自動機械人形マリア

ネコート

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屋敷が呼ぶ②

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エミリオは息を荒らげながら、とある部屋へ向かう。それほど非力ではないとはいえ、人間一人担ぎながら走るにはさすがに限界があったが、ティエポロを置いていくわけにも行かない。
あの【マリア】の言いよう、まるで自分をあえて呼んだような感じであったのが気に掛る。ティエポロを使って誘い込むほどの何が……。取り憑いてるのが母親であれば娘の手紙が目的なのだろうか?
【マリア】は、やや支離滅裂な話し方ではあったが、会話は成立しそうなので、エミリオは何とか改心による浄霊を試みることを考えていた。できることなら本当の娘のいる本来の場所へ送ってあげたい。それにはなぜこうなってしまったか知る必要がある。
「ひぃぃ!」
担いでいるティエポロがいきなり暴れだしたため、担ぎ直しがてら振り返る…と。
「どうして私を避けますの?」
横向きの【マリア】の顔が眼前に現れた。少女の顔は歪み口が大きく開いてケタケタ笑っている。
エミリオは再度距離を取って聖水を撒き目的の部屋へ逃げ込むと、扉に鍵を掛けた。鍵など気休めでしかないが。
「少しは考える時間が欲しいもんだが…仕方ない。」
ティエポロを適当な場所に座らせ、急ぎ悪霊祓いエクソシズムの準備に取り掛かる。万が一改心させられなかった場合、祓うしか…ない。
様々な準備をし終えたエミリオはティエポロへ向き直った。
「これより【マリア】の中にいる者との交信を試みます。あなたには申し訳ないが、また利用されないために縄はそのままにさせてください。」
「わかった…」
青ざめた顔でティエポロが承諾した。
エミリオをはロザリオを握り目を閉じてその時を待った。

ギィ……

「ひっ!」
開いていくドアから少しずつ少女が見える。怯えるティエポロにエミリオは唇に指を当てて騒がないよう合図した。
「先生……娘の部屋になんの用かしら?」
スーッと音もなく宙に浮かんだまま【マリア】は部屋に入った。
「あなたがお探しの物をお渡しするのに相応しい場所はここだと思いまして。」
エミリオは懐から封筒を出す。【マリア】は封筒を凝視してゆらりと近付いてくる。
(やはり目的はこの手紙だったか。)
屋敷は拒ばない、の後にティエポロが漏らした『手紙を必ず持っていてください』という言葉。ティエポロの先程の証言によりこの言葉も操られて言った可能性が高いと推測できた。

【マリア】がある程度近付いた時、予め仕掛けていたテグス罠がピンと作動した。キリキリと【マリア】を絡めてゆく。【マリア】の動きが鈍ったところを急いでロープで縛り上げ、椅子に固定した。
「あらあら?これはどういうことかしら?これはマリアの身体だと言うのに。ピカード先生は酷いお人ですわね。」
縛られてることを意にも返していない様子が不気味だった。無理やり動く可能性を考え、身体に傷を付けないために初めに使ったテグスは切断し外した。相変わらずケタケタ笑っている【マリア】に構わず、拘束している椅子の周りにロウソクを立て火を灯す。
「それではご婦人。あなたのお名前を教えて頂けますか?」
聖書と聖水を片手にロザリオを掲げて【マリア】に語りかける。
「先生、これは一体なんの冗談ですの?早く解いてくださいな。私の名前はマリアでしょ?」
(そう来たか…)
「マリアさんはすでに天に召されました。もう一度聞きます。あなたは誰ですか?」
【マリア】は目を見開いたままケタケタ笑う。
「天に召された?いいえ、マリアはここにちゃんとおります。私がマリアを失ったあの日から神様に返してくださいとお願いしたら、ちゃんと願いが叶いましたの。」
「そうですか。それはこの手紙に書いてある自動機械人形オートマータの【マリア】のことですね?それで、あなたは本当は誰ですか?この手紙に誓って真実を話してはくれませんか?あなたもお読みになった通り、マリアさんはあなたがた両親の幸せを望んでいたのですよ?こんなことをしていては悪魔と同化してしまいかねない。教えてください。あなたのことを。」
【マリア】は少し考え、ぽつりぽつりと涙を零した。人形の機能なのか霊現象か区別がつかない。惑わされてはならない。エミリオは封筒を見せたまま様子を伺った。

「私は……もう……あの子の元へは行けない!」

その言葉を最後に【マリア】は頭をガクンと項垂れた。手応えは全然なかった。しかし当の【マリア】からは邪悪な気配はなくなっていた。額に聖水を付け祓いの言葉をかけたが、やはり手応えは感じない。ただ、【マリア】からは何か人間らしさが漂っているように感じる。母親が抜けたと確信して良いのだうか?
と、項垂れていた【マリア】がゆっくりと顔を上げた。エミリオは生唾を飲み飲む。様子をじっと眺めていたティエポロの恐怖がシヒシヒと伝わってくる。

『アナタハ誰?』

先程の滑らかな話し方ではない。やや片言に近いが幼い子供のような喋り方だ。まさか…
「私はピカード神父。君の名前を教えてくれないか?」
【マリア】はほんの少し首を傾げ
「ワタシハ、マリア。アナタハ、ピカード先生……ジャナイ?似テル。デモ違ウ人」

エミリオは感動した。本当に人間のように喋り、ピカードと名乗ってもジュリオとエミリオの区別がついている。作られた過程には思うところがあるが、今話しているのは『人』だ。
「マリア、私は君を…」
連れて行くと言おうとしたその時。

『ママ!ヤメテ!オ兄チャン、オジイチャン、危ナイ!』

【マリア】の悲鳴と共に部屋の家具がガタガタと揺れ始め、本や花瓶などがエミリオ目掛けて次々と飛んできた。
ポルターガイスト……。
母親は【マリア】に憑いていたのではないのか?まさか……この屋敷全体が?【マリア】はエントランスの絨毯のように動かされていただけだったのか。
『ママ!パパ、モ、センセイ、モ、モウ天国二イッタヨ。ママダッテ…マダ間二合ウノ。本当ノ、マリアガ待ッテル!ママ!』
凄まじい揺れと飛んでくる物に耐えながらエミリオは【マリア】の叫びにただ驚くばかりだった。この子は母親の霊が見えていて喋っている。そうとしか思えない。そして取り憑かれていた間も会話していたのだろう。
エミリオは意を決して【マリア】に語りかけた。
「君はお母さんが見えるんだね?」
『ウン、ベッドノ上デ窓ノ近ク。早クシナイト…悪イヤツガ…ママヲ!』
「マリア、残念だけど私には君のママも悪い奴も見えない。悪いヤツの形を教えて欲しい」
『牛ミタイナ顔デ角ト羽ガアル。契約ッテ話シテル』
母親は悪魔と契約しかけていた。娘を失った悲しみで我を失ったまま50年の歳月を彷徨い、今まで無事だったのが不思議なくらいだ。
このままでは母親は悪魔と同化してしまう。そんな事態になれば何が起こるか検討もつかない。
エミリオは苦肉の策を考え始めた。聖職者が悪魔を祓うために自身が何らかの契約をすることもある…。そうすれば母親は解放されるだろう。しかし…どんな代償があるか計り知れない。
エミリオは迷いを見せた。それを悪魔はしたり顔で見つけた。

「ババアの幽霊なんぞより神父の方が旨そうだ。ケケケ」

窓辺に転がっていたうさぎのヌイグルミが、エミリオの眼前にフワフワ近付き喋りだした。
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