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三学年筆頭、王族ディングレー

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 キョロキョロ見回すギュンターに、ディングレーは自室の椅子に、掛けろ。と目で促す。

これが同じ宿舎の部屋か?と言う程、さすが王族の部屋だけあり、壁紙もカーテンも絨毯も豪華で、何よりテーブルと椅子の手の込みようと言ったら、宮殿のようだ。

と、宮殿を見た事のないギュンターは思った。

ディングレーは尋常じゃない部屋を見回すギュンターの様子に、不快そうに眉を寄せて呻く。

「壁は元からこうだし、召使いが家具一式選び持ち込んで、俺の管轄外なんだ」

ギュンターはその不機嫌に気づき、呟く。
「…あんたの趣味じゃないのか?」

ディングレーは酒瓶から素晴らしいカットのクリスタルグラスに酒を注ぎ、ギュンターに手渡すと、どかっ!と向かいの椅子に掛ける。

「俺の趣味を取り入れたら、召使いが家の執事頭にご注進する。
王族ともあろう者が、粗末で質素な物の中で過ごしてる。と。
だが最悪だ。
俺がちょっとでも家具を汚すと、召使いは目の色変えてその汚れを落としてる。
ドロなんか付けて帰ったら召使いは布を手に、俺が歩いた後を拭いて回る。
気を使うこと甚だしい。しかも、家具にだ!
ちっともくつろげない部屋に、意味あるか?!」

ギュンターは呆れてその『王家の血』を引く男を見つめた。

「嫌だと、断れないのか?」
「俺が体面を保てないと、執事頭は自分の責任で首を括る。と俺を脅す」

ぷっ!

ギュンターが吹き出し、ディングレーはその顔の美しさに唸った。

「迫る男より、殴りかかる奴が先だったか」

ギュンターは気づく。そして囁く。

「それは入学式でも言ってたが、俺に、迫る奴がいる。
と、言ってるのか?もしかして」

ディングレーはぶすっとして、頷く。
「野郎ばっかだから、どれだけ見目のいいペットをはべらすかで、競い合ってる」
「馬鹿げてるな」

ディングレーは、心から同感だ。と頷く。

「女がいる社交場では、どれだけ色っぽく有名な美人を口説けるかで、競う癖にな」

ギュンターはそっと尋ねる。

「競うと、良いことがあるのか?」
「相手よりどれだけ優位に立てるかで、ここでの地位が決まる。
地位が低いと、酷い扱いを受ける。
皆それが嫌で、他人より優位に立とうと必死だ。
学校とか言ってるが、秩序なんて表面だけの、まるっと弱肉強食の世界だからな。
どれだけ剣が使えるか。
どれだけ強いかだ。
後は言った通り、どれだけ見目のいいペットを飼ってるか。
だが…」

ギュンターの、眉が寄る。
「ペットったって、同じ生徒だろう?」
ディングレーは頷く。

「結局、競争率の高い相手は殴り合って所有者を決めるから、綺麗な男を自分の物に出来る奴は強い。と相場が決まってる」

ギュンターは呆れた。
「俺を取り合う馬鹿は居ない」

ディングレーは向かいのそう言う金髪美貌の、ギュンターを見た。
「鏡くらい、見た事あるんだろう?」

ギュンターは吐息混じりにささやく。
「俺に手を掛けたら、多分俺が先に殴ってる」

ディングレーはグラスを揺らす。
「…見てた時も思ったが……。
もしかして、喧嘩っ早いのか?」

ギュンターはグラスに口を付けながら答える。

「言葉より拳の方が、手っ取り早いだろう?」

ディングレーは一瞬、呆けた。

全くの、同意見だった。

「まだるっこしい事は嫌いか?」

疑問にギュンターは即答した。
「意味がない」

ディングレーは更にグラスを揺らす。
どこか、同類の臭いがこの男からはした。

顔を上げて正面の、酒を飲むその優美な美貌を見た。
確かに群を抜いて綺麗だ。

が、ディングレーは顔の善し悪しは結局第一印象でしか無い。と知っていた。

気品はどれだけ崩れた顔からでも滲み出るものだし、逆にどれだけ綺麗でも、醜悪な性根は隠せない。

この男は柔っちろい面に見える。
が、拳を振っている時のこいつは、全然柔には見えずむしろ…水を得た魚のように見えた。

ディングレーはぼそり。と漏らす。
「早々に、学年無差別の剣の練習試合が恒例である。
学校一の剣士を決める試合だ」

ギュンターは美味い酒に舌鼓を打って、気のない返事を返す。
「…どうせ四年の奴が一番だろう?」

ディングレーはまた一つ、吐息を吐いた。

「今年はそうだと、四年の連中も面子が保てるがな」
「?」

ギュンターは顔を上げた。
が、ディングレーは
「試合に、出れば解る」
と言って、言葉を濁した。

ギュンターは帰りがけ、戸口でディングレーに告げる。

「味わった事の無いほど、美味い酒だった。
相当高い酒なんだろう?」

ディングレーは吐息混じりに俯く。

「俺が身分に似合う好みは、酒くらいだ」

ギュンターはつい、その王族を見つめた。
衣服も仕立てが良く、素晴らしい金刺繍が縫い込まれていた。

「……他は趣味じゃないのか?」
ディングレーは聞かれて、ついぼやく。

「お前の顔と一緒だ。
チャラチャラしたものは、面倒なだけだろう?」

言って、はっ。とディングレーは顔を上げる。
顔を侮辱された。
と、睨むギュンターの表情を想定した。
が、意外にもギュンターは、笑っていた。

「だが俺の顔は、鏡を見ない限り俺の目には触れない。
あんたは毎日そこら中自分の趣味で無い物を、目にしてる。
あんたの方が、不幸だ」

ディングレーはその理屈が、すとん。と腹に収まり、つい頷く。
「確かに、そうだ」

「馳走に成った。
俺がおごれるのは、安酒だぞ?」

ギュンターの言葉に、ディングレーは頷く。
「酒なら何でも好きだ。
高級酒じゃなきゃ口に合わない。なんて贅沢は言わない」

ギュンターはまた、笑った。

「高級酒じゃなきゃ、奢られないと言ってくれりゃ
『金がない』と断れるのにな。
だが代わりに『尻を貸せ』と言われたら、きっぱり断るぞ?」

ディングレーはほぼ同じくらいの身長の、その綺麗な面の男を一瞬呆けて見つめ、だがぼやいた。

「安心しろ。
俺の好みは小柄で可憐で、可愛らしい奴だ。
間違っても面だけは綺麗だが、全然愛らしくも可愛げも無い、喧嘩っ早い背の高い奴は好みじゃない」

ディングレーはまたしても、言った後、はっ。とした。
これも、聞きようによっては、侮蔑の言葉か。

…どうも言葉は苦手だ。
奴を侮辱する気は毛頭無いが、奴が言葉通り取れば、喧嘩になる。

だがギュンターは、肩を竦めた。

「それは凄く、有り難い。
あんたに迫られても、俺はやっぱり、拳を握ると思う」

ディングレーは頷く。

ギュンターは礼代わりに頷き、廊下へ消えて行く。

ディングレーは暫く呆然と、去って行くギュンターの背を見送った。
自分は言葉が、苦手だった。
世辞も丁寧な言い回しも駄目で、ヘタをすると相手と意思疎通が困難だったりするし、とんでも無い誤解を与え、しなくてもいい諍いや、相手に不快な感情を与えたりする。

が…ギュンターはちゃんと自分の意図をくみ取るどころか、先を行く。
喧嘩同様剣も使えるとしたら、いずれ雌雄を剣で決する事になる相手だったが…。

ディングレーはどうやらあの男ギュンターが、気に入ってる自分に気づく。

殆ど初対面に近い相手に言いたい放題言って、意思疎通の出来た試しが。

今まで一度だって、無かったから。

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