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第32話

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ーー リーフ side ーー

陽が傾いたとはいえ、日が落ちるまでにはまだ少し余裕がある。湯を沸かして茶の用意をした。夕食は昼に用意しておいたシチューを温めて食べれば良いから、夕陽を見た後で構わない。

座りやすい岩の上に並んで座り、変わりゆく空の色を眺めながら茶を飲んだ。

「あのっ!」
「ん?」
「あの……、以前おっしゃっていた、プ、プロポーズみたいな言葉は、その……本気でしょうか?」

みたい、ではなくそのものだったのだが。……伝わっていなかったのか。いや、覚えていただけでも良しとするべきか。

「信じられないのか?」
「……はい。おれはこんな、なんの取り柄もないおっさんです。お側に居させてもらえるだけでも幸運すぎて倒れそうです。でも、夢だとも思えなくて……」
「ならば何度でも言おう。私の全てで愛を注ぐことを誓う。イーノ、どうか私の伴侶となって共に生きてくれ」
「伴侶……、ほ、本当に……? 本当におれなんかで良いんですか?」
「なんか、ではない。イーノでなくてはだめなんだ。返事は急がない、と言いたいところだがなるべく早く返事をしてくれると嬉しい」

良い歳をして情けないとは思うが、イーノが相手だとどうにも抑えが効かない。断られる気はしないが、万が一ということもある。万が一、断られたら……?

「リーフ様!? 急に震え出して、ど、どうしたんですか!!」
「い、いや、断られるのかもしれないと考えたら、不安になって……」
「断りません! は、伴侶に……、して、ください!」
「あぁっ!!」

感極まって抱きしめる。
腕の中の最愛の温もりに涙が溢れる。
私はこうも不安定だったのだろうか? まったく、なんて余裕のない。

「想像だけでこんなに動揺するなんて、みっともないな」
「みっともなくないです! ……おれが、ちゃんと返事をしないから……」

だが、寿命が違うのだから10年程度、待っても良いだろうに。うっかり断られて、誰かにとられる想像をしてしまったから……。

「リーフ様、このキレイな夕焼けを、また見に連れてきてくれますか?」
「もちろんだ。代替わりにはまだまだ時間がかかるから、あと50年は連れてくるよ」
「おれ、80歳じゃないですか。もう歩けなくなってるかも知れませんよ」
「ならば転移陣を研究しよう」
「難しいんでしょう!?」
「だが、それだけの価値はある」

イーノと過ごすこのひと時のためならば。
失われた古代魔法陣を復活させてみせよう。

忙しくなるかも知れないが、イーノが家で迎えてくれるなら、いくらでも頑張れるだろう。むしろ、楽しみだ。

「イーノが歩けなくなる前に、転移陣を完成させよう」
「じゃぁ、おれは元気に長生きして、リーフ様の研究期間を引き延ばしますね」
「そうしてくれ」

楽しく笑い合って、夕飯を食べに戻った。




ーー イーノ side ーー

プロポーズ!
伴侶!!
おれが、リーフ様の、伴侶!!

えへへへへ……。

幸せな食卓の味わい♡
コクトゥーラ様のシチューがさらに美味しくなった!!


食器の片付けを終えた頃、満月が顔を出した。いよいよだ。

少し離れたところから見ると、銀芙蓉ぎんふようの木は薄っすらと光っていた。特に蕾が明るい。厳かな雰囲気に思わず声をひそめてしまう。

( リーフ様、きれいですね )
(もう開くぞ。ほら、月の光の当たるほうだ)

一緒になって声をひそめてくれるリーフ様は優しいけど、耳元で囁かれたらゾクゾクしちゃって困る。だめだ、今は銀芙蓉に集中しなくては。

リーフ様の指差す先にある蕾は、すべすべした極上の布を摘まみ上げ、それから手を離したように、するりと花びらを解放した。ひとつ、またひとつと花芯を解放していく蕾たち。

神秘的なのにどこか官能的で、言葉も出ない。

リーフ様はずっとこれを見てきたのか。
そしておれに見せたいと思ってくれたのか。心が温かいもので満たされる。

「ふふふ……、イーノならきっと喜んでくれると思っていたよ」
「はい! とてもきれいで、神秘的です」
「……涙が溢れ落ちそうだ」


ちゅっ、って!!
目が潤んでいるのを見られ、唇で涙を吸い取られる。倒れない! 熱を出さない!! 厳かな月の光、淡く光る銀芙蓉、そしていつも美しいリーフ様。この光景を目に焼き付けなくては!

……あ、こんな時こそ『精霊の瞳』の出番じゃないか!!

「リーフ様、この魔道具で絵姿を残しても良いですか?」
「ガナドールの……? まぁ、いいだろう。交代で撮って、一緒にも撮ろう」
「はいっ!!」

『精霊の瞳』はボタンを押すか魔力を流すかで写真が撮れる。だからいい場所に置いて弱い魔力を飛ばせばリモコンになる。

リーフ様にお任せ!


リーフ様の説明によると、銀芙蓉の蜜は月の光を浴びて結晶となり、煌きながらさらさらと落ちてくる。それを風の魔法で受け止め、特別な箱に入れて持ち帰る。

1度発動したら魔力さえ注いでいれば魔力が切れるまで止まらない魔法らしい。よく分からないけど。

しばらくして蜜を出し切った花がはらりはらりと散っていく。よく見れば花は八重咲きで、内側はレースのようになっていた。拾ってまじまじと見たら手の上で溶けてしまった。

「は、花びらが溶けました!」
「そう、花はすぐに溶けてしまうんだ」

手のひらの上で溶けて茶色くなった花びら。イヤな感じだけど、甘い匂い……?

「こちらを舐めてごらん? 虫を呼ぶために糖分がたっぷり入っているんだ」
「……!? 甘い! おいしい!!」

まだ溶けていない花びらを渡され、口に入れると舌の上で蕩けた。

「とは言え、すぐに溶けてしまうし、苦味が出てきてしまうから持ち帰ることはできないんだ。下に落ちた蜜の結晶を運ばせるためのエサらしいのだが、実をつけないので何のために運ばせているのか、分かっていない」
「不思議ですね」

そんな話を聞きながら、月が沈むまで蜜を集め続けた。

蜜が落ちきると目の細かいふるいを取り出し、集めた蜜を選別する。細かすぎるものはこの場に落として虫に運ばせるのだそうだ。

夜が明ける。なんて美しい仕事だろう。
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