達が似たような目に遭ったとして、あそこまで必死になるだろうか。
(ま、性別違うし、曲がりなりにも騎士だから自分でどうとでも出来るから、前提自体違うけどさー)
キリクは、せっせと口の中にフォークで木苺パイを運びながら言う。
「……陛下はそもそも、どうでもいいと思ってる人間のデートなんかに興味は持たない方です」
「だよな。……リューイリーゼ嬢の方も割と満更でもなさそうなんだけどなぁ」
「え?」
キリクが、意外そうに目を丸くした。
「二人が話してるの思い出してみろよ。あんなに楽しそうなリューイリーゼ嬢、他で見た事ないし」
ラームニードはリューイリーゼの事を『面白い女』だと思って見ているが、恐らくはリューイリーゼの方もラームニードの事を『面白い男』だとして見ている。
互いに相手の事に対して強い興味を抱いている男女が、惹かれ合わない道理はない。
ノイスは確信めいた予感を感じていた。
何だか、とっても甘酸っぱい。
木苺よりも微かに感じるそれに、ソワソワと浮き足立つような気持ちにさせられる。
そこで、ふとした疑問が湧いた。
「……ていうか、あの人、本当にリューイリーゼ嬢がデートだったら、どうするつもりだったんだろう」
全てを飲み込んで祝福出来るのか。
(それとも、先王陛下達みたいに泥沼展開? うわ、怖っ……)
そうはならないと信じたいが、想像してしまった未来に思わず顔を引き攣らせる。
キリクも同じような事を考えたのか、フォークの手を止めて無言だ。
いや、違う。その視線は空っぽになった皿に向かっている。いつも冷静な瞳がどことなくしょぼんとしているような気さえする。
美味しいパイを食べ終えてしまい、どこか物足りないような気持ちになっているのかもしれなかった。
「──────あーもう、止めた止めた!」
途端に、考えるのが馬鹿らしくなった。
何故、自分がここまで真面目に考えなければならないのか。
ただでさえ取り扱いが難しい恋愛沙汰だ。
二人の関係がどうなるかなんて、ただの第三者であるノイスがぐだぐだと考えていても仕方がない。
「もうヤケだ。軍資金まだ余ってるんだろ? 何か追加注文しようぜ。折角流行りの店に来たんだし」
「……良いんですか?」
「いーのいーの。宰相閣下だってじゃんじゃん使えって言ってたんだろ。今日の特別手当みたいなものでしょ」
経費だから問題なし、と手を振ってみせれば、少し迷いを見せていた様子のキリクは結局、木苺のパイを選ぶ。
いつもラームニードに忠実なキリクだが、今回は流石に思うところがある上、パイを余程気に入ったようだ。
「……あと、個人的にリューイリーゼさんには菓子折りでも持って行きたいです」
「良いな! どうせなら皆にも何か土産でも買ってくか!」
この程度の金額でラームニードの懐が痛まないのは重々承知だが、こんな馬鹿みたいな任務に対してのせめてもの抗議と、正当な報酬だ。
せめて少しでも良い思いをしなければ、やってられない。
***
後日、リューイリーゼには王都で評判の有名店の菓子を贈った。
「ほんっとーにごめん」
「すいませんでした」
「……何の話です??」
そう真摯に頭を下げる二人の男に対し、リューイリーゼは終始困惑し切った様子だったのは言うまでもない。
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