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帰り道 6

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 その、門からかなり入った手入れの行き届いた見事な庭園を抜けて玄関に立ち、ローランデは公爵の家が、旧家の名門だと気づく。

公爵は、一度は察して断ってくれたギュンターを気に入った様子で愛想良く、自分よりも長身のその男を、玄関の中へと招き入れた。

直ぐにローランデが結婚式で見た、彼の妻が顔を出す。

「…あら…!
ローズマリーとご一緒だったの?」

明るい栗毛で暗い緑の瞳の彼の妻は、つん!とローズマリーを見つめ、言った。
公爵は屈んで妻の頬に、口づけながら囁く。
「君への贈り物を彼女に、見立てて貰ったんだ。
直、誕生日だろう?」

「あら…!
私に選ばせずに彼女の見立てを信じるの?」

「だって付き合いの長い君の、いとこだろう?」
妻はチラリ…!と、いつもブロンドの髪を自慢げにひけらかすふしだらないとこが、釣り上げた長身で金髪の、いかにも都出らしい洗練された素晴らしい美男に擦り寄る姿を、鼻持ちならないと見つめた。

ローズマリーはいとこの視線を感じ、自分が見つけてきた男が彼女の夫にも劣らない。
と自慢げに腕を組み、優越感に満ちた視線を送る。

公爵の妻は、つん!と顔を、背けた。
が公爵は直ぐ妻に囁く。

「アナロッテ。
北領地[シェンダー・ラーデン]大公子息だ。
結婚式に来て下さったろう?」

そう告げて身を捻り、自分の背後に隠れるようにして居た貴公子を指し示す。

アナロッテは公爵が振り向いた途端その背後から姿を現す、少し背が低く、濃い栗毛を明るい栗毛の中に幾筋も垂らし、たおやかで気品の塊の青い瞳の青年の姿を見、驚きに目を見開いて慌てて両手でドレスの裾を軽く持ち上げ、頭を下げて会釈する。

「失礼致しました。
ご高貴なお客様だとは露知らず…!」

そして慌てて後ろを振り向き、召使いに叫んだ。
「お客様をお持て成しして!」

ローランデが出迎えるアナロッテの横を通り過ぎ様、とても感じ良く
「お気遣いは無用です」
と優しく告げたので、アナロッテは頬を染め、その高貴な身分の青年に可愛らしく腰を、少し下げて礼に変えた。

手袋やマントを召し使いに渡す公爵の背後に続き、客間へギュンターとローランデは誘(いざな)われた。


室内の、午後のお茶をたしなんでいた女性達が皆一斉に、振り向く。
公爵は微笑うと、二人の客人に一族の女性達を紹介する。

「アナロッテの姉のディスカッテ。妹のアナベル。
叔母のマリアンネに、いとこのラベンダー」

年長者の濃い栗毛の叔母は落ち着いた美人だったが、他はぴちぴちとした若い女性ばかりで、結婚もまだ。と言った風情。
いとこの一人ローズマリーが、いかにも都、中央テールズキースらしい洗練された長身で金髪の美男子と、腕を組んでいる様に目を、見開く。

ギュンターは、自分の了承も得ず勝手に腕を絡ませ放さないローズマリーは、自分を彼女たちに見せびらかしたかったんだな。
と思った。

こういう場にギュンターは幾度も付き合わされたから大抵、見せびらかされた女性達は次々にローズマリーの目を盗み、自分を口説きに来る。と予想が付いていた。

公爵に促され、勧められた椅子に座ると途端、女性達は椅子をギュンターの周囲に移動し、取り巻いた。

アナロッテの妹のアナベルだけは、ローランデの横に椅子を付ける。
にっこり微笑われて、ローランデはいつもの社交辞令で微笑み返した。

ギュンターの周囲では、自分が連れてきた男に他の女性達が一斉にちょっかい出すのを避けようとローズマリーが叫び制し、が女性達は次々にギュンターに、子細を尋ねる質問を繰り出していた。

「中央テールズキースのお方?」
「どちらの連隊でいらっしゃるの?」

「あら!
これは近衛の制服よね?
そうでしょう?」
「ご身分は?」
「結婚していらっしゃるの?」
「まさか婚約者は、いらっしゃらないわね?」

「いい加減にして頂戴!
たった今着かれたばかりなのに!
お茶をゆっくり召し上がる時間もお与えにならないつもりなの?!」

「じゃ、代わりに貴方が答えてくれるの?
ローズマリー」

ギュンターと殆ど親しく口を聞いてないローズマリーが、返答に詰まる。

「彼女とはどこでお知り合いに?」
「公爵の、中央テールズキースでのお知り合いなの?」
「まだそんなには、ローズマリーと親しくは無いご様子ね?」

ローランデは取り巻かれたギュンターの周りが、小鳥達が一斉に賑わしく囀るように騒がしい様子に目を、まん丸にしていた。

が隣の少女に話しかけられ、会話に引き戻される。
「…ご結婚されたとお聞きしましたわ。
ご招待頂いたのに、私ったら風邪を引いてしまって、出席出来ませんでしたの!」

明るい栗毛を肩に胸に垂らし、鳶色の瞳をし頬を染め、自分を見つめる初々しい美少女に、ローランデは一辺に好感を持って優しく囁きかけた。

「大事が無いようで、良かったですね?
もうお具合はいいんでしょう?」

ローランデにそう気に掛けられ、彼女は夢見心地で鳶色の目を、潤ませている。

が、開け放たれた客間の入り口から、若者達がぞろぞろと姿を、見せた。

「…お茶は女性だけで楽しむ。
そう言っていたのに!」

「デルドン。どうして男が増えてるんだ?
君だけなら解るが」

若者達は若き美女達が目当てのようで、室内でちゃっかり女性に混じってお茶してる、二人の男にあからさまに不快感を示す。
が公爵は素早く言った。

「北領地[シェンダー・ラーデン]大公子息、ローランデ殿と、近衛連隊所属のギュンター殿だ」

公爵のその言葉に彼らはローランデとギュンターを睨む、視線の鋭さを消した。

自分達を統べる御大、大公の子息。
そして…その金髪長身の色男が、選り抜きの猛者集う、近衛所属だと聞いて。

公爵は戸口に居る彼らを迎えに席を立ち、女性達に話しかける。
「一緒しても構わないだろう?
彼らも紹介に預かりたいだろうから」

女性達は、不満そうだった。

ギュンターを取り巻く、女性達の椅子の間に若者らは椅子を持ち、割り込む。

丸でギュンターに、彼らはそれぞれ目当ての女性を
『彼女は自分のものだ』
と示すように横に付き、女性達は窮屈そうに、つん!とした。


明らかにアナベルに恋してる。そんな表情の、若者達の中で一際年若い青年に睨み付けられ、ローランデは戸惑っていた。

が青年はローランデの隣の、アナベルの横に椅子を持って来る。

「大公子息、ローランデ殿。
私はセルダン」
そう身を屈め、椅子に掛けながら挨拶した。


ローランデは会釈する。
椅子を持ち近寄って来た時見たが、彼は自分より背も高く、体格もいい。
が大人の男達の中でその顔は一際若く、ひどく年若い印象に見える。

濃い栗毛の、気概のある青年に見え、彼は
「今年、護衛連隊に進みます」
と告げた。

ローランデは微笑んで頷いたものの、彼のいかにも荒くれ者、北領地[シェンダー・ラーデン]護衛連隊騎士らしい気骨ある風情に、つい気になって壁の鏡をこっそり、盗み見た。

セルダンに比べると自分は、明るい色の栗毛で色白で細身で、いかにも優しげで女性的な、柔っちい奴に見えた。

「護衛連隊に、今年はいらっしゃらないと聞いた」
セルダンはそうローランデに語りかけると、将来護衛連隊長に収まる筈の年の近いローランデを、値踏みするように見る。

教練では実力を示し、もう誰も彼の外観を、“優しげで女のよう”には見なかった。
がそういう評価の無い場所では、自分はこんなに柔に見られてるのか。
そう思うとローランデは自分の容姿に、がっかりした。

もしかしてギュンターに…女のように抱かれてるから、そんな…様子が滲み出るのか。と思い当たり、つい俯く。

が、ギュンターの取り巻きに居た一人の若者が、セルダンに向かって叫ぶ。
「大公子息は中央テールズキースでも名を馳せる凄腕の剣士だ!
侮ると、やられるぞ!」

どっ!
年若いセルダンを、からかうような若者達の嘲笑が沸き、セルダンは唇を噛む。

明らかにセルダンは、ローランデを威嚇、牽制し恋しいアナベルの前で自分を大きく、頼り甲斐ある青年に見せたい様子で、ローランデはくすり。と笑い、そんな若々しい虚勢を張るセルダンに好感を持って囁く。
「産まれたばかりの愛しい息子に別れを告げ、今年は近衛に進みます」

“息子”と聞いて、アナベルはがっかりしたように俯いた。
が、セルダンが突っ込む。

「…どうして、結婚したばかりの新妻と子を置いて、中央テールズキースへ行かれるのです?」

鋭い突っ込みだ。
とギュンターは思った。

確かに周囲は騒がしかった。
がギュンターはローランデの動向にしか、興味なかったから全身を耳にして、ローランデとその周囲の会話を拾い聞きしていた。

ローランデは少し、困惑したように囁く。
「私の尊敬する剣士、「左の王家」のディアヴォロス殿が、近衛にいらっしゃる」

セルダンは、ああ…。と頷く。
「確か…今世紀最強の剣士。と噂されるお方ですね?
何でも「左の王家」特有の、『光の国』の光竜をその身に降ろす、神秘のお方だとか」

「素晴らしい方で私は…そのお方には随分学ぶべき事があると気づき…そしてそんなお方のお側に居られる機会は、そうそうありません」

セルダンは頷き、が言った。
「噂では…男の恋人に“愛の誓い”を立てたとか」

アナベルはびっくりして飛び上がった。
「だってローランデ様はご結婚されてるし、お子様迄いらっしゃるのよ?!」

セルダンとローランデに両側から同時に見つめられ、アナベルは真っ赤に成った。
ローランデは優しく彼女に微笑む。

「あのお方が“愛の誓い”を立てられたのは、私の親友です」

アナベルはもっと、真っ赤に成って言った。
「あ…あら、失礼。
私、てっきり………」

が、セルダンは女性、そして女性達を取り巻く年上の気に入らない男達。に囲まれる、金髪で素晴らしい美丈夫のギュンターに顎をしゃくり、呟く。
「近衛では公然のようだ…。
男の“恋人”を持つ事は」

アナベルは言われて顔を上げ、ギュンターを不安そうに見、そして隣に座る、ローランデを目を見開いて見つめる。

ローランデは途端、意味が分かって赤くなって、俯く。

が、セルダンがそんなローランデの様子に、びっくりしたように目だけをまん丸に、見開いた。

丸で憶測で皮肉ったのに、図星だった事を知らされたみたいに。

がたっ!
「失礼」

目前で隣に割り込んで来た若者達に文句を付ける女性達を尻目に、ギュンターは席を立つ。

そして図星を指されて頬を少し赤らめ、俯くローランデの目前に立つと、横の少女と護衛連隊へ進む年下の男をチラリ…。と見、ローランデに囁く。

「ちょっと話したいんだ。
この後の予定に付いて」

ローランデは俯いていたが、一つ頷き、促す長身のギュンターの、背に続いて客間の庭に面したガラス扉の向こう、まだ明るい外庭へと出て行く。

ギュンターは茂みが客間との視界を遮るその影迄来ると、俯き顔を上げない、ローランデに囁く。
「…どうしてばっくれない?!」

ローランデが、顔を上げる。
その戸惑うあどけない表情にギュンターは、彼が素だと気づく。

が声を落とし、まだ怒鳴った。
「…あいつは女の気を引きたいから、お前を男好きにしときたいんだ!
…例え俺達の事が事実だとしても!
奴はハッタリカマしてるだけだ!
それに乗って実情バラしてどうする?!」

ローランデはギュンターが覗き込むその、整いきった優美な美貌に瞳を、止める。

だがローランデのその頬は、染まったまま。
隠しては置けない様子を、晒してる。

ギュンターは一つ、吐息を吐く。
「俺は平気だし、逆にお前は俺の物だと。
奴ら全員に言ってやりたいくらいだ。

…が、お前は困るんだろう?」

ローランデが瞬間、顔を、上げる。

その顔が、小刻みに震えていて、それがあんまり無防備でいたいけに見え、ギュンターはローランデを、抱き寄せて口づけたい衝動にかられた。

が必死で自分を制する。

「…セルダンは、自分の言った嘘がどうやら図星だと。
びっくりして言葉も、出なかったぞ?」

ローランデが眉を、寄せる。

「…う…そ?
彼は見抜いて…そう、私達を当てこすったんじゃないのか?」

ギュンターは、ローランデが冷静な時なら直ぐ、女性の気を自分に引き留める為にライバルを蹴落とす嘘をセルダンが付いた。と、見抜ける筈のローランデを見つめた。

自分との関係を、臭わされただけで混乱して素を晒してしまう、無防備な彼が可愛くて…腕に固く抱いて、護ってやりたい衝動にかられる。

…だがこの場でそんな事をしたら二人の関係を、認めた事に成る。

ギュンターは一つ、俯いて吐息を、吐く。

そして茂みを抜け出し少し広い場所迄来ると、いきなりすらり…!と剣を抜いた。

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