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2、彼女が『アホ係』になった訳
しおりを挟む「ここまで来たら、ハッキリと申し上げます。あなたには“王としての資質”が無いのではないかと、常々疑問視されていたのです。ご自分が陰でなんと揶揄されていたか、ご存知で?」
「……“麗しの君”とか、“あまりの美しさに、見ると目が潰れる系王子”とか?」
「自己評価が高すぎやしません?」
いや、確かに顔だけは良いんだけども。
心底呆れながら、正解を教えてやる事にする。
「正解は、“必要のない嵐を引き起こすアホ王子”です」
「嵐を引き起こすだと……!? 格好良いではないか!」
「そこじゃねーよ」
前後の文章を無視するな! アホって言われてるんだぞ、アルフォード!!
目を輝かせる王子……いや、もうアホでいいか。アホに、つい口調が乱れてしまう。淑女失敗。
とにかく、こういう所がアホ王子と呼ばれる所以なのだ。
人の話を聞かない。
聞いても、自分なりに曲解してしまう。
勘違いで暴走し、面倒くさい問題を引き起こす。
その最たるものが、例の“婚約破棄”だ。
私も、彼の側近も、何回も諭した。
婚約者がいる身で、他の女性と二人っきりになってはいけない。ましてや、男女としての触れ合いなど、以ての外だと。
いくら“学園内では、全ての生徒は平等に扱われるべき”という決まりはあっても、限度がある。
あなたはこの国の王子であり、それに相応しい行動を取らなければならないのだと。
しかし、彼は聞かなかった。
それどころか、忠言した私と側近を鼻で笑ったのだ。
『婚約者に相手にされない醜い女の嫉妬だろう、エルメリア! お前らも、モテないからと言って僻むのではない』
……もうね、この男どうしてくれようか、と何度思った事か。
彼の側近たちも態度では見せなかったが、目が明らかに死んでいた。
そんな彼らとの間には振り回された者同士として、いつしか仲間意識のようなものが芽生えている。何だか悲しいね。
「そんなアホでも、あなたのお父君とお母君はどうしてもあなたを王にしたかったのですよ」
長男だからか、それともバカな子ほど可愛いというのか。国王陛下と妃殿下は、どうしてもアホを王位に就かせる可能性を捨てなかった。
勉強だけは無駄に出来たし、人と関係する以外の単純な事務作業については何ら問題が無い事が、彼らの心の中にかすかな希望を抱かせてしまったのかもしれない。
当然、周りは反対した。
あのアホが王になったら、国が潰れる。
勘違いや思い込みによって内乱の種をいくらでも量産する上、怖くて外交になんか出せやしない。
三歳下の弟殿下は聡明で人柄も良く、勉強熱心と聞く。普通に考えれば、彼に王位を継がせるべきではないのか。
しかし、国王陛下たちはごねた。
施政者としては尊敬するに値する方々ではあるが、息子にはとことん甘いバカ親だったのだ。
その会議に出席していた、何事もはっきりくっきり言う事に定評があるバーンフラウト公爵──つまり私の父は、バッサリと切り捨てた。
『あのアホ王子を王位に就かせるくらいなら、そこらに売っているクマのぬいぐるみを玉座に置いた方がまだマシです。可愛いし、害が無いし』
彼と国王陛下は従兄弟同士で親交も深く、身内の不始末ともあって、その言い方にはいつも以上に遠慮が無い。
そして当然、その不敬にも程がある言い様を咎める者は誰もいなかった。むしろ「せやな」「分かる」と頷き合った。
国王陛下や王妃陛下ですら、居心地が悪そうに黙って視線を逸らすのみであった。
アホの起こした騒動の後始末に尽力しているのは、間違いなく父である。
ここ数年で急激に老けたあの人の苦労を思えば、誰も文句は言えなかったのだ。
あれが王になるなら辞職して隠居する、との声まで上がって、悩んだ王は条件をつける事にした。
第一王子が学院を卒業して成人するまで、正式な王太子を選ばない事。
そして、それまでに少しでもアルフォード王子を軌道修正する事。
「あなたの婚約者を決める際、それはもう揉めたのです」
「なるほど、俺の取り合いか。美しさは罪、という事だな」
「はっ倒しますよ。……ちょっと、しばらく黙って聞いていただけます?」
話が進まないし、イライラするから。
視線に込めた私の思いが通じたのか、黙ったアホにハァと息を吐いて、話を続ける。
「そうではありません。誰もがみんな押し付け合ったのです。こんな不良債権を自分の娘に背負わせるなど、お嫌でしょうから」
「不良債権って。君、俺を王族だとは思ってないだろう」
「じゃんけんで決めるか、くじ引きで決めるかで迷った挙句、彼らは思い直しました。ちゃんとアホの舵を取れるような相手じゃないと、ただ泥舟に乗り込んで沈むのを待つようなものだと」
「聞いているか?」
やはりというべきか、私の思いは届かなかったようで、黙って聞かないアホを無視して話し続ける。
アホの婚約者、またはお世話係──すなわち“アホ係”と命名されたその役職を担う令嬢の選定は、困難を極めて……なかった。
むしろ、ほぼ満場一致で決まってしまった。呆気なかった。
それが私──エルメリア・バーンフラウトだ。
「私に求められたのは、あなたの足りない部分を補うための社交力。加えて、あなたの失態を直接指摘し、反省や自重を促す事でした。つまりは、遠慮と忖度が無いツッコミ」
「遠慮と忖度が無いツッコミ」
「あなたが口うるさいと称したアレは、私の義務であり、業務の一環だったのです」
とてつもなく教育熱心な父から英才教育を施されている上、アホとは幼い頃からの付き合いでいくらか気心も知れている。
更に父に似て、貴族令嬢には珍しいはっきりくっきりと物を言うタイプ。
アホ王子を任せるのなら、エルメリア・バーンフラウトの他にはいないのではないか。
むしろ、彼女以外では無理だろう。彼女でダメだったら、もう諦める他ない。
そんな傍迷惑な信頼を抱かれ、私は婚約者にさせられた。
もはや婚約者というより、ただの生贄だ。
父も「娘の人生を犠牲にしたくない」と抵抗したらしいのだが、「身内の不始末は身内でどうにかしろ」と取り付く島が無かったらしい。
確かに、現在の国王陛下と血が近い家、尚且つ年頃の娘がいるのは我がバーンフラウト家のみではあるが、普通は子供の教育の失敗は親自身がどうにかするべきではないのだろうか。
何より、そのアホと同年代の親戚の娘に押し付けるだなんて、何を考えているんだ。
アホのために人生を犠牲にしろというのは、あまりに酷ではないのか。
そんな事をオブラートに包んで伝え、何とかお断りをしようと頑張ってはみたものの、王には土下座、王妃には泣き落としまでされては、流石に断る事も出来ない。
王族内では、現在土下座が流行しているのだろうか。そんな王族は物凄く嫌だ。
「ですが、あなたはそれでも止まらなかったではありませんか。私はあなたにとって、気取って、口うるさくて、役に立たない人間だったんでしょう」
私だって、一応努力はしたのだ。
アホの側近候補たちと連携し、何かしでかす気配を感じれば事前に潰し、実際にしでかしていたなら即刻止め、何が悪いのかを事細かく指摘した。
それでも、アホは止まらなかった。その結果が今である。
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