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主人として情けない姿を見せることになり誠に遺憾

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 ダールの散髪を終えた菫は、ひとしきりダールの短髪姿を楽しんだ後ダールと今後について話をしておくことにした。本当ならば満足するまでダールを三百六十度様々な方向から見たり色々な服を着せてファッションショーをしたりしたかったのだが、時間は有限であるしそもそもファッションショーする程の服がなかったので諦めたのである。
 今後のこと、と言っても菫にはこの世界のあれこれは当然のことながらさっぱり分からないので、当面はダールに頼り切りになること間違いなしなのが大変申し訳ないところだ。常識はさることながら魔法とやらも使えるかどうか分からないし、お金も残念ながら有限であるので、暫くは持つかもしれないがその内どう収入を得るかを考えなくてはならない。ダールの購入に五百エンペル、宿屋で四千五百エンペル、服屋で約二千エンペル、洋菓子店で四千エンペルの計約一万千エンペル使用している。元々菫が持っていたのは小銭も含めて十二万七百エンペル程度だったので、所持金は十一万エンペルを切っているのだ。洋菓子店で奮発をしてしまったこともあるが、一日一万エンペル使用していたら十日程で底をついてしまうだろう。
 社畜として生活の質等微塵も考えたことのなかった菫自身は最低限の生活が出来れば良いというスタンスであったが、今の菫には他でもないダールがいる。甘いものを食べて嬉しそうにしていたダールをもっと甘やかしたいし、美味しいものは出来るだけ食べさせたい。洋服も今は似たようなものを色違いで三着購入しただけだが、色んな洋服を着せて個人的に楽しみたいという欲もある。ダールが望むのであれば色んな場所に連れて行きたい(が、どちらかと言えばダールに案内してもらう形になってしまうだろう)。宿屋暮らしも悪くはないが、出来ることなら家も欲しい。夢のマイホームだ。現代日本人の菫としては、別に一戸建てでもマンションやアパートの一室でも構わないし、賃貸でも(金銭的に可能なら)購入でも良いのだが、腰を据えて落ち着ける場所が欲しいのである。また、どうやったら出来るかは分からないが、菫が自立できたそのときにはダールを奴隷から解放できるようにもしたい。冒険者資格を剥奪されているという話もあったので、ダールも収入を得る手段を考えなくてはならない。菫としては、ダールが主夫となって家で待っていてくれるのも大変素敵だと思うのだけれど、それは一番にダールの気持ちを優先しなければならない。まあ繰り返し接していくことで人は相手に好感を持ちやすいと言うし(単純接触効果だっただろうか)、その辺りは追々頑張っていけば良いだろう。頑張り方などてんで思い付かないが。
 つらつらとやりたいことを考え込んでしまったが、それらのために必要なのは、とにもかくにもやはりお金なのである。

「ダール、実はね、言っておかなきゃいけないことがあって」
「はい、なんでしょう」
「…お金がありません」
「……え、」

 菫の言葉に、ダールは一瞬で顔色を悪くした。菫としても(今更な気はするが)主人として情けない姿を見せることになり誠に遺憾である。本当ならばお金など気にせずもっと贅沢をさせてあげたかったのだけれども、お金を稼ぐ手段はダールに相談してみなければ分からない。何しろ、この世界において菫は大変無力なのである。何しろ宿屋一つまともに探すことが出来ないのだから。

「す、スミレ様、…お、俺は何も食べなくても良いですから、服なども不要ですから、だから…」

 おろおろとしながらそう言い募るダールを見て、菫はその慎ましさにとても切ない気持ちになった。菫としてはダールの食事を抜いたり服を与えなかったりすることはそれこそ自身の食費を削ってでも避けたいところではあるけれども、ダールのそれはきっと菫のために、というよりかは奴隷という身分故に、なのだろう。これ程までに(菫的には)見た目も性格も素敵な男が、ここまで自尊心を削られているとは。嘆かわしいことである。

「大丈夫。お金が尽きて今すぐ食べられないとか、そういう話じゃなくてね。ただ、当面は少しだけ節約しながら、仕事を探したいなって」
「…仕事、ですか」
「って言ってもすぐには見つからないだろうし、手持ちの売れそうなものを売って凌ごうかなと思ってるんだよね。珍しいものとかを売れる場所ってあるのかな」

 現金は十一万エンペルもないが、菫にはこの世界では珍しいであろう所持品がいくつかある。ヘアピンを売っても良いし、財布や鞄を売ってこの世界の安価なものに買い替えても良い。元々菫が着ていた服も生地としてはこの世界で買った服よりも上等に思えるので、古着とはいえ多少は値段がつくことだろう。多分。
 そこでふと、菫は所持品の細かい確認をしていなかったことを思い出した。もしかしたら、他にも高値で売れるものがあるかもしれない。この世界に来てしまった以上元の世界にいつ戻れるかなんて分からないし、戻った後のことは考えずにこの世界のお金を手に入れるべきだろう。ひとまずは今をなんとかすることが先決である。ダールに一言断って、菫は鞄の中身を確認することとした。







 鞄の中には、十一万エンペル程度入った財布、新品のメモ帳二つ、ハンカチ、ダールにも使っていたヘアピン、自分がこちらの世界に来たときに身に着けていたネックレス、玩具のようなカメラと思しき機械、万年筆五本、ガラス瓶に入ったクリーム、ポケットティッシュ(ただしビニールではなく布のティッシュ入れに入っている)六つが入っていた。菫は昨日の記憶を捻り出し、鞄の中に何が入っていたかを思い出す。
 新品のメモ帳二つ――これは記憶の中の形と大きく変わりはない。いきなり休日出勤になったのは良いが、会社で使っていたメモ帳を自宅に置いてきてしまったので、致し方なく百円ショップで買ったのだ。リング式の、二つセットのメモ帳を。菫が覚えている限りでは二つはビニール袋に入っていた筈だが、それはなくなっておりむき出しになっている。
 ハンカチ――これも、間違いなく菫の所持品だ。普段使いしているハンカチで、確か友達からプレゼントとして貰ったもの。白地で端にレースがついており、ワンポイントとして花柄の刺繍が施されている。御手洗い後に手を拭いたりはしたが、外見上汚れてはいないのでセーフだろう。きっと。ちょっと衛生面は気になるが。
 ヘアピン――は、言うまでもない。ダールの扱い方を見るに高価なものだと思われていそうなので、真っ先にお金に交換したい品である。
 ネックレス――もヘアピンと同様あまり高価なものではないイミテーションアクセサリーだが、ヘアピンが高く売れるのであればこちらも高く売れそうだ。デザインが好みで購入したが、特に思い入れがあるわけではないので売るのに抵抗はない。
 玩具のようなカメラと思しき機械――これは正直菫の所持品とは思えないが、円がエンペルに変わったように、菫の所持品で元の世界にしかないものがこの世界の似たようなものに変わったのだと考えれば、(消去法でいくと恐らく)スマホが変形したものだろう。唯一一致するのはサイズ感くらいだが。そして、レンズがありカメラのような形をしている割には、シャッターを切るボタンが見当たらない。一体何になってしまったのか。どうせだったら高く売れるものになってくれていたらありがたい。
 万年筆五本――こちらも菫の記憶にないものではあるが、似たようなものなら記憶にある。恐らく、メモ帳と同様に会社で使うために百円ショップで購入したボールペンだろう。五本組の、安いやつである。それが万年筆に変わるとは、ランクアップなのかランクダウンなのか。まあ、一本当たり二十円くらいだったものなので、あまり期待はしない方が良さそうだ。
 ガラス瓶に入ったクリーム――ガラス瓶には見覚えはないが、記憶の中の所持品と照らし合わせると恐らくハンドクリームだろう。会社でよく掃除などを任されて――押し付けられとも言う――いたので手が荒れやすく、しっとりタイプのハンドクリームを常に持ち歩いていた。この世界のハンドクリームと比べて質が高ければ、もしかしたら売れるかもしれない。
 ポケットティッシュ――これは、確か駅で配っていたのを断りきれず受け取ったものだ。一度に二つ渡してくる猛者がいたものだから、結果的に六つも受け取ることになってしまった。周りのビニールはなくなってしまっているが、代わりに布製のティッシュ入れに入っている。むき出しでなくて良かった。

 いざ確認してみると、大したものが入っていなくて泣きたくなる。せめて百円ショップでメモ帳とボールペン以外にもこの世界で高く売れそうなものを買っておけばよかった――とは思ったが、そもそもそのときは「この後異世界に行く」なんてことは微塵も考えていなかったので、致し方ない話である。
 そもそも、菫は休日にショッピングなどを楽しむつもりでいたのだ。持ち物が少ないのは当然だし、お金を下ろしていただけでも御の字と思わなくてはならない。


「ねえダール」
「なんでしょう、スミレ様」
「この中のどれが一番高く売れそうだと思う?」
「高く…、そうですね…」

 ダールは表情を真剣なものに変えると、菫の所持品をじっくりと凝視し始める。触ってはいけないとでも思っているのか、物には触れずにいろんな角度から見つめているようだ。真面目な顔をしているイケメンというのも大変絵になるな、と真剣に考えてくれているダールには申し訳ないことを考えながら、菫はダールの言葉を待った。

「髪留めや首飾りは、細工が美しく有名な意匠が作ったものでしょうから、高く売れると思います」

 やはり、ヘアピンとネックレスは高そうに見えるらしい。一番最初に売っていきたい品々だ。

「紙や万年筆等も、基本的には庶民は読み書きが出来ず使用者が貴族に限られるので、質にもよるとは思いますが安くはなさそうです」

 そう言って、ダールはメモ帳、万年筆、そしてティッシュを指さした。何故か分からないが、ティッシュも紙の一つとされたらしい。まあ、ちり紙とも言うくらいだしあながち間違いではないと思うが、使用用途が大きく異なる。ティッシュに何かを書こうとすればすぐにびりびりに破けてしまうので、もし用紙としてしか使われないのであれば売り物にはならないだろう。元々ティッシュはその辺で配っていた無料のものなので、大きな期待はしない方が良さそうだ。そもそもポケットティッシュを売るとか、正直詐欺みたいな感じがしてしまう。

「ハンカチも見るからに上質な布が使われていそうですし、刺繍も細かく綺麗です。恐らく高く売れると思います」

 ハンカチもプレゼントで貰っただけあってブランド品ではあるので、質は確かだろう。菫はあまりブランドなどに拘る性質ではなかったので、正直定価がいくらかは分からないが。

「こちらの瓶詰のものはなんでしょうか」
「あ、それね。多分、中身はハンドクリーム」
「多分…?……いえ、それより、ハンドクリーム?とは……」

 菫がハンドクリームについて説明すると、「軟膏のようなものでしょうか」とダールは首を傾げた。菫はあまり気にしたことがないので軟膏とハンドクリームの違いは正直分からないが、皮膚を保護するという意味では確かに同じかもしれない。軟膏の方がこの世界の人に伝わり易そうなので、軟膏として売り出した方が良いだろう。売る前には、本当に中身がハンドクリームのままなのかは確認しなくてはいけないが。
 ダールの説明によると、庶民は口伝で自家製の軟膏を作り使用しており、貴族は商店などから専用の軟膏を買い付けているらしい。庶民は水仕事が多く荒れやすいため、傷などを保護することに注視した軟膏を作っている。対して、貴族の令嬢などは美しい手を維持するために専用の軟膏を買う。つまり、菫の持っているハンドクリームが貴族向けの物だと判断されればある程度の金額で売れるが、庶民向けの物だと判断されれば売れないだろう、ということらしい。

「この魔道具のようなものは、見たことがないので正直分かりません。魔道具はかなり高価なので、本物の魔道具であれば売れるとは思うのですが。お役に立てず、申し訳ありません…」
「あ、ううん。ありがとう。十分助かったよ」

 どうやら、この世界には魔道具と呼ばれるものがあるらしい。菫の知る電気などで動く機械ではなく、魔法等で動くものが魔道具と呼ばれるのだろうか。スマホが上手いこと魔道具に変化してくれていると良いが、レプリカになってしまっているかもしれない。一度査定してもらいたいところだが、何も知らないまま売りに出せば買い叩かれてしまう可能性もあるので、使えるものかどうか分かるまで持っていた方が良いだろう。

 最後に鞄と財布についてもダールに聞いてみたが、どうやらダールは「今使っているものは売らないだろう」と思って確認していなかったらしい。今一度見てもらうと、菫の期待通り「かなり上等な皮を使い丈夫に作られているので、高く売れると思います」とお墨付きをもらうことが出来たのであった。





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