上 下
259 / 307

マレーの下す刑罰

しおりを挟む
 捕らえられた叔父の、横に居た隊服のアドラフレンの部下は、一見男に見えたが、よく見ると女。
その反対側に居たのも、やはり隊服着た、男装の女性だった。

アイリスは気づいて、目を見開く。
「………………」
部下に変装した伯母ニーシャは、止めるアイリスをマレーが激しく揺すり、襲いかかろうとする姿を見、思わず叫ぶ。
「本人がそこに居て、復讐したい気、満々なのに!!!」
反対側の…母エラインは、捕らえた叔父のズボンのベルトを取り外しながら、告げる。
「…そうよ。
罪状はハッキリしてるんだから。
この際、ここで…最初の罰を、下すべきでしょう?」
言いながら、一気にズボンを引き下げ、下半身を露出させた。

その場に居る、マレーを除く男達が一斉に目を見開くさ中。
叔父は羞恥に襲われ、股間を隠そうと前屈みになった際、足首に絡まったズボンでバランス崩し、前へとすっ転ぶ。

どっすん!

「…屈ませる、手間が省けたわね」
エラインが言うと、ニーシャが頷く。
「…いつも思うんだけど。
大人しそうな顔していざと言う時、私より大胆なんだから。
この場には、子供も居るのよ?」

ニーシャが幼子に首振って示す。
けれど子供の横に付いてる、良く出来たアドラフレンの部下は、さっ!と手で、小さな子供の目元を覆い隠してた。

エラインは、膝を床に付き前に屈み込む叔父の背に、どん!と靴底を押し当て、起き上がるのを防ぎながら、顔をさっ!と上げてニーシャに言い返す。

「…あら。
父親だろうが、悪さしたらおしおき喰らう事を、ちゃんと教えておかないと。
子供まで、悪党になっちゃうわよ!」

と、ぐいぐい靴底で背を押し、もっと前屈みにさせ、床に鼻が付かんばかりに叔父にひれ伏させる。

エラインはさっ!と顔を息子、アイリスに向けて言う。
「さあ!
どれだけでも仕返し放題!
彼の気の済むように、してあげるのよ!」

「………………………………」
「………………………………」

ディングレーとローフィスですら絶句する中、アドラフレンが額に手を当て、囁く。
「…約束しませんでしたっけ?
大人しく部下を演じ、出過ぎたマネは決してしないと」

エラインは横で腕組む姉のニーシャを見
「約束したのは姉様で、私はしてないわ」
と言い放ち、ニーシャはちょっと顔下げると
「私は意見を叫んだだけで、具体的な事はナニもせずに約束守ってるじゃない!
下半身剥いたのはエラインよ。
文句は妹に、言ってくれないかしら?!」
とふてくされる。

けれどその時、アイリスの腕の力が緩み、マレーがとうとう叔父に突進した。
同時にエラインが靴底を上げ、叔父が顔を上げかけた時。
マレーは拳を握り込んで、思いっきり振り回す。

左右の拳を使って、叔父の顔を右、左と交互に殴りつける。

がっ!がっ!がっっっ!

狂気のように…溜まっていた鬱憤を、一気に晴らすように…マレーは殴り続けた。
叔父の口も切れて、口の端に血が滴り始めていたけど。
殴るマレー拳から血が滲み、振り上げる度、拳から血が飛び散る。

「…っ!っ!っ!!!」

マレーは拳から血を飛び散らせながら…涙を頬に滴らせ、夢中で殴り続ける。

がっっっ!!!

ローフィスがアドラフレンを見、アドラフレンが頷くと、ローフィスは夢中で慣れない拳を、血をまき散らしながら振り続けてるマレーの背後から、胴に腕を回し抱き止めて、囁く。

「もう…いい。
君の拳を痛めるだけだ」

けれどマレーは聞こえてないように、歯を食い縛り、涙を溢れさせて拳を振り続ける。
ローフィスに、抱き止められた胴を後ろに引かれ、叔父の顔に拳が届かなくなっても。

まだそれでも夢中で、虚空に拳を振り続けた。

「…まあ…」

その声は、戸口から聞こえたけど、誰の耳にもはっきり響いた。
初老の…少し顔に、皺こそあったけれど、紫色のドレスを着た、とても上品で美しい貴婦人が、悼みに溢れた表情でマレーを見つめ…。
そっと近寄るとマレーの横に立ち、振り向くマレーをふいに…抱きしめる。

「酷い目に遭ったのね…。
辛かったわね」

その声は優しく、慈愛に満ちていて…マレーは自分を捨てた、懐かしい母の…愛情を受けていた頃を思い出し、うんと年上の、優しい貴婦人に縋り付き、声を上げて泣き始める。

「ぅ…ぅわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「…お母様…出番じゃないでしょう?」
エラインが言うと、アイリスの祖母は、しっ!と人差し指を口に当て
「泣かせてあげましょう」
と囁く。

アイリスはその時どうして、アドラフレンみたいな大物が自ら出向いたのか。
分かってアドラフレンを見る。

…つまり実家の三妖女が『謀をしたのは自分達なんだから』と、逮捕の一劇に、どうしても付いて来ると言い…。
無茶をし出したら、アドラフレンの部下では止める事が出来ないため、見張るために来ざるを得なかったのだと。

けれど…母親に去られ、女親の愛情に飢えていたマレーは、優しい祖母に抱きついたまま、子供のように声を上げて、泣き続ける。

「ぅわぁ!!!わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!」

ディングレーはもらい泣きしそうで、顔を俯けた。

アドラフレンはエルベスを見るが、エルベスは肩を竦め…そして、今までこらえていた思いが吹き出すように泣き続ける、マレーを見て微笑む。

「わぁっ!!!
わぁぁぁぁっ!!!」

嗚咽を上げ…人形のように感情を殺していたマレーが、激しく肩を震わせ泣き続ける姿に、アイリスも思わず涙ぐんだ。

一人掛けソファに、虚ろに座っていた父親が、少しずつ顔を上げる…。

「…マ…レー?
泣いているの…は、マレー…か?」

父親の声がした途端、マレーはびっくん!!!と大きく肩を揺らす。

虚空に震える手を差し伸べ、空間に語りかける。
「…誰…か…どう…して泣いて…いるの…か………。
だ、誰か!!!
息子を助けてやって…くれ…!!!
わしは…わしは…動けん………。
どうしてだか…動けん!!!
頼む息子を…」

マレーが、顔を少しずつ…そう告げる、父親に向ける。

エラインがそっ、とマレーに寄ると囁く。
「…常習性のある薬を盛られたから、中毒症状だったの。
中和する薬に切り替えて、以前の薬が抜け始めたのはいいんだけど…。
まだ、時々以前の薬を欲しがって、錯乱状態になるから。
正常に戻るには、時間が必要なの」

マレーは涙を頬に滴らせ、ゆっくり…父親の側に寄る。
床に膝を付き、宙空に差し出された父の手を取り、そっ…と頬に当てて囁く。
「ここに…父様、マレーはここにいます…」

父は幻想を見ているのか。
マレーが分からず、喚き出す。
「あんた…!!!
あんた!
頼む…マレーを…あの子が、泣いてる…。
わしと同じように辛い気持ちで…。
母親…が居なくなったから…わし…が…抱きしめて慰めるべきなのに…。
酒…を飲み…過ぎて………。
いつも…いつ…も…。
だ…から…。
頼む!
わしに代わって、あの子を慰めてやっては、くれまいか?」

マレーは父親の手を握りしめて囁く。
「マレーはもう…泣いていません。
あの子は…大丈夫ですから!」

父親はその声が聞こえたように、虚空ににっこり、微笑みかける。

「そうか!
そうか…。
あの子は母に似て…とても利発で、自慢の息子だ。
わしと酒も飲める。
晩酌に…付き合ってくれる…。
ああでも深酒はしてはダメよと…ローザンナがいつも途中で酒を取り上げて………」

けれど突然、父親はぴたり。と止まる。
まるで息を、していないように。

「と…父様!
父様!!!」

マレーが叫ぶ。

父親は…息する事を忘れたように止まり…そして暫く後、ようやく顔を、マレーに向ける。
そして、泣き始めた。

「どうし………て………。
どうして出来る?
わしと…あれ程可愛がっていた息子のマレーを置いて…。
どうして、出て行ける!!!」

最期の言葉は絶叫だった。

父親は震え、がっくりと首を下げ…静かに、頬に涙を伝わせた。
マレーは返す言葉も無く、父親の大きな手を、握りしめて頬に当てる。

「…なぜ………」

父親はそうつぶやいた後、こくん。
と首を垂れ、意識を無くしたように虚ろな瞳を開けたまま、気絶した。

「…養生が…必要なの」
アイリスの祖母が優しくマレーに告げると、マレーはこくん。と頷き…。
改めて、貴婦人を見上げ、恥ずかしげに頬を染め、囁く。

「あの…すみません。
初対面なのに………」
アイリスの祖母は、マレーの頬に手を当て、マレーのヘイゼルの瞳を優しく見つめ、唇を開く。
「いいの。
泣きたい時は、思いっきり泣いて、いいのよ」

マレーはその言葉に、まだ瞳を潤ませたけど。
今度はしっかりと、頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忌子は敵国の王に愛される

かとらり。
BL
 ミシャは宮廷画家の父を持つ下級貴族の子。  しかし、生まれつき色を持たず、髪も肌も真っ白で、瞳も濁った灰色のミシャは忌子として差別を受ける対象だった。  そのため家からは出ずに、父の絵のモデルをする日々を送っていた。  ある日、ミシャの母国アマルティナは隣国ゼルトリアと戦争し、敗北する。  ゼルトリアの王、カイは金でも土地でもなくミシャを要求した。  どうやら彼は父の描いた天使に心酔し、そのモデルであるミシャを手に入れたいらしい。  アマルティナと一転、白を高貴な色とするゼルトリアでミシャは崇高な存在と崇められ、ミシャは困惑する。

飛竜誤誕顛末記

タクマ タク
BL
田舎の中学校で用務員として働いていた俺は、何故か仕事中に突然異世界の森に迷い込んでしまった。 そして、そこで出会ったのは傷を負った異国の大男ヴァルグィ。 言葉は通じないし、顔が怖い異人さんだけど、森を脱出するには地元民の手を借りるのが一番だ! そんな訳で、森を出るまでの道案内をお願いする代わりに動けない彼を家まで運んでやることに。 竜や魔法が存在する世界で織りなす、堅物将軍様とお気楽青年の異世界トリップBL 年上攻め/体格差/年の差/執着愛/ハッピーエンド/ほのぼの/シリアス/無理矢理/異世界転移/異世界転生/ 体格が良くお髭のおじさんが攻めです。 一つでも気になるワードがありましたら、是非ご笑覧ください! 第1章までは、日本語「」、異世界語『』 第2章以降は、日本語『』、異世界語「」になります。 *自サイトとムーンライトノベルズ様にて同時連載しています。 *モブ姦要素がある場面があります。 *今後の章でcp攻以外との性行為場面あります。 *メインcp内での無理矢理表現あります。 苦手な方はご注意ください。

天上人の暇(いとま) ~千年越しの拗らせ愛~

墨尽(ぼくじん)
BL
『拗らせ執着俺様攻め × 無自覚愛され受け』 人々から天界と崇められる「昊穹」から、武神である葉雪(しょうせつ)は追放された 人間界でスローライフを送るはずだったのだが、どうしてか天上人たちは未だ葉雪を放っておいてはくれない 彼らから押し付けられた依頼をこなしている中、葉雪は雲嵐(うんらん)という美しい青年と出会う その出会いは、千年越しの運命を動かす鍵となった ====== 中華風BLです 世界観やストーリー性が濃いので、物語にどっぷり浸かりたい人にお勧め 長編です 中華風苦手という方にも、さくっと読んで頂けるように、難解な表現は避けて書いています お試しに読んで頂けると嬉しいです (中国の神話をベースに書いていますが、世界観は殆どオリジナルのものです。名称も一部を除き、架空のものとなっています) ※一章までは、ほぼ毎日更新します ※第二章以降は性描写を含みます(R18) ※感想を頂けると泣いて喜びますが、一度巣穴に持ち込んで堪能する性質があるので、お返事は遅めになります。ご了承くださいませ

圏ガク!!

はなッぱち
BL
人里から遠く離れた山奥に、まるで臭い物に蓋をするが如く存在する、全寮制の男子校。 敷地丸ごと圏外の学校『圏ガク』には、因習とも呼べる時代錯誤な校風があった。 三年が絶対の神として君臨し、 二年はその下で人として教えを請い、 一年は問答無用で家畜として扱われる。 そんな理不尽な生活の中で始まる運命の恋? 家畜の純情は神に届くのか…! 泥臭い全寮制学校を舞台にした自称ラブコメ。

Tragedian ~番を失ったオメガの悲劇的な恋愛劇~

nao@そのエラー完結
BL
オメガの唯一の幸福は、富裕層やエリートに多いとされるアルファと、運命の番となることであり、番にさえなれば、発情期は抑制され、ベータには味わえない相思相愛の幸せな家庭を築くことが可能である、などという、ロマンチズムにも似た呪縛だけだった。 けれど、だからこそ、番に棄てられたオメガほど、惨めなものはない。

転生したら召喚獣になったらしい

獅月 クロ
BL
友人と遊びに行った海にて溺れ死んだ平凡な大学生 彼が目を覚ました先は、" 聖獣 "を従える世界だった。 どうやら俺はその召喚されてパートナーの傍にいる" 召喚獣 "らしい。 自称子育て好きな見た目が怖すぎるフェンリルに溺愛されたり、 召喚師や勇者の一生を見たり、 出逢う妖精や獣人達…。案外、聖獣なのも悪くない? 召喚師や勇者の為に、影で頑張って強くなろうとしてる " 召喚獣視点 "のストーリー 貴方の役に立ちたくて聖獣達は日々努力をしていた お気に入り、しおり等ありがとうございます☆ ※登場人物はその場の雰囲気で、攻め受けが代わるリバです 苦手な方は飛ばして読んでください! 朔羽ゆきさんに、表紙を描いて頂きました! 本当にありがとうございます ※表紙(イラスト)の著作権は全て朔羽ゆきさんのものです 保存、無断転載、自作発言は控えて下さいm(__)m

神獣ってモテますか?(モテないゲイは、魔法使いを目指す!@異世界版)

ビーバー父さん
BL
モテないゲイは、魔法使いを目指す!のシリーズ? 少しだけリンクしてます。 タイトル変えました。 片思いの相手が、実は自分をイラつくほど嫌っていたことを、大学の不合格の日に知った。 現実から逃げるように走ったら、何かにぶつかって、ごろんと転がったら知らない世界でした。 あれ? これ、ラノベとか漫画にある感じ? 神獣として生まれ直して新しい生を送る アホな子を生ぬるく見守ってください。 R18もしくは※は、そう言う表現有りです。

【完結】異世界行ったら龍認定されました

北川晶
BL
溺愛系ハイスペックイケメン×非モテ極悪ノラ猫顔主人公の、シリアス、ラブ、エロ、スマイルも、全部乗せ、異世界冒険譚。庭に現れた、大きな手に掴まれた、間宮紫輝は。気づくと、有翼人種が住む異世界にいた。背中に翼が生えていない紫輝は、怒る村人に追いたてられる。紫輝は黒い翼を持つ男、安曇眞仲に助けられ。羽のない人物は龍鬼と呼ばれ、人から恐れられると教えてもらう。紫輝は手に一緒に掴まれた、金髪碧眼の美形弟の天誠と、猫のライラがこの地に来ているのではないかと心配する。ライラとはすぐに合流できたが、異世界を渡ったせいで体は巨大化、しゃべれて、不思議な力を有していた。まさかのライラチート? あれ、弟はどこ? 紫輝はライラに助けてもらいながら、異世界で、弟を探す旅を始める。 戦争話ゆえ、痛そうな回には▲、ラブシーン回には★をつけています。 紫輝は次々に魅力的な男性たちと出会っていくが。誰と恋に落ちる?(登場順) 黒い髪と翼の、圧倒的包容力の頼れるお兄さん、眞仲? 青い髪と翼の、快活で、一番初めに紫輝の友達になってくれた親友、千夜? 緑髪の龍鬼、小柄だが、熊のような猛者を従える鬼強剣士、廣伊? 白髪の、龍鬼であることで傷つき切った繊細な心根の、優しく美人なお兄さん、堺? 黒髪の、翼は黒地に白のワンポイント、邪気と無邪気を併せ持つ、俺様総司令官の赤穂? 桃色の髪と翼、きゅるんと可愛い美少女顔だが、頭キレキレの参謀、月光? それとも、金髪碧眼のハイパーブラコンの弟、天誠? まさかのラスボス、敵の総帥、手裏基成? 冒頭部はちょっとつらいけど、必ずラブラブになるからついてきてくださいませ。性描写回は、苦手でも、大事なことが書いてあるので、薄目で見てくださると、ありがたいです。

処理中です...