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1 タニアの切ない片思い

タニアを狙う会場中の身分高い男達を敵に回したギュンター

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 タニアはずっとギュンターと、踊っていたかったけれど…少し難しいステップの曲が流れ始めると、ギュンターは手を取って広間中央から去ろうと促す…。

タニアは夢の時間が終わってがっかりしたけれど、周囲の視線が…男性でさえも、ギュンターに注がれてるのに気づく。

横に並び歩くギュンターを見上げる。
彼はタニアを見ず、自分に痛いほどの視線を向ける青年の一人を、見つめ返しながら囁く。
「…流石、独身女では一番の大物と評判の美女だな。
あんたと三曲も踊ったから。
会場中の独身男が、俺を睨み付けてる」

タニアは興味なさげに囁く。
「たった三曲?
もっと、踊りたかったわ…」

ギュンターが、振り向く。
タニアはその男らしい美貌とそして、宝石のように美しい、紫の瞳が自分に注がれてるのに心躍ったけど。
ギュンターは真剣な表情で、早口で告げた。
「もっと踊ってたら腕に覚えの無い坊ちゃん集団はきっと、個別で刺客を雇い、揃って俺を殺せと命じるぞ?」

タニアは笑いかけたけど、ギュンターは真顔で言った。
「冗談、言ってないからな」

タニアはその言葉で、ギュンターに視線を送る青年らを見回した。
皆、不満げで敵意あふれる視線を、ギュンターに向けている。

「…ごめんなさい…」

タニアの素直な言葉に、ギュンターは態度を和らげて囁く。
「…あんたとは到底結婚なんて出来ない身分の俺だし、俺の方もそのつもりが全然無いから、対策を考えないと」

その言葉でタニアの心にぶっとい短剣が、ぐさっ!と突き刺さったのに、ギュンターは構わず続ける。
「…ああ丁度良い。
俺よりもっと、男に嫉妬される男が居る。
しかも王族だから、簡単に暗殺される心配も無い」

タニアは誰の事を言ってるのか。
と見回した。
真っ直ぐの黒髪を背に流す、男の後ろ姿が目にとまり、ギュンターがそちらに行こうとするのに気づく。

「さっきはとっとと、逃げたな」
突然背後からギュンターに声かけられた…超絶格好いい「左の王家」のディングレーは…。

その声に、口に運んだ飲み物を一気に前屈みで、ぶっ!と吐いた。

犯人のギュンターもタニアもが、自分の吹いた酒で胸を汚す、格好いいはずの王族の男を、無言で見つめる。
「…………………」

けどディングレーの横にいた、普通なら長身に思えるのにもっと背の高いディングレーとギュンターが寄ると小柄に見える、栗毛の柔らかい雰囲気の青年だけが。
慌ててハンケチで、ディングレーの胸に零れた酒を拭き始める。



「…王族のくせに、舞踏会なんかでこんな目立つとこ汚して帰ったら。
お前んとこの執事が、卒倒するぞ!」
ディングレーは親切に拭かれてると言うのに、怒鳴り返してた。
「絶対!チクるな!
あいつには威厳あふれる態度で通したと。
そう言っとけ!」

栗毛の青年はディングレーの胸をそれでもハンケチで拭いていたけど、とうとう怒って長身で迫力の体躯の王族、ディングレーに怒鳴り返す。
「じゃあみっともなく、こんなとこに酒吹くな!」
けどディングレーは、背後から声かけたギュンターに腕を突き出して指さし、怒鳴り返す。
「こいつが突然声かけたせいだ!!!」

ギュンターもだけど。
タニアもギュンターの横で、ギュンターの顔に突き刺さらんばかりのディングレーの揺れる、人指し指を見つめ続けた。

タニアがギュンターを見上げると。
ギュンターは素晴らしい美貌の無表情で囁く。
「…だってあんたの、結婚第一候補を俺に押しつけ、逃げたと自覚があって後ろめたいから。
吹いたんだろう?」

タニアは今度は、ディングレーを見る。
どうやら図星らしく、ディングレーはわなわな震いながらも、言葉が詰まって言い返せない。

ギュンターは直ぐ、やっと拭き終わって顔を上げかけた、栗毛の青年に話しかける。
「知恵を貸してくれ。ローフィス。
「右の王家」の御姫様でフォルデモルドが絡んで困ってたんで助けたんだが。
ディングレーに押しつけられて、一緒に三曲踊っただけで、会場中の独身男を敵に回した」

タニアは簡潔すぎる説明に、意味が通じるのかしら。
と栗毛の青年を見つめた。
青い瞳の、凄く爽やかな好男子で、態度も柔らかそう。

けれど彼はギュンターに話しかけられた途端、周囲を見回して、意見を述べる。
「…お前の顔、ただでさえ目立つしな。
きっと、軟弱な色男が御姫様をたぶらかしたと思われてる」

今度、タニアはギュンターを見た。
ギュンターは真顔でつぶやいた。
「…やっぱ遠慮せず、フォルデモルドの顔に拳を一発思い切り、叩き込んどくべきだったかな?
あの巨体を殴り倒したとあらば、軟弱にもう、絶対見られない」

ディングレーはローフィスと呼ばれた栗毛の青年の手から、ハンケチをひったくって胸に残る染みを拭き取りながら、低い声で告げた。
「それしたら幾ら左将軍のディアヴォロスでも。
お前の処罰を検討しなきゃ成らない。
間違いなく、過剰防衛だ」

タニアはギュンターが処罰される事を思って、心配げに見つめたというのに。
ギュンターときたら相変わらずの無表情で、素っ気無く言い返す。
「だが、会場中の身分高い金持ち坊ちゃんに揃って、刺客を差し向けられずに済む」

タニアが見てると。
ギュンターの返答に、ディングレーもローフィスも、ため息吐いていた。

タニアは言えたはずだった。
“ご迷惑、おかけしてるようですから。
護衛は王族の親戚達に頼んで、あなた方にこれ以上のお手間は取らせませんわ”

でも…。
横に並び立ってくれてる、ギュンターから離れたくなかった。

けど。
ローフィスは言った。
「次にお前(ディングレー)と踊れば?
奴に向いた殺気は拡散される」

言われた途端、ディングレーは沸騰したように怒鳴り返す。
「…だから俺のとこに彼女との見合い話が来てるんだ!
こんなとこで踊ったら、親達は万歳して一気に結婚話を進める!
どう見たってタニアは俺に惚れてないし!
俺だってもっと、遊びたい!」

場は一気に静まり返り、沈黙に包まれた。

が、ディングレーはギュンターに押しつけたと、自覚があったのか。
沈黙の中唯一、口を開く。

「…分かった。
踊る。
が、その前(ローフィス)にお前にキスさせてくれ」

タニアは目を見開いた。
話の流れからいって、どうしても真剣に聞こえたけど。
やっぱり冗談かしら?
と隣のギュンターを見上げた。
が、ギュンターは取り澄ました美貌のままの、無表情。

それでタニアは仕方無く、言われたローフィスに視線を向ける。

ローフィスも、無表情だったけど声にだけは怒りを滲ませて、言い返してた。
「…俺じゃなく、ギュンターにすればもっと効果的だ。
お前が惚れてるギュンターに彼女を託されて、仕方無く引き受けて踊ってる風に見える」

タニアはそれでようやく、ディングレーの意図が分かった。
意に沿わない結婚話を水に流すために。
女には興味無く、男に夢中になってる事に、したいらしい…。

“けどムダじゃないかしら?
一族のアレッサンナが他のお年頃の、ディングレー様に焦がれてる女性らを牽制するために、彼とベットインした事、一族中に言いふらしてるのに”

でもその時。
タニアは心配になってギュンターをまた、見上げた。

“まさか本当に…ギュンター、ディングレー様とキスなさるのかしら?”

見つめるものの…でもやっぱり、ギュンターってば取り澄ました美貌で、無表情………。

表情から感情が読み取れず、タニアがため息を吐きかけた矢先、ギュンターがぼそり。と声を発する。

「キスしてもいいが。
俺に出来るのか?お前が?
…この場でどうしても必要なら、俺の方から襲ってやってもいいぞ?」

タニアはその返答にぎょっ!としたし。
ディングレーに至っては、総毛立って怒鳴ってる。
「…どうしてそう簡単に、俺を襲えるとか言える!
お前絶対、頭おかしいぞ!」

けどギュンターは取り澄ました美貌のまま、素っ気無く答える。
「だって暗殺される事考えたら、お前とキスなんて罰ゲームの範疇はんちゅうで、何千倍もマシだ」

栗毛の爽やかな好青年、ローフィスのため息が聞こえて、タニアはそちらに振り向く。

「…罰ゲーム程度の感情移入で。
お前に殺気送ってる男らが納得するか?
せいぜい熱烈に口づけないと」

タニアが見てると、ディングレーは尚一層青ざめていて。
ギュンターはため息を吐く。
「…男とキスなんて別に平気だが。
ディングレーに惚れたふりは…難しすぎる」

ディングレーはそれを聞いて、頷きながら声を発する。
「………当然だ。
どうして吐き気がしないのかが唯一、疑問だ」

ギュンターは少し目を見開く。
「あんた、酔っ払って正体無いと平気で男とキス出来るのに、それを言うのか?」

タニアはディングレーが、もっと青ざめるのを見た。

「…俺…酔ってるとそんな事平気でしてるのか?」

小声で、震えていて。
普段だったらこんな立派で男らしくて格好いい王族の男が…。
って、笑える場面だったけど。

タニアはギュンターとローフィスが揃って無言で頷いてるのを見て、笑うのを控えた。
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