上 下
21 / 30

帰り道 8

しおりを挟む

 ローランデが扉を開けると、ギュンターは長椅子に横たわり、開け放った窓辺からカーテンを揺らす風に黄金の前髪を微かに、揺らしていた。

眠っているのか?
そう思いローランデはそっ、と横に付く。

顔を背けていたギュンターの腕が動く。

どさっ!

腰を抱かれて彼の上に抱き寄せられ、ふいに唇を、塞がれた。

熱い唇が唇をなぞり、情熱的に押しつけられ、そしてそっ…と、離される。

ギュンターが顔を、離すとローランデの眉は切なげに寄っていて、その愛しい青い瞳が自分をじっ…と……。

じっと見つめていて、ギュンターは一気に自分を制した堰が切れて熱情が吹き出すのを感じ、ローランデを抱きしめ唇を押し当て、身を起こしそのままローランデの体を自分の下へと押し倒す。

上から…腕の中の無防備で、抗わないローランデを見下ろす。

あんまり…見つめ返す彼が愛おしくて、ギュンターはもう、我慢出来ずにそのまま彼を抱きたかった。

が、ここはまだ北領地[シェンダー・ラーデン]………。

それに、抱いちまったら演技のヘタなローランデは絶対どこかでボロを出す。

さっきの、セルダンの疑惑を打ち消す為にした演技の大変さを思い出し、ギュンターは顔を横に振り、必死で自分を制した。

が、ローランデが囁く。
「…私が…欲しいんじゃないのか………?」

その言い方が自分の身を差し出すようで…ギュンターは顔を俯け、掠れた声音で囁いた。

「…やっと…抑えてるんだ。
挑発するな………」

「……っ………」

声ともつかぬローランデの呻きに、ギュンターは切なげに、自分の身の下に居るローランデに視線を投げた。

「欲しく無い訳無い。だが…………」

ローランデは気づき横を向き…そして言った。
「私だったな…。
大公子息は男といちゃついたりしないと…そう、言ったのは」

そして無言で、身を起こす。
ギュンターは自分の腕から身を離す、ローランデを俯いて行かせた。

解っていた筈だが…腕の中にあった宝物がすり抜けて行ったようで寒々とし、いきなり自分が幸福に見放された気分に成って、泣き出しそうに成り、ギュンターは思い切り、動揺した。

が泣き出す訳に行かず、ローランデに囁く。
「夕飯は、ご馳走か?」

戸口に歩くローランデが、振り向く。
「ここの料理人の、腕が確かなら、そうだ」

ギュンターは無言で頷き、閉まる扉の音で、寝椅子に崩れ落ちた。
「…俺はどうかしてる………」

心の中で、呟いたつもりだったが、口走ってた。
ローランデに惚れてから、自分が自分じゃない。
制御不可能で、感情がぶっ飛んでいる。

自分が大声で泣き出しそうで、必死で堪えた。
真冬、飢えに飢えてた所にまたやって来た盗賊共に…最後の食料を、目前で奪い取られた時以来だった。

泣き喚き
「盗らないでくれ!
弟たちはまだ小さい!
みんな腹を、空かしてるんだ!!!」

そう…叫んで盗賊に飛びかかりたいのを…必死で堪えた。
…それをしていたら今ここに居ず…斬られて一太刀で、死んでいただろう………。

でも喚きたかった。
あまりにも空腹で…大声で叫び…泣き出したかった………。

あの時我慢して以来…自分の感情はどっかぶっ壊れ、表情に出すのが極端に、下手に成った。

いつも、感情が顔に出ない。と言われる。

でも今は泣いても…夕食までに目の腫れくらいは引くだろう………。
無理に抑え、我慢しなくていい………。

が泣きたかったのに…泣けなかった。
もし泣いたら…ローランデが自分から去って行く事を容認しそうで…それが怖くて、泣けなかった。

彼をどんな事をしても、失いたく無い。
頑固な思いが自分の中で枷と成って涙を、堰き止める。

でも、泣きたかった。
自分でも、解ってた。

本心は彼に剣等振らず腕に抱いて口づけ、皆に彼は俺のものだ!ときっぱり言ってやりたかった。

…が自分の感情よりも…それよりも、無防備で傷つきやすい彼を、護ってやりたかった。

自分でそうした。
それを、選んだ。

解っていた。
けど…………。

感情はそれで、納得しやしない。

今更ながらに、思い知る。
ローランデは恋する相手にしとくのは、ヤバ過ぎる相手だと。

高貴で美しく、汚れない聖人のように多くの者に、崇め奉られている。

彼を汚したのは自分で………けど、今なら引き返せる。
彼も…自分も。

彼は自分が抱かなかったら男を忘れ………本来の…女性が好きな男に戻るだろう………。

自分を求める相手は山程居る。
ローランデ程…厄介で大変じゃない相手と、楽しく恋に落ちればいい……………。


でも、無理だった。
誰ならローランデと居る以上の幸福感で、自分を満たしてくれるだろう?

まるでその聖なる花は、危険で手の届かない場所に、有れば有る程それを手にした時、その価値の素晴らしさを思い知らされる…。

手に…出来ればただそれだけで幸福で、命を投げ打ってもその価値があると…毎度…決まって必ず思い知る。

そうして結局…ギュンターは泣けなかった。

激しい衝動が去ると、ギュンターは自分の弱さにがっかりした。
こんなに脆い男だと、自分でも知らなかった。

だが同時に、天上の、孤高の花を盗み採る男はもっと…鋼のようにもっと強く無ければ、奪い取るには相応しく無いのだと、心の声が囁く。

吐息を、吐き出す。
そうするつもりは無かったが、ギュンターは心の中で呟いた。
“もっと…か…………”

決意、するつもりも無く決めていた。

もっと…ローランデを、摘み取るに相応しい強い男に成ろう。
そんな風に…………。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

推しに監禁され、襲われました

天災
BL
 押しをストーカーしただけなのに…

『ユキレラ』義妹に結婚寸前の彼氏を寝取られたど田舎者のオレが、泣きながら王都に出てきて運命を見つけたかもな話

真義あさひ
BL
尽くし男の永遠の片想い話。でも幸福。 ど田舎村出身の青年ユキレラは、結婚を翌月に控えた彼氏を義妹アデラに寝取られた。 確かにユキレラの物を何でも欲しがる妹だったが、まさかの婚約者まで奪われてはさすがに許せない。 絶縁状を叩きつけたその足でど田舎村を飛び出したユキレラは、王都を目指す。 そして夢いっぱいでやってきた王都に到着当日、酒場で安い酒を飲み過ぎて気づいたら翌朝、同じ寝台の中には裸の美少年が。 「えっ、嘘……これもしかして未成年じゃ……?」 冷や汗ダラダラでパニクっていたユキレラの前で、今まさに美少年が眠りから目覚めようとしていた。 ※「王弟カズンの冒険前夜」の番外編、「家出少年ルシウスNEXT」の続編 「異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ」のメインキャラたちの子孫が主人公です

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

エレベーターで一緒になった男の子がやけにモジモジしているので

こじらせた処女
BL
 大学生になり、一人暮らしを始めた荒井は、今日も今日とて買い物を済ませて、下宿先のエレベーターを待っていた。そこに偶然居合わせた中学生になりたての男の子。やけにソワソワしていて、我慢しているというのは明白だった。  とてつもなく短いエレベーターの移動時間に繰り広げられる、激しいおしっこダンス。果たして彼は間に合うのだろうか…

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

処理中です...