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第一章 王様と呪い
26、嵐の前
しおりを挟む──明日、昼の鐘が鳴る頃、中庭広場の噴水前にて待っています。
謎の手紙を受け取ってしまったリューイリーゼは首を傾げた。
送り主の名前も、宛名も書いていない。用件すらも書いていないのだから、誘いの手紙としての用を成していないし、怪しすぎて行く気が全く起きない。
「……もしかして、私宛てじゃないのかも?」
そんなものを送ってくる相手も理由も思い浮かばないリューイリーゼは、単純に手紙を入れる部屋を間違えたのだろうと判断した。
明日噴水前で待ちぼうけするであろう手紙の送り主には悪いが、名前がかいていないので「部屋を間違えていますよ」と指摘してやる事も出来ない。
そういう訳で、放置する事にした。
待ち人が来なければ、何かが間違っていた事に気付くだろう。
しかし、その翌日。
前日と全く同じ文面のメモが挟まっていた。
「うーん、どうしよう」
リューイリーゼは困った。
どうやら、手紙の主は部屋を間違えていた事には思い至らなかったようだ。
弱ったリューイリーゼは、こんな手紙をドアに挟んでおく事にした。
『誰かと勘違いなさってますよ』
次の手紙の一番上には、大きく強調するようにこう書いてあった。
『リューイリーゼ・カルム。
明日こそ来なさい。絶対に!!』
どうやら、間違いなくリューイリーゼ宛てらしい。
もはや命令口調の手紙の主は、余程腹に据えかねているようだ。
そんな事を言われても、一向に名前も名乗らない、用件も言わないそちら側の手落ちでもあるのでは……?
身勝手すぎる送り主にリューイリーゼは、どうしたものかと考えた。
この謎の手紙の主は、何故ここまでリューイリーゼを呼び出したがっているのだろうか。
「……そうか、これが噂の押し売り……!!!」
考えに考えた結果、リューイリーゼが出した結論はそれだった。
そういえば、故郷から出て来る際に散々言われたものだ。「都会は怖い、騙されないように気を付けろ」と。
これはもしかして、怪しい壺を買わされたり、ただのガラス玉を宝石と偽って買わされたりするという恐怖の押し売りなのでは?
そう納得したリューイリーゼは、こんな返事を書いた。
『壺も宝石も要りません。間に合っています』
翌日、手紙は来なかったので、ようやくホッと息を吐いた。
──のも、束の間。
「あなた、どういうつもり!?」
出会い頭に怒鳴りつけられ、リューイリーゼは思わずキョトンとした。
見れば、一人の赤髪の女が酷く立腹した様子でこちらに近寄ってくる。
気の強そうな金色の猫目の、パッと目を引くような美人だ。お仕着せを着ていないところを見るに、侍女やメイドではなく、文官だろうか。
何の用だろうと、リューイリーゼは首を傾げた。
「どういうつもり、とは?」
「とぼけるのは止めたら? どうして無視するの!」
これはまさか、あの手紙の主か。
「あ、あの押し売りの……」
「誰が押し売りよ!」
「申し訳ありません。知らない人から怪しい壺などは買わないようにと、両親から強く言い含められておりますので」
「だから、売らないってば!!」
地団駄を踏みそうな勢いで憤る彼女と話していて、何となく思い出してきた事がある。
王付きになって早々、リューイリーゼは宰相からとある名簿を渡された。
所轄、要注意人物リストだ。
ラームニードと相性が著しく悪かったり、向こうが強引過ぎたりと、なるべく近寄らせない方がいい人物の名前と特徴がそこに明記してあった。
赤髪金目。
気が強く、自分の思う通りにする為には手段を選ばない。
(これが、イシュレア・エルランダ侯爵令嬢か……)
納得するのと同時に、ほんの少し緊張で身を固くする。
彼女の目的が、ラームニードに関する事だと察したのだ。
「……まあ、いいわ。あなた、ちょっと話があるの。付いていらっしゃい」
「お断りさせていただきます」
「ハァ!?」
丁重に断りを入れれば、イシュレアは予想していなかったように目を見開く。
「まず一点、私が働いている部署は物凄く人数が少ないのです。今も用事を済ませて急いで戻る途中です。話している時間的余裕はありません」
ただでさえ、最近キリクが何か新しい仕事を任されたらしく、ラームニードの側から離れる事が多くなった。
今もキリクが席を外しているため、ラームニードの側に付いているのは王付き騎士の二人だけだ。なるべくならば、呪いが発動する前に早めに戻りたい。
「そしてもう一点、他でもない国王陛下から『見知らぬ人には付いて行ってはいけない』と命ぜられているのです」
「なっ……」
「残念ながら、私とあなたは初対面ですので」
イシュレア自身は手紙においても、今この場においても名乗ってはいない。
リストを見たおかげで顔と名前が一致しているだけで、リューイリーゼにとってイシュレアは『顔も名前も知らない見知らぬ人物』と同等なのだ。
彼女が要注意人物だという事を抜きにしても、ホイホイと付いて行ったら確実にラームニードに叱られてしまう。
ならば自己紹介を、と言い出される前に、早口で続けた。
「フェルニスの太陽たる国王陛下のご命令に背くわけには参りません。勿論、あなたもご理解頂けるかと存じます」
身分差を盾にされて命令される前に、釘を刺す。
ラームニードからは「何かあれば俺の名前を出せ」と許可を貰っていた。手っ取り早くこの場を離れるために、有り難く王の威光を使わせてもらう事にする。
流石に王の命令に背けとは言えないのだろう。イシュレアは驚いたように口をパクパクと開け閉めしながら言う言葉を探している。
その内に、それでは失礼します、と頭を下げて、素早くその場から立ち去った。
(……何か面倒な事が起きる予感がする)
───そして、その予感は間違いではなかったのだ。
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