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酒場でローフィスの手腕に舌を巻くディングレー

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 ディングレーはスタスタ先を歩くローフィスの背に、躊躇いながら声かける。
「なぁ…ホントに?」
けれどローフィスは振り向かない。
「…俺としては、酒場でハントするスリルが欲しかった。
…つまり口説いて。
なびくかどうかの、駆け引きだ」

けれどローフィスがさっさと酒場の扉を開け、振り向くので。
ディングレーは仕方無く、開けられた扉を潜った。

「ギュ……」
「ディッセンじゃない…」
「オーガスタスはまだ来ないの?!」

ディングレーは背後でローフィスに扉を閉められ、目前の光景に目を見開く。

リーラスと悪友らはとっくに奥のテーブルで、他の女性らと楽しげに盛り上がっている。
手前には、入り口から酒を注文するカウンターの間を、塞ぐようにテーブルがデン!と置かれ、そこに六人の趣の違う美女らが陣取って、入って来る客を待ち構えるように見つめていた。

ローフィスがディングレーの横に来ると、酒場の親父が注文された酒を運ぶ途中やって来て、耳打ちする。
「なぁ…。
入って来る客達が、入るなりみんなビビる。
邪魔でしょうが無い。
オーガスタスが来るまで、動かないと強行にテーブル置いて、居座ってる。
一人ならどかせるが…六人じゃな。
…で、肝心のオーガスタスは、まだ来ないのか?」

ローフィスが美女らに視線向けると、彼女らは憮然。と見つめ返す。
教練キャゼ』ではデカい態度だった横のディングレーすら。
美女らに睨まれ、心なしか縮んで見えた。

ディングレーは目前で睨む美女らに内心ビビリ、ローフィスに振り向くと
「なぁ…。
良ければ俺が、今からギュンターの部屋に行って、担いでここに連れて来ようか?」
と小声で囁く。
ローフィスはすかさず、ボロいマントを纏うと鋭さが増し、いつにも増して男っぽく見えるディングレーに言い返す。
「敗北宣言か?」

ディングレーは言葉を飲み込み、内心思う。
「(…敗北宣言…これって、戦いなのか???)」

ローフィスは突然、にこやかに微笑む。
「ここに陣取って、ギュンター待ちか?
だが酒場の亭主が迷惑してる」

途端、六人の内の二人が、酒を横のテーブルに運んでる親父を、ジロリ…と見る。
頑健な肩と立派な体格。
立派な髭の酒場の親父は、睨まれて途端、ぎくっ!とし、顔を下げて盆を胸に抱え、そそくさとカウンターへ戻って行った。

ディングレーは、改めてローフィスを見る。
自分と同じ位の身長で、乱暴者が来ればその体格で威嚇し、撃退する酒場の親父ですら。
ビビる女達相手に、にこにこ笑って相対してる。

「そっちを持ってくれ」
ディングレーに言うと、ローフィスはテーブルの端へ寄り、テーブルを持ち上げようとするから。
ディングレーは慌てて、反対側に付いた。

「失礼。
お嬢さん方。
こんな事しなくても、別にギュンターは待てるだろう?」

にこやかな笑顔を向けられ、彼女らは不機嫌な表情を六人一斉にしたけれど。
ローフィスがテーブルを持ち上げると、各自椅子を持って、退く。

ローフィスはディングレーを促し、そのテーブルが本来あった場所。
入り口の横。
に移動させる。

美女らは椅子を持ち、移動させられたテーブルに、再び座った。

ローフィスは席に着く美女らに、相変わらずの笑顔で告げる。
「…残念ながらギュンターは、完全にダウン。
食事中、皿に突っ伏して熟睡だ」

そこで女性らが、一斉に口を開き噛みつこうとする、その前に。
ローフィスは言って退ける。
「…だから俺が。
オーガスタスに言った。
『酒場じゃなく、ヤツの部屋まで担げ』と。
だから文句は、オーガスタスで無く俺に言ってくれ」

ディングレーが見ていると。
女性らはローフィスの笑顔を見、まくし立てようと開けた口のまま、暫く新たな標的となった、ローフィスをマジマジと見つめ。
その後、全員決まり悪そうに、顔を下げたり横向いたりする。

「貴方に…文句?」
「…酒代出せなかった時…借りてたお金、まだ返せてないわよね?私…確か」
サリーが口開くと、他の女性らも同様。
「…どうしても欲しい、ラシャ飾りの首飾り…。
貴方に見つけて貰って、プレゼントされてるし…」
「…果物が手に入らなかった時…調達して貰ってる…」
「私も…薬草とか…色々…手に入れて貰ってるし…」

ディングレーがローフィスを見ると、ローフィスは笑顔を崩さず、言い放つ。
「借りがあるから?
が、それは今は忘れてイイから。
オーガスタスがもし来なかったら、言うつもりだった事を、今、俺に言ってくれ」

みんな、改めてローフィスを見る。
そして互いに顔を、見合わせ合う。

代表のジョアナが、腕組むとため息交じりに顔を下げる。
「…貴方には、言えないわ。
私だって…草原の真っただ中で靴が壊れ、誰も来なくて歩けなくて困ってた時…。
肩貸してくれた上、靴まで直して貰った…。
その他いっぱい、助けて貰ってるし。
それを、全部忘れて言え?
無理よ。
貴方、そこまでオーガスタスを庇うの?」

ローフィスは異論が無いことを、顔を伏せ気味の六人の美女らを見回し、確認したのち、言って退けた。
「…ならもっと、くつろがないか?
教練キャゼ』に押し入ったはいいが、ごろつきまがいの男らに拉致されかけ、嫌な目に合ったんだろう?
ギュンターが慰められればいいが、あいつは今日はくたくたで潰れてる。
こいつも今日は、息抜きしたくてやって来てる」
話しながら移動してたローフィスは、そこでディングレーの横に来て、肩をぽん。
と叩いて、美女らの視線をディングレーに向ける。

「滅多に来られないし、明日にはここを発つ。
…出来れば一緒に、楽しく飲んでくれないか?」

美女らは、ため息交じりに頷くと、ディングレーに
「椅子を持って来て、横に来なさいよ」
と声をかけ、場所を空ける。

ローフィスはすかさず
「親父!
エニッシユ酒(少し軽めの、甘みのあるお酒)を8つ!
ここのテーブルに運んでくれ!」
と叫ぶ。

親父は鮮やかな手腕で美女らを言いくるめてどかせた、ローフィスに笑顔で頷く。
ローフィスも椅子を持ち、一緒にテーブルを囲むと、彼女らに声かける。
「で?
突然襲われたのか?」

彼女らは口々に、どれだけ無礼だったか。
なのに講師もオーガスタスも、その無礼者らを処罰が出来ないことだとか。
また行きたくても、ギュンターと一緒だと絡まれかねない事とかの不満を、ローフィスに一斉にブチ撒ける。

ディングレーは文句の嵐のただ中、顔を下げて大人しくしていた。
今までの経験で、迂闊に口挟むと、逆上して今度は標的が自分に向く事を、知っていたので。

ローフィスはにこにこ笑って相づち打ってる。
そこに親父が、酒を運び笑顔でローフィスに告げた。
「これは店の奢りだ!
そして…」

美女らはテーブルに置かれた酒のグラスに、一斉に手を伸ばし、自分の分をあっという間に取った。
空いた場所に、背後から来た手伝いのおばさんが、盆に乗せた料理の皿を次々、置き始める。

「これも奢りだ!
たんと、食ってくれ!」

そしてローフィスに顔を寄せると、耳元で
「…腹も膨れれば、立った腹も収まるだろうさ」
と言い、ウィンクした。

ローフィスは笑顔でグラスを持ち上げ
「親父に!」
と声高に叫ぶと、美女らは皿から指先で料理を摘まみ始めていたけど、慌ててグラスを持ち上げ
「親父さんに!」
と声を揃えた。

文句を言ってた美女らは、グラスを煽りながら一斉に、ベーコンポテトだとか、一摘まみで食べられる、パイだとかの料理に夢中になる。
「美味し…。
これ、幾ら聞いてもレシピ教えて貰えないのよ?」
「店の名物だから、無理無いわ」
「ここでしか、食べられないものね」

ディングレーは、最早誰もが文句を言うのを忘れ、食べ物に夢中になってる美女らの姿に、唖然あぜんとした。

「(女の気持ちはコロコロ変わるって…聞いたけど、ここまでとは…)」

ローフィスは
「このレシピは無理だが。
マカロニのクリーム煮のレシピは教えられる」
とぼそりと言う。

女性らは一斉に顔を上げて、ローフィスを見る。
ディングレーは
「(今度はナンだ?)」
と、ぎょっ!とした。

「うそ…!
いつか貴方がバザーの時に出してた、あれ?!」
「あれの隠し味、内緒だって言ってたじゃ無い!」
「教えて!
あれが作れたら…どれだけの男が釣れると思う?!」
「男じゃなくても…私でも、釣られるわ?
あれ、ほんっ…とに、美味しかった!!!」

ディングレーは目を見開く。
「(料理のレシピ…?
たかがレシピで、あれだけ怒ってた女達が、これだけ盛り上がるのか?!)」

ディングレーは改めて女の奥深さと、巧みに女性らの機嫌を取るローフィスの見事さに、舌を巻いた。
自分には、絶対思いつかない芸当だ。

ローフィスは
「あれはラドラ地方の名物で…。
あそこには、ディッセンも一緒に出かけたな」
と、ディングレーを見る。

ディングレーは美女らに一斉に見つめられ
「(ディッセンって…俺の偽名だっけ…)」
と気づき、無言で頷く。

けれど美女らは、無口な無頼のディングレーの、男ぶりに一瞬、見惚れる様子を見せる。
真っ直ぐの黒髪に顔を半分隠し気味、けれどこの酒場でも目立つ男前の、整った顔。
けれど静かな迫力が垣間見え、誰が見ても男らしく、体格良い広い胸は、女性がしなだれかかりたい程の、男性的フェロモンに溢れてる。

ディングレーはちょっと、こそばゆい気がした。
けれどローフィスが囁く。
「こいつ…たった二回通った酒場の、女将に惚れ込まれて。
大変だったんだぜ?
けど三度目のその時は、途中暴漢に襲われてた村娘を助けた直後で、介抱も兼ねて娘も一緒に酒場に連れて入って」

ディングレーは『教練キャゼ』に上がる前、ローフィスと二人で出かけた短い旅先で、そんな事もあったな。
おぼろに思い出す。

「村娘は強姦されかけてたから…。
ディッセンの胸に縋り付いて、離れなくて。
女将はくしで。
他のこいつ目当ての女性客らも、目くじら立てるわ。
その女目当ての男らに、いちゃもんつけられるわで、大騒ぎ」

ディングレーはローフィスがそう言った途端。
美女らが色香を含んだ視線で、自分の胸をじっ…と見てるのに気づく。

「無理無いわよね…。
これだけイイ男、『教練キャゼ』にすらそうそう居ないと思うわ」
「『教練キャゼ』はやっぱりどこか、お坊ちゃんぽさがあるのよね…。
その点…」
と見つめられ、ディングレーはグラスの酒を、喉に詰まらせそうになった。
「ディッセンって、洗練されてない迫力があるわ」
「『教練キャゼ』の生徒じゃ無いから、近衛には行かないのよね?」

ローフィスがすかさず頷き、“設定”を話す。
「以前、言ったっけ?
没落貴族で、大公に助けられて世話になってるから。
多分、大公のお抱え騎士になる予定だって」

ディングレーは、以前言い含められた“設定”を思い出す。
「(けど前の時、“大公”で無く“公爵”じゃなかったか?)」
と首捻る。

「ずっと、大公のお側に居なくてイイの?」
横の女性に、肩に手をかけられ、色っぽく顔を寄せられると。
その後、女性らは競うようにディングレーの気を引こうと、腕に触れたり
「お酒のお代わり、必要よね?」
とか
「これ、美味しいわよ?」
と指先に摘まんで、ディングレーの唇に運んだり、し始める。

当のディングレーは、特別なことは何一つしてないのに。
さっきまで文句ブチ撒けてた女らが、突然自分を取り合い、モテまくる様に、目を見開く。

「(ローフィスを味方に付けると…こんな簡単に女にモテるのか…。
逆に万が一敵に回したら…ナニもしてないのに女らに毛嫌いされそうで、怖い…)」
そう内心思い、チラと“予定道理”に満足な、してやったり顔の、ローフィスを見た。
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