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2 恐怖の実体
しおりを挟むいかつい男達が、人目避けるように人気の無い場所へ進む。
その後を、ゼイブンとローフィスは、二人して付ける。
男達は森の中の、汚い打ち捨てられた廃屋へと、入って行く。
ゼイブンとローフィスは顔を見合わせ、小さな窓から中を覗いた途端。
ゼイブンは思いっきり、顔を背けた。
小汚い窓を挟んだ向こうに立つローフィスは、今だ中を覗き、じっ…と観察していて。
ゼイブンは、ローフィスの神経ってタフだ。
と心から感心した。
小屋の中の男達は、死体を、食べていた。
散乱した足やら内臓やらがはみ出した胴体を囲んで座り、手に持って生のまま、むしゃむしゃ食べてる。
ローフィスがやっと、窓の中から視線外し、腕組むのを。
ゼイブンは、ほっとして見た。
「…あの死体が、付いてった美女ってのが…主(ぬし)か?
それともあいつらが…?」
ローフィスの言葉に、ゼイブンは俯き呻く。
「払えそうか?」
聞くとローフィスは、再び窓の中を覗く。
ゼイブンは平然と覗く、ローフィスから顔を背けた。
「(あんなもの平気で見る、ローフィスのが怖いぜ…)」
が、ローフィスが小声で呪文唱え始める。
すると、中の男達がはっ!と顔上げ…。
ばん!と扉が開くと、いかにも。の風体のごろつきらが、口から鮮血滴らせ、更に各々、手に死体の肉持ったまま、飛び出して来る。
「…ど…どうしてあんなもの呼び出すんだ!
怖いじゃないか!!!」
ゼイブンの引きつった叫びを聞いても、ローフィスは男らの様子を伺い呟く。
「…どっちだ?
手下か…。
それとも…操り主か…?!」
「操り主ならめちゃくちゃマズいだろう?!
やっつけられる、算段あるのか?!」
ゼイブンの声は、引きつって裏返ってた。
が、ローフィスは冷静そのもの。
「お前、簡単なのならブツけられるだろう?」
「どうして俺だ?!」
「…短い呪文の威力じゃ、お前が隊一だ」
「褒めたって、何にも出ないぞ?!」
「いいから、ブツけろ!!!」
ゼイブンは怖さのあまり、近寄って来る男達に知ってる呪文をブツけた。
かっ!!!
光の閃光が走った、その後に。
男達は全員倒れていて…。
一人が起き上がると、手に持ってた死体の腿に気づき
「ぎゃっ!!!」
と叫んで手を振って投げ捨てた。
「…憑かれてたんだな」
ローフィスの、あくまで冷静な声に、ゼイブンは脱力した。
男達は一人、また一人気づくと、自分の手に持ってた死体の一部のブキミさに恐れおののいて、その場から一目散に逃げ始める。
がしっ!
と、ローフィスは一人の手を握り止め、尋ねる。
「どうしてそうなった!」
「すんげぇ美女を、皆でマワそうと思って取り囲んだら、黒い靄が女から出て…!
そっから覚えてねぇ!!!」
「たった一人の女を。
六人でマワそうとか、思ってたのか!!!」
ローフィスに怒鳴られ、男はひっ!と叫んで、掴むローフィスの腕振り払い、逃げ出す。
ゼイブンはローフィスに寄ると、呻く。
「操り主は死体の肉食わせ、奴らをずっと手下にし続けてたんだろう?
…の割には、簡単に正気に戻ったな」
ローフィスは言った、ゼイブンの肩をぽん。と叩いて言った。
「短い呪文の威力はお前は隊一。
更に恐怖にかられ、威力は倍増しだからだろ?」
「…だから一発で、正気に戻ったって?」
ローフィスは無言で頷き、窓の中に視線向け、呻いた。
「確かに、酷い死体だ」
ゼイブンは込み上げて来る吐き気に口元抑え、ローフィスの言葉に頷く。
が、ローフィスは怒鳴った。
「とっとと、行くぞ!
このままここに居たら、俺達であのバラけた死体、埋める羽目になる」
ローフィスの言葉にゼイブンは、背を向けるローフィスの方へ、すっ飛んで後に続いた。
一旦宿に戻り、下の酒場で食事を取る。
ローフィスは冷静に皿の肉にフォークを刺して、口へと運ぶ。
ゼイブンは目前の食事風景を、見て固まった。
「…良く、肉が食えるな」
「人肉じゃないからな」
ローフィスのその言い切りに、ゼイブンは下を向く。
が間もなく給仕の女が、豊満な胸がはみ出そうな程、胸元の開いた衣服で皿をテーブルに置くと、ゼイブンの視線は女の胸に釘付いた。
ローフィスはそれ見てぼやく。
「…食欲は落ちても、性欲は消えないようだな」
「性欲消えたら、俺は終わってる」
ゼイブンの返答にローフィスは肉を喉に詰まらせかけた。
が、必死で飲み込み言った。
「どうせ『影』憑き女が出るのは夜だ。
俺は食後、一眠りする」
ゼイブンは頷くと、言葉を返す。
「じゃあ俺は、あの女口説いて来る」
ローフィスが視線振ると、その開いた胸元に誘われるように、皿をテーブルに置かれた男達はうっとりと、その女給仕を見つめてた。
「…競争率が、高そうだな…」
「俺が勝ち取るさ!」
ローフィスはそう言った、さっき迄青ざめてた同僚の、軽い色男が微笑うのを見た。
「(女で直ぐ、元気に成るんだな…。
正確に言うと、あの胸か?元気の元は)」
が、視線を女給仕に戻すと、店中の男達が彼女とその、胸元をじっ…と見つめてた。
が、同様うっとりと見つめてるゼイブンを残し、ローフィスはさっさと食事を終えて椅子を立つ。
「部屋に戻ってるから、別の場所を使え。
俺を起こすと夜、美女の姿した『影』が出ても、助けてやらないからそう思え!」
直ぐ様ゼイブンが歯を剥く。
「俺が取った部屋だぞ?!」
が、ローフィスは笑った。
「どうせ口説けない方に、金貨一枚」
ゼイブンはフテ切って椅子に背を倒す。
「口説けたって、部屋が使えない!」
が、ローフィスは背を向けかけ、肩を竦めた。
「そうなったら。
どこだろうが、場所作るじゃないか。お前」
「まあそりゃ…切羽詰まってたら、どこか見つけるさ」
が、ローフィスはもうさっさと立ち去って、宿に成ってる二階の階段に足かけてた。
その背にゼイブンが怒鳴る。
「金貨一枚は頂くからな!」
ローフィスは振り向くと、爽やかに笑った。
「じゃ、お前に金貨一枚取られない方に、もう一枚!」
ゼイブンはむかっ腹立って、テーブルをナプキンで叩いた。
ローフィスは気配を感じ、横を向く。
寝台の上に、ゼイブンは背を向けて座ってた。
「…俺から金貨二枚、取れそうか?」
聞いてやるが、返事が無い。
ローフィスは背を起こすが、ゼイブンは背を向けたまま、振り向く様子も無い。
「…つまりフラれたか?」
そう尋ねる。
ゼイブンが振り向き、がなるかと待った。
が、肩落とし、深い、溜息を付く。
落胆しきった声音で、ぼそり。
と呟く。
「コトを始めようとしたら旦那が帰って来た」
「…どこで始めようと思ったんだ?」
「女の部屋。
酒場の横にある」
「…結局、口説けはしたのか?」
その時、やっとゼイブンは振り向いた。
「俺がフラれるか?」
「その自信は、どの辺から来てる?」
「俺は美男だし、喋りも楽しいし、気も利いてる」
「…なる程。
で?旦那と鉢合わせて、引き下がったのか?」
「…熊のような、毛むくじゃらの大男だった」
「戦ったのか?」
そう問われ、ゼイブンはローフィスを凝視する。
「…お前だったら、戦うか?」
「いや。一目散に逃げるな」
「…俺だってそうした。
あのデカい胸が目前だったのに!
こんな事なら、振られた方がマシだ!
喰える。と思った直後に…逃げ出す羽目になったんだぞ?!」
ローフィスはゼイブンの落胆の理由が分かり、肩すくめた。
「旦那殴り倒せてたら、女喰えてたかもな」
ゼイブンはじっ…と、そう言ったローフィスを、恨みがましい瞳で見た。
「…お前に出来ないのに、俺に出来るか?」
「だってお前、切羽詰まると化け物みたいに強いじゃ無いか」
「もっとマシな物に例えろよ…。
けど俺が剣抜くと、手加減出来ずに相手殺しちまう…。
旦那目前で殺されて…。
その直後、女房が俺の相手してくれると思うか?」
ローフィスは、思い切り肩竦めた。
「まず、無理だな」
ゼイブンはそう言ったローフィスを見、また肩落として深い、溜息を付いて呟く。
「俺がお前だったら、麻酔針飛ばして旦那眠らせ、その横で女房と出来たのにな」
ローフィスが、その言葉に吐息吐く。
「俺がお前で無くて、良かったぜ…。
幾ら眠ってようが、旦那の横でその女房と、俺なら出来ない」
「俺は出来る」
ローフィスは即答したゼイブンの顔を呆れて見たが、うんざりして寝台を出、仕度を始めた。
ゼイブンものろのろと、『影』を狩る仕度を始める。
夜の村は賑わってた。
街道のあちこちに出店が出て、中央を仮装した男女がぞろぞろと、その先の広場へと向かってる。
あちこちの簡易テントでは商人が、順番待ちの男女から金を受け取り、テントの中からはコトの真っ最中の、うめき声が聞こえてる。
「…楽しそうだな…」
ゼイブンの、羨ましそうな顔にローフィスは厳しく告げた。
「これからは職務中だって、忘れるなよ!
『影』の美女が来たらお前が声、かけてやれ。
俺はお前と違って美男じゃないし、喋りも楽しくないし。
気も利いて無いからな!」
ゼイブンはじっ…とローフィスを見た。
「お前、美男だし喋りは楽しいし、気も利いてるじゃないか」
「…お前に褒められると寒気がする」
「嬉しくないのか?」
「だって『影』。
俺に押しつける気、満々だろう?」
そう言った時、ゼイブンがさっ!と顔背けたから、図星なんだな。
とローフィスは思った。
が、間もなくざわつく声が聞こえる。
見るとその向こうに、黒いレースで飾り立てられた海老茶のドレスを着こなす、素晴らしい美女が視界に入る。
暗いランプの灯りの中でも、一際白い肌。
小顔で小さな、真っ赤な唇。艶やかな黒髪。
流し目の似合う緑色の瞳。
素晴らしい美女だった。
更に開いた胸元からは形の良い盛り上がった乳房が、ほぼ見えている。
「…あれが…そうか?」
ローフィスが既に、男達に取り囲まれちやほやされてる美女を目で指し示し、ゼイブンに告げる。
ゼイブンは即答する。
「俺が声、かけて来る」
ゼイブンが目を美女に釘つけて、フラフラと進み始めるのを見、ローフィスがその背に囁く。
「解ってるな?!
人気の無い場所に連れ込むんだぞ?」
「そんなの、女とやる時の常識だ」
ローフィスはゼイブンが取り巻く男達を押し退け、美女の前に進み出る姿見て、思った。
「…………(でも『影』憑きだってコトは、忘れてないか?)」
ローフィスはゼイブンが言葉巧みに美女を口説き落とし、首尾良くその細い肩を抱いて、人混みから連れ出す様に、二人の後付けながら思う。
「(美女から憑いてる『影』払い、その後頂くつもりなんだな?
…だが果たしてそんなに簡単に、払える『影』なのか?)」
どういう基準で、殺すか、それとも手下にして死体を食わせてるのか。
それが解らなかったし第一、そんな『影』は聞いた事が無い。
だが男をたぶらかしてその生気を吸い取る、神聖神殿隊付き連隊騎士の憧れの『影』、『妖艶の王女ミラディス』だとしたら…。
間違いなく豊満な肉体の素晴らしい美女で、ローフィスもゼイブンですら、一度会ってみたい。
と熱望する『影』だった。
が、『妖艶の王女ミラディス』は、手下に死体を食わせ、操ろうなんてはしない。
ローフィスは期待と不安がごっちゃになり、ゼイブンと美女の後を、付いて行った。
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