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3 妖女ゼフィス 復讐の始まり

ロスフォール大公と会見するゼフィス

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 ゼフィスは王立騎士養成学校『教練』から自宅に戻ろうとした。
が、馬車が途中で止められる。

窓から顔を出して伺うと、ロスフォール大公の懐刀と呼ばれる、刺客で護衛で執事の万能男、ラデュークが、御者に何か告げていた。



伝え終わると窓から顔を出してるゼフィスに視線を送り、にやり…と笑う。

はっきり言って、逞しくていい男。
しかも、態度はスマート。
黒髪に青い瞳。
何でも、「左の王家」の血を引いてるとか。
が、身分低い女中の子で、正式に息子として認められず、ロスフォール大公の、側近なんてやってるそうだ。

ゼフィスは、ふん!と顔を背け、背もたれに背を倒す。
いつも…ロスフォール大公に呼び出される時、彼がいる。
そして…屋敷内をゼフィスがウロつかないよう、帰りの馬車まで送り届ける。

大公の側近を味方に付けるつもりで、幾度も誘いをかけた。
が、毎度、憎たらしい程の余裕を見せて、こう言われる。

「もっと、上品に誘え。
直ぐ抱ける女は、低級娼婦同然だぞ」

どれだけ腹が立ったことか!

しかし…動き出した馬車が到着した先は、自宅とは比べものにならない程美しい邸宅。

それ程広くは無いけれど、白い外壁。
洒落た装飾。
手入れの行き届いた、美しい庭…。

「…大公邸では無いの?」

ゼフィスが尋ねると、ラデュークは馬から下りて、告げる。

「お前に用意された邸宅だ。
荷物も運び込んである。
これからは、ここを使えと、大公が」

「……………面会は…無し?」
「中でお待ちだ」

ゼフィスはそう言われた途端、邸宅に振り向く。

開いた、はきだし窓の向こう。
気品溢れる大公の姿が見えた。

窓から、室内に駆け込む。

大公は振り向き、整った顔を向けて言う。
「相変わらず、下品な女だな。
とりあえずは伯爵。
侯爵にするには…もう少し、教養と作法が身についてないと、無理だ」

ゼフィスは内心、憤った。

伯爵でも十分だと分かってた。
が。
今やエルベス大公を潰すのに、自分は無くてはならない存在。

「教養と作法?
それが身につけば…公爵も可能かしら?」

ロスフォール大公は、足元を見るゼフィスの提案に、冷たい瞳を向ける。

「…公爵にした所で…直ぐ、引きずり下ろされるぞ?
お前のような、ロクに宮廷を知らない女は、いいカモだ。
幾ら、したたかだろうが。
宮廷のタヌキ共は百戦錬磨。
どれ程注意しようが…簡単に罠にハマり、全てを巻き上げられる」

ゼフィスは唇を噛んだ。

ロスフォール大公は尚も畳みかける。
「どれだけ上品に見せても。
中身はケダモノと変わりない。
獲物と狙った相手を、滅ぼすまで食い尽くす。
侯爵程度で、我慢しておけ」

ゼフィスは言い返せず、大公の品の良い顔立ちの、無慈悲な瞳を見つめた。

「ともかく、ここで暫く体を休めろ。
命令は、お前が不在でも実行されているようだ。
が、あまり間を開けるな。
休息したら、頭領の元へ戻れ」

ゼフィスはつん。と顔を背けて、椅子に座る。
「お願いを、聞いて頂ける?」
「聞けるかどうかは、聞いてから返事する」
「…北領地[シェンダー・ラーデン]大公子息、ローランデに密偵をつけて欲しいの。
動向を探れるかしら?」

大公は振り向く。
「密偵程度なら。
が、暗殺指令は断るぞ。
北領地[シェンダー・ラーデン]大公子息と言えば、左将軍ですら一目置くほどの手練れ。
刺客10人に囲まれても、軽く捌く程の腕だ。
殺すとなると、左将軍か右将軍ほどの腕が要る」

その時、ラデュークが口を挟む。

「ローランデに惚れていると言われてる近衛新兵、ギュンターに舞踏会で振られて恥をかかされ、仕返しの道具に使うつもりなんですよ」

公爵は呆れ顔。
「ギュンターとか言う新兵は、確か貧乏貴族だそうだな?」

ラデュークは大公に告げる。
「ですが、左将軍補佐が友人。
「左の王家」ディングレーとも、同級生でかなり親しい様子」

「…諦めろ。
今はエルベス大公を滅ぼす事に集中しろ。
派手な事を起こせば、ヘタをすれば左将軍まで、敵に回すことになる」

けれどゼフィスは、ふん!と顔を背ける。

「嫌よ!
ギュンターだけは…何が何でも、葬り去ってやる!
でなきゃサスベスの元には、戻らないんだから!!!」

ラデュークが、ぼそり…と囁く。
「あまり、大公を怒らせるな。
…指令されたら俺が、お前を拷問にかける」

ゼフィスは一瞬、ぞっ…と背筋を凍らせた。

が、大公は言った。
「密偵程度なら、出してやる。
が、それ以上はエルベス大公家を滅してからだ」

ゼフィスはごくり…と唾を飲み込み、何とか頷いた。


大公とラデュークが帰った後。
歓喜で飛び上がりそうな素晴らしい邸宅の、豪奢なソファに腰を下ろし…。

ゼフィスはまだ、冷酷なロスフォール大公とその側近の恐怖から、覚めずに佇んだ。

が。
ふ…と、公爵がギュンター暗殺指令を、咎めなかった事を思い返す。

「(…いいわ…。
北領地[シェンダー・ラーデン]大公子息のローランデには…手は出すなと言う事なのよね?
けれどローランデの情報を駆使して、ギュンターの嫉妬や焦燥感を煽り出せば…。
もっとギュンターを、窮地に追い込むことは可能…。
毒で死にかけてるそうだから。
一押しすれば、お葬式かしら?)」

テーブルに置かれたベルを取り上げて、鳴らす。
程なく、召使いが姿を見せた。

「銀髪の、影の一族の…都住まいの部下らに。
この指輪を見せて、ギュンターの動向を探るように言いなさい。
毒で寝込んでるとはいえ、葬式はまだ。
回復するか葬式が出るかを、知りたいと。
そして私に逐一状況を知らせるようにと、そう伝えて」

召使いは、無言でごつい銅の指輪を受け取り、一礼して下がった。

扉が閉まると、ゼフィスはソファのオットマン(足乗せ)に足を乗せて、寛ぐ。

とりあえずは自分を見下す女達の前で、酷い恥をかかせたギュンターを、葬り去る日を想像し、思いっきり高笑った。

甲高い笑い声は、上品で趣味の良い美しい邸宅内に、不似合いに。

そして不気味にいつまでも、響き渡った。



 召使いはゼフィスから命を受けたものの、都住みの影の一族の所在地が分からず。
大公の懐刀、ラデュークに使者を送る。

間もなく、ラデュークかの使者が来ると
『ギュンターの周辺にはこちらから、密偵を送らせる』
と返答を貰い、溜飲を下げた。

ゼフィスから手渡された、ごつい銀の指輪をポケットから取り出し、眺め…。

それ程の価値はないが、そこそこの値はつくだろう…。

そう思いまた、ポケットへとしまい込んだ。
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