上 下
20 / 84
第一章 王様と呪い

20、彼の人は如何にして1ーラームニードとトロンジット

しおりを挟む


 ラームニード・ロエン・フェルニスは、第十代国王ニルレド・アウレン・フェルニスの第一子として生まれた。

 通常であれば、次代の王となる者として大切に育てられた事だろう。

 しかし、彼の幼少期は決して幸せなものではなかった。
 その原因となったのが、彼の母である王妃へレーニャだ。



「へレーニャ様は、実の子である筈の陛下……ラームニード様を疎んでいました」

 

 彼女はラームニードの顔を見る度に激しく口撃し、虐待に近い激しい教育を与えた。
 その苛烈さは、見る者が思わず目を背けてしまうほどだったという。
 

「どうしてですか? 王位継承権を持つ王子をそこまで虐げるだなんて、いくら王妃様でも……」
「先王陛下はへレーニャ様を心の底から愛してらっしゃいました。ですから、『次代の王を育てるためだ』と言われれば、強くは止められなかったのです」


 酷い話だ、とリューイリーゼは思った。
 愛する人に嫌われないために、子供の虐待を見過ごすだなんて、あってはならない事だ。



「そして、弟君であるトロンジット様が生まれてからは、事態は悪化する一方でした」



 へレーニャが第二王子であるトロンジットを溺愛する一方、ラームニードへの当たりは強くなっといった。
 
 些細な事に難癖をつけて体罰を与え、食事などに毒を盛ってラームニードが苦しむ様を楽しんで眺めた。
 その事に苦言を呈した者は、閑職に回されたり、王宮から遠ざけられた。

 そんな事が続いていると、権力者であるへレーニャに気に入られるために、自らラームニードを虐げる者まで現れる始末である。

 その頃になると前国王は病に臥せって寝込みがちになっていたため、ヘレーニャを止める事が出来る者はおらず、王宮内はラームニードにとっての敵で溢れていった。



「ラームニード様が他者からの悪意に聡いのは、恐らくこの時の経験によって培われたからでしょうね。そうならねば、危険から身を守る事が出来なかったのです」



 侍女長は努めて冷静な口調だったが、その青空を思い出させるような瞳には、確かな憤りが滲んで見えた。
 けれど、と侍女長がふと笑みを零す。


「そんな状況下でも、ラームニード様とトロンジット様の兄弟仲は決して悪くはなかったのですよ。なかなか会う事が難しくても、会えば楽しげに話してらっしゃいました。……まるで、普通の子供同士のように」
「……あまり想像がつきません」
「ふふ、そうでしょうね。……あの頃のように無邪気なお顔は、私もしばらく目にしていません」


 ラームニードは不器用ながらも弟を可愛がり、トロンジットは「あのような者と関わるな」と母に嗜められながらも、兄を慕った。
 母親の件さえなければ、二人はごく普通の仲が良い兄弟だったのだ。


「今にして思えば……陛下がああいう振る舞いを始めたのは、トロンジット様の為でもあったのでしょうね」
「トロンジット様の為、ですか」
「自分は王として相応しくないと周囲に吹聴しているかのようでした。ラームニード様は……トロンジット様にこそ、王となって頂きたかったのでしょう」

 
 そう懐かしむように目を細めた侍女長は、何故か悲しげに目を伏せる。
 なんだか、嫌な予感がした。


「リューイリーゼ、あなたは継承の儀については知っているかしら」
「次代の王を決める儀式だと聞いています。ピーリカの祝福に選ばれる王を定めるのだと」


 魔女ピーリカは、王国に大きな恩恵を齎した。

 ひとつは魔法。
 これによりフェルニス王国は発展し、大国と謳われるほどまでに国力を上げる事が出来た。

 もうひとつは守護の結界。
 王国全土を覆うそれにより、フェルニスの民は他国からの侵略に怯える事もなく、大きな災害に悩まされる事もなく、平和な暮らしを享受する事が出来ている。

 そして、それらを維持するために必要なのが、初代フェルニス王の血を引く者──すなわち、王族のいずれかがピーリカの祝福を受け継ぐ事だ。

【ピーリカの祝福】と呼ばれる魔法印は、宿主の右手の甲へと発現する。
 フェルニス王国ではそれこそが王の証だとして、親から子へ、そしてまたその子へと代々受け継がれてきた。

 
「今から四年前、継承の儀が執り行われようとする直前に、ラームニード様に毒が盛られるという事件が起こりました。そして、その犯人として捕まったのが……トロンジット様です」
 
 
 
 リューイリーゼは思わずハッと息を呑む。
 
 分かっていた。
 今現在ラームニードの側にトロンジットの存在が欠片もない以上、そういう可能性は高いだろうという事は。

 それでも、あんまりではないか。


「……そんな、どうして」
「トロンジット様が、へレーニャ様と前宰相であるロンドルフ公爵との間に生まれた不義の子だったからです」


 へレーニャとロンドルフ公爵は、幼い頃から密かに思い合っていた関係だったという。
 しかし、へレーニャはニルレド王の妻として望まれ、二人は引き裂かれてしまった。
 それ以来、へレーニャはニルレド王を、そしてその間に生まれたラームニードを強く憎むようになった。


「大切なのは、王が次代の王を選ぶのではなく、という事です。祝福は、から優先的に宿主を選びます。……つまり、王の実子であるラームニード様を差し置いて、トロンジット様が王太子として選ばれる可能性はなかったのです」


 へレーニャは何代も前に王女が降嫁した侯爵家の出で、ロンドルフ公はニルレド王の従兄弟にあたる存在である。
 その間に生まれたトロンジットの王族としての血は濃い方だとはいえ、優先されるのは王の実子である事だ。王族の血が流れているなら良いという訳ではない。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

貴方様の後悔など知りません。探さないで下さいませ。

ましろ
恋愛
「致しかねます」 「な!?」 「何故強姦魔の被害者探しを?見つけて如何なさるのです」 「勿論謝罪を!」 「それは貴方様の自己満足に過ぎませんよ」 今まで順風満帆だった侯爵令息オーガストはある罪を犯した。 ある令嬢に恋をし、失恋した翌朝。目覚めるとあからさまな事後の後。あれは夢ではなかったのか? 白い体、胸元のホクロ。暗めな髪色。『違います、お許し下さい』涙ながらに抵抗する声。覚えているのはそれだけ。だが……血痕あり。 私は誰を抱いたのだ? 泥酔して罪を犯した男と、それに巻き込まれる人々と、その恋の行方。 ★以前、無理矢理ネタを考えた時の別案。 幸せな始まりでは無いので苦手な方はそっ閉じでお願いします。 いつでもご都合主義。ゆるふわ設定です。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

【完結】番が見つかった恋人に今日も溺愛されてますっ…何故っ!?

ハリエニシダ・レン
恋愛
大好きな恋人に番が見つかった。 当然のごとく別れて、彼は私の事など綺麗さっぱり忘れて番といちゃいちゃ幸せに暮らし始める…… と思っていたのに…!?? 狼獣人×ウサギ獣人。 ※安心のR15仕様。 ----- 主人公サイドは切なくないのですが、番サイドがちょっと切なくなりました。予定外!

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです) hotランキング1位入りしました。ありがとうございます

四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。

千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。 ○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。

処理中です...