若き騎士達の危険な日常

あーす。

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心の闇

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 シェイルはローフィスに…果実酒の入った素晴らしく手の込んだカットのクリスタルグラスを渡され、それを手にしたまま、囚われた…時の様子をぼんやりと、思い返す。

室内は、ディアヴォロスがこの邸宅内にいるせいか、光竜ワーキュラスの光で包まれ、じんわりと暖かく柔らかな空気が流れ、心地良い。

なのに心の真っ暗な部分が少しずつ浮上する気がして、シェイルは幾度もそれを拒否する。
身が、震った。

ヤッケルが…いた。
誰かに、ローフィスが旧第一校舎で待ってる。
と告げられ、一緒に出向いた。

校舎に足を踏み入れた時。
誰も居なくて…背後でヤッケルの
「うっ!」
って叫ぶ声がして、そして…。
突然腕で胴を掴まれ、軽々と持ち上げられて…。

足を、ばたつかせてもダメ。
大人の…逞しい男で、凄くごつい顔をしていて、盗賊だと直ぐに分かった。

胴をぐるぐる巻きにして縛られ、馬に乗せられて、鞍に固定されてるベルトで飛び降りられないように縛られ…。
そしてその、声を聞いた。

「…シェイル…久しぶりだが一段と、美しくなったな…」

賊を率いてる主の男は、馬にまたがったままそう言い、その声に、ぞっとした…。
ずっと付け狙ってきた、伯父…。
母の兄で、父に執着し…。
母と結婚した父に、母を人質のように取っては強引に同居を納得させ、そして監禁し…。
幼い息子である僕の目の前で、陵辱を続けた!

嫌だ…!
思い出したくない…!

爽やかな美青年の父が…こんな男に裸で縛り付けられ、嬲られて…挿入されてる姿なんて!

けれど伯父は目を瞑ろうとしたり顔を背けようとすると、しゃがれた恐ろしい声で怒鳴る!

「ちゃんと見てないと、お前の父をもっと酷い目に合わせるぞ!」

…だから僕は、人形になった。
目は…開いていても何も見えない。
何も聞こえない。

監禁場所から母の元へ返されると、毎回伯父は母に言った。
「私の言う事が聞けないなら!
またシェイルの前でお前の夫を犯してやる!」

母は僕を抱きしめ…泣く泣く伯父の言う事を聞いた。
大抵は、父の客が来た時。
でも客が来ても…母は父が流行病でうつるから会わせられないと。

母の、助けを求められず嘘をつかなければならない、辛い気持ちが分かって僕は…誰も見なかった。
何も聞こえないふりをして…。

でももう、人形が出来なかった。
ある日また…父の監禁場所で目の前で父の攻められる姿を見せつけられた時。
とうとう叫んでしまった。

言葉じゃなく、ただ悲鳴を…。
悲鳴を上げ続けた。

その後だった。
僕が変だと伯父が気づく。

親子三人でここに来た当初、楽しく過ごしたとても広いバルコニー。

三階か…四階。
それぐらい高い場所で、端の手すりの方へ行こうとすると、母が金切り声を上げ、父は追いついて抱き上げ、そして…笑って肩車をしてくれた。
「落ちないかと心配なんだ。
母さんは。
お前のためじゃなく、母さんの為に暫くここは禁止だ。
お前は…ちゃんと、落ちたら危ないって、分かってるよな?」

そうウィンクした父さん…。

僕は声立てて笑った。

その場所に居る事を許された。
悲鳴を上げたから。

明るい…午後だった。
レースのカーテンが窓辺で揺れていた…。

青空は…あの時のように青く輝いてた。
僕はそこで、僕を肩車した父さんと、父さんの肩の上で笑う小さな僕の、幻を見た…。

そして僕は…手すりに手を付く。

うん父さん。
僕にはここがちゃんと、危ないところだって、分かってる…。

僕は手すりを、乗り越えた。
もう人形で居られない。
もう人形で居られない。

ずっと心の中でそう、言い続けて。

誰かが“それで?”と尋ねる。
横に座るローフィスが、怪訝な顔でそっと手を握る…。

それが悪いことのように、僕には思えたんだ。
人形で居られないことが、最悪なことのように。

だって僕の出来る唯一の事だった。

でもそれも出来ないなら…僕に出来る、最後のことをしなきゃならない…。

手すりを持って縁に立つ。
高かった。
とても。

下から巻き上がる風に髪が吹き上げられ、遙か下には木々が、茂ってた。
でもとても遠く、小さく見えた。
木々の向こうは、一面の芝生。
黄色がかった緑が広がって見える。

地面なんて…ずっと見てなかった。

僕はそこが、幸せな場所に思えた。
この城に移って来たばかりの頃。
芝生の上で、父と母と美味しい食べ物をたくさんバスケットに詰め込んで、ピクニックをしたっけ…。

母さんは白いレースの日傘をさしてた…。
父さんは…芝生の上で足を投げ出し座って…笑ってた。

僕には…小さく遠く見えるあの芝生が、天国に思えた。
でもここは高くて遠い。
だから近づこうと…。
少しでも、楽しい思い出の天国に近づこうと…。
掴まってた手すりから、手を放した。

飛べると、思ったんだ。
飛んであの芝生に近づけるって。

けど気づいたら、父さんの顔。
哀しげで…くっきり皺が寄るほど、眉を凄く寄せた顔。

一瞬のことで、僕は手すりの中に、放り投げられた。

僕…は、飛んでバルコニーの石の床に落ちて、胸を打った。
でも父さんの姿が無くて、僕は起き上がって探した。

手すりの向こうを覗き込んだ時…。
遠い地上の芝生の上に、小さな…とても小さく見える父さんが、倒れてた…。

僕はまた、悲鳴を上げた。
上げ続けた。
止まらなかった。

僕がずっと金切り声で叫ぶから、伯父は怒りまくって…僕は薬を飲まされた。

何も、感じなくて僕はその時、本物の人形に、なった。

ローフィスに出会って…僕の呪いを少しずつ解いて、人間に、戻してくれるまで。
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